第7話 神様からの卒業

 2日後。

 朝、目覚めたら枕元に二つ折りの紙が置いてあった。

 開いて見ると、ただそっけなく神社の名前が13社ほど書かれていた。

 なるほど、これが掃除してほしい神社ってことかぁ、とあっさり納得した。

 とりあえず、帰ってきてからゆっくり見てみようと思い、デスクの上に置いて朝の支度を始めることにした。


 そして、今日も何事もなく平穏に帰ってきたあと、夕食を軽く摂ってから改めて神社リストを見てみた。

 お社の名前だけでなく、住所らしきものもちゃんと記載されていた。さすがに、お社の名前だけではたどり着くことはできない。けど、中には住所がないものもいくつかあった。

「うーん、住所がないのはどうすればいいんだろうなぁ」

 と独りごちていると

「日本には神社庁なる組織がある。そこから調べてみるがいいだろう」

 と神様の声が。

 はぁ、なるほど。

 確かに神社庁って名前だけは聞いたことがあるな。

 そう思って、パソコンを立ち上げて軽くググッてみた。

 確かにある。

 神社本庁っていうのがあって、その下部組織として都道府県にそれぞれ神社庁が置かれているって感じらしい。

 住所がわかる神社はこれで調べられるとして、住所が分からないのはとりあえず名前で検索してみた。

 概ね小さいながらも同じ名前の神社がいくつか並ぶんだけど、その中でも都道府県の神社庁に名前だけ記載されている小さな神社がヒットする。

「これなのかぁ……」

 13社しかないので、調べればあっという間。

 神様も気を遣ってくれたのか、首都圏にある神社ばかりなのがわかった。さすがに関東に住んでいて、九州の果てにあるような神社をどうにかしてきてほしい、という無理は言わなかったようだ。

「とりあえず、週末を使ってコツコツお掃除しますか」

 と自分に言い聞かせるように独り言。

 この時は何とかなるだろうと思っていた……。


 そして週末。

 とりあえず、遠いところから攻めていこうと思って、いつもより2時間くらい早起きして、身支度を調えた。お掃除と言われているから、汚れてもいいようにジーンズにシャツという身軽な格好にした。靴も当然スニーカーをチョイス。

 行く先はすでにピックアップしていて、まぁ小さい神社のお掃除だし、1社で2時間もあればできるだろうと踏んで4社くらい回って帰ってこようと思っていた。


 まず1社目。

 住所を頼りにGoogleマップでナビしてもらうが一向に着かない。仕方ないので、ちょっと歩いたところにあった交番に入って聞いたものの、そもそもその神社の存在すら知らなかった。

 これはマズい……。

 早くも自分の中で警告音が鳴り響いていた。

「そこからのぉ、まっすぐ10分くらい歩くと山の入り口があるから、そこを登っていくとたどり着けるぞ」

「あ、神様。とりあえずありがとうございます。行ってみます」

 神様のフォローがないと行けないような場所にある神社なのか……。

 歩くこと10分。確かに登山口らしきものがある。登山口というか、辛うじて山に登れるようにと道らしきものを作ってみた、ってレベルの小径。獣道じゃないだけまだマシか。

 心が折れそうになったけど、とりあえず登り始めた……。

 緩い坂道がずっと続くような登山道を30分歩き続けて、まだそれらしきところにたどり着かない。

 でも、間違っていれば神様もきっと何か言うだろうから合ってはいるんだろう。

 そこからさらにもう30分。

 道を外れた草むらの中に鳥居が見えた。

「ここなのか……」

 鳥居までの道は全然ない。仕方ないので草むらと木々を掻き分けて神社に向かう。

 鳥居まで着くと全体像が見えた。

 確かにお社ではあるけど、朽ち果てる寸前のような建物だった。

 神社に必要なものは一通りあったけど、相当長い間誰も手を付けていない、誰も参拝していないのが明白な神社だ。

「これじゃ神様も可哀想……」

 とは思ったものの、どこから手を付けていいかわからないほど境内は荒れ果てていた。もはや掃除ではなくて、メンテナンスという感じ。

「困ったなぁ……これが最初からわかってれば草刈り鎌とか用意してきたのに……」

 しばし考える。

 仕方ない、手で草を抜き取るか。軍手は用意してきてるし。

 ということで、草ボウボウの境内の端から順に力任せに雑草取りを始めた。

 始めること3時間。休み休みやったものの、疲労困憊。

 でも、境内の雑草はあらかた始末することができた。掃除用具は持ってきていたので、抜いた草をひとまとめにして、境内の端に山積みした。

 登山道から鳥居までの部分も草取りをしてみたら、道らしき飛び石が出てきたのでここもしっかり作業。

 一応、パッと見は神社らしき建物に見えるようになった。

 よくよく見れば、鳥居やお社の塗料は剥げてるし、木製なので一部は朽ち始めているけれど、さすがにそこまではあたし一人ではどうにもならない。

 と思って、この神社から撤収することにした。

 下り道は登りほど時間はかからなかったけど、それでも50分くらいはかかっただろうか。

 登山道の入り口まで戻ってきて一心地ついた。

「これをあと12箇所やらなきゃいけないのかぁ……」

 帰りの電車の中でどうしようか作戦の練り直しをし始めた。

 結局、いろいろ考えてはみたものの、これと言って楽に作業できる方法や、よりきれいにする方法を考えつくことはなかったので、毎週末土日を使って1社ずつコツコツと掃除をしに行くしかなかった。

 服装はともかく、装備に草刈り鎌やホウキ、ちりとり、水拭きできるように大きめのウェットティッシュみたいなものを追加して出かけるハメになった。

 住所のない神社はハイキングのような山登りではなく、ヤブを漕いで行くような獣道すらないところを登っていくことになり、行くだけでも2時間とかザラだった。

 と、そんなこんなで13日間をフルに使って、神様のお願いをクリアすることができたのだった。

 クリアしたその日、ぐったりしてベッドで大の字になっていると

「ようやってくれたのぉ。大変だっただろう?」

 と神様からのメッセージ。

「はい、さすがにこれは堪えました」

「主よ、願いを聞いてくれたこともある。礼に宴会をやるので、いつものところに来てはくれまいか」

「いや、そんなお礼とかいいです。お礼欲しさにやったことじゃないですから」

「まぁ、そう言わず。何時でも良い、明後日の夜いつものところに来るが良い。待っておるぞ」

「あ、ちょ……」

 一方的に会話を打ち切られた。

 でも、今の会話でひとつ気がついてしまった。

 神様たちにはいろいろお世話になったし、教えられることも多かったけど、今回の一件は完全に自分の意志でやって、お礼とかご褒美とか何も考えなかったなぁって。

 これが本来あたしと神様のあるべき姿なんじゃないか、って。

 よし、これを明後日の宴会のときに話をして、元の姿に戻そう。

 そう決めて、夕食もそこそこにお風呂に入ってさっぱりしたところでそのまま寝てしまった。疲れがたまっていたんだと思う。

 

 そして、やってきた神様との宴会の日。

 いつもと同じようにちょっとだけ残業はあったけれど、割と早い時間に終わったのでまたタクシーを拾って山の中へ走らせてもらった。

 今度も運転手さんに「若い子がこんな時間にこんなところに来て大丈夫ですか?」なんて言われたけど、軽くいなして目的地の近くで降ろしてもらった。

 山道を入っていくと灯りが見えてくる。

 ここまで声が聞こえてくるので、いつもより盛り上がってるのかも知れない。

 引き戸の前に来て、戸を軽く二、三度叩き

「香菜です。今着きました」

 と声をかけると、いつものようにオオクニヌシノミコトさんが応対してくれた。

「よう来てくれたの。まぁ、まずは一杯」

 とお酒を勧められたので、早速一杯ちょうだいした。

 うん、やっぱり美味しい。

 この間来たときはおつまみって感じで食べ物が用意されていたけど、今日はお料理になっている。しかも美味しそうだ。

「主には本当に感謝しておる。ホンの一部であったが、ああいった神社が日本にはまだまだいくらもあるのじゃ。ワシらもそれが気がかりでのぉ。それが少しでも解消されて、神社らしくしてくれたのだから、まことにありがたいぞ」

「いえ、そんな……確かに大変でしたけど、お礼とかご褒美とかほしさにやったわけじゃないので、感謝されてもなんだか困ってしまいます」

「いいのじゃいいのじゃ。ワシらのホンの気持ちだから受け取ってくれ」

「はい、今日のこれはこれとしてごちそうになります。でも、ちょっとだけ聞いてください。あたし、気がついたんです。神様にはあの日から本当にいろいろお世話になったし、お叱りも受けて正しい道に戻ることもできました。本当に感謝してます。でも、今回の件はあたしがやると決めてやったことなんです。神様に頼まれはしましたけど、あたしの意志で決めてやったことです。で、こういう在り方があたしと神様たちの本来あるべき姿なんじゃないかな、って思ったんです」

 あたしが話し始めると、盛り上がっていた場が一瞬静まり返った。

「だから、宴会に呼ばれるのがイヤとかじゃないし、神様にお世話になったり、神様のお願いごとを聞くのもイヤじゃないんですけど、ちゃんとした関係にそろそろ戻した方がいいかな、って思ってるんです」

「……そうじゃのぉ。確かに主一人だけを贔屓するわけにはいかんし、主にばかり言うことを聞いてもらうのもアレじゃの。主の言う通りではあるな」

 神様もさすが神様だけあって、すんなりと受け入れてくれる。さすがに懐が深い。

「わかった。では、宴会に呼んだりお主を助けたり、お願いごとをするのはこれきりにしよう。ただ、せっかくできた縁じゃ。主とすっぱり切れてしまうのは惜しい。じゃから、基本的には主を見守っているだけにしよう。このまま話ができるようにはしておく。ただ、主から話しかけられない限り、ワシらは何もせん。悪いことをしようとしたときだけは黙って罰をくだすがの。それだけじゃ」

「神様、ありがとうございます。神様に怒られないように、ちゃんと生活していくことにします。心配かけないようにするので見守っていてください」

「わかった。じゃ、今日のところは別れの宴でもある。十分に飲み食いしていくとええ」

「はい、ごちそうになります」


 といった具合で、本当に神様たちにはたらふく飲み食いさせてもらい、最初のときのような失敗こそしなかったけど、途中で記憶がなくなって気がついたら自分の部屋で朝を迎えていた。

「っつー、さすがに飲みすぎたかぁ」

 完全に二日酔いだ。

 有休もあるし、今日はいっそ休んじゃおうかな。

 でも、神様と出会えて交流できて本当に良かった。

 普通の人じゃ体験できないことをいろいろ体験させてもらった。それだけでもありがたい。

 今までは神社もただお参りにいくだけだったけど、今度からはきちんと礼儀作法を知った上で正しいお参りをしたいと思う。

 神様たちはあたしたちの見えないところで、あたしを見守ってくれているのだから……。


Fin

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神様HELP! 飯島彰久 @cbcross

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