第4話
「でも、失礼ですが、お客様、なぜ白いワイシャツをご希望なんですか? 今どき、働くサラリーマンのあいだで、白のワイシャツを着る方はめったにいませんよ。たいていの方は原色を基本のワイシャツとして、曜日によって色を変えるものです。例えば、一週間の仕事はじめである月曜日は、仕事への情熱を込めて目を焼くような赤色ではじまり、仕事の感覚が戻りはじめた火曜日は、意気揚々とした元気な黄色で精力的に働き、忙しさのおちついた水曜日は、悠然とおちついた青色で一息入れ、仕事に対する意欲をうしなう木曜日は、癒しの色である緑色でふんばり、そして一週間の仕事の疲れと、夜の飲み歩きへの期待、来週の仕事への考慮を含めて、金曜日はもの憂げな紫色で締めくくる。どうです、彩色豊かなビジネスウィークになると思いませんか?」
「はああ、そうですね」
「ですよね? どうです、白はやめて、今言った五色のワイシャツを購入して、新しいビジネスライフを始めませんか? どうですか? 今なら五枚で買うと、二十パーセント引きで買えますよ。それも、期間は今日までです。どうです、新世界があなたを待っていますよ?」
「せっかくですが、わたしはサラリーマンではないので遠慮します。それに、わたしには新世界どころか、友人の通夜が待っていますので、どうしても白のワイシャツが必要なんです」
「そうですか? そうですか? はやとちりしてすいません。ですが、通夜でしたら、なにも白のワイシャツを着ていく必要はないと思いますよ。近頃は、辛気臭い葬式の雰囲気を盛り上げようとする風潮がありまして、流行に敏感な方はあえて柄のワイシャツを着ていく人がいますよ。知りませんか?」
「いいえ、はじめて聞きました」
「ですよね? ですよね? まだ一部の人にしか広まっていないから、お客様は知りませんよね? 『斎場に革命を!』をスローガンに、必死で戦っているアヴァンギャルドなデザイナーがいるんですよ。どうです、その人のデザインした葬式用のワイシャツを見ませんか?」
「ええ、せっかくなので」
「これですよ、今発売されているのはこの三着です。一枚目がこれ、精神革命をコンセプトに作られた、サイケデリック柄のワイシャツです。二枚目は、自然回帰をコンセプトに作られた、ラスタ柄のワイシャツです。そして、三枚目が痛快です。反資本主義を前面にした、社会主義革命をコンセプトにしたワイシャツです。ベトナムタイガーパターンのカモフラージュを緑から赤に変えて、いたるところに星をちりばめてプリントしてあります」
「すごいですね! でも、葬式となんの関係があるんですか?」
「さあ、わたしはデザイナーじゃないのでそこまでわかりません。わかっていることは、これを着ていけば斎場で人々の視線を集めること間違いなしです!」
「いえ、遠慮しておきます。亡くなった友人より目立ちたくはありません」
「なにをおっしゃいます! せっかくのチャンスですよ! 葬式に出席できるなんてめったにないのですから、この機会を逃さないほうがよろしいかと思います。なにせ、望んだって、そうそうあることじゃありません。もしこの機会を逃してしまえば、次の葬儀は、自分自身が主役になっているかもしれませんよ」
「ええ、べつにかまいませんよ。そのときはこの世にいないのですから……」
「そんなさみしいこと言わないでください! わたしが出席しておおいに嘆いてあげますから……、いえいえ、そんなことじゃないですよ、せっかくの葬儀です。きれいにおめかしして、存在感を示し、出会いを求めましょう。葬式は、一種の社交場ですから」
「あいにく、大勢人がいる場所は苦手なので」
「若いのになにを言うんです!」
「それなら、あなたがそのワイシャツを着て、葬儀に出席すればいいじゃないですか」
「なるほど、それは良い考えですね! でも、わたしはお客様のご友人を存じませんよ? 出席していいのでしょうか?」
「えっ? わたしの友人の葬儀ですか?」
「ええ、そうです。今言ったじゃないですか」
「いや……」
「芸能人の葬儀にファンが出席することを考えれば、わたしがお客様の友人の葬儀に出席するのは、だいじょうぶそうですね?」
「ダメだと思います……」
「なに言うんですか、お客様が言ったんじゃないですか?」
「いえいえ、わたしは、あなたの身辺の葬儀に着ていけばいいのではないか、そういう意味で言ったのです」
「言葉足らずでしたね。でも、いつ起こるかわからない葬儀は待てません。あなたの言葉がわたしに火をつけたからです。最近、アヴァンギャルドなデザイナーが新しくデザインした喪服のサンプルが、最近店に届いたのです。わたしはそれを着たくてたまらなかったので、ちょうど良かったです」
「いえ、サンプルはとっておいて、葬儀の日は店でまじめに働いたほうが良いと思います」
「いえ、なにがあっても葬儀に出席します」
「やめてください」
「迷惑かけません」
「やめてください」
「これもなにかの縁です」
「かんべんしてください」
「わたしをあおった責任をとってください」
口は災いのもと、と言うべきだろうか。ひょんなことから、紳士服屋の店員と一緒に葬儀に出席することになってしまった。わたしは、一緒に通夜へ行く約束をしていた友人に、断りの連絡を入れなきゃいけないと思い、ついつい重いため息がでてしまった。
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