第4話 あたしの幸せ?
会社の件はこれで一件落着。
神様のおかげで、あたしが入社して以来初めての平和が訪れるだろう。
これで、週が明けても憂鬱な気分で出社しないで済むと思うと本当にありがたい。
ここで話は少し巻き戻る。
あたしが肝試しでたまたま神様の宴会に遭遇して泥酔し、神様に家まで運んでもらった翌日の日曜日の話。
神様に暴言を吐いて、お詫びをするために鶴岡八幡宮まで行った後の話。
途中、カフェに寄って神様に早速お願いをしてきた後、家に帰って一息ついていた。
ブルルルル。ブルルルル。ブルルルル。
スマホのバイブが動く。誰かから電話がかかってきている、と思ってスマホを手に取り、画面を見てみると恵一の名前。
その名前を見て、途端に肝試しの時のことを思い出した。
神様が廃屋から出てきたのにビビって、あたしを置いて車で残り2人と一緒に逃げ帰ったんだ。
たまたま、相手が神様だったから良かったものの、もし本当に幽霊とかこの世のものでない化け物だったらどうなっていたことか。
と思ったら、急に腹が立ってきた。
とりあえず電話に出る。
「もしもし?」
不機嫌さ120%で出る。
「あ、香菜? 俺だけど……大丈夫……だったみたいだね」
「大丈夫だったじゃないわよ。あたしを置いて車で逃げ帰ったクセに」
「だから気になって電話したんだよ……その……こんなに遅くなって悪かったけど……」
「そんな言葉で済むなら警察いらないわよ」
「怒って……るよな……」
「決まってるでしょ! 女の子1人あんな場所に置き去りにして、しかも自分の彼女を平気で置き去りにする男に怒らない女の子なんていないわよ」
「わ、悪かった。本当に反省してる……ごめん……」
「そんなんで『わかったわ。恵一だって必死だったのよね』とか言って欲しいわけ?」
「ち、違うよ! でも、あのときは本当に誰のことも考えられなくって……」
「へぇ……」
「……あのあと、何が起こったの?」
「髪の毛が一瞬で全部白髪になりそうなくらい怖い思いしたわよ。足がすくんで動けなくなってたし」
ここで、実は神様に会ってね、とかハッピーな話をするつもりはない。大幅に怖いところを盛って話をする。
「ま、マジか。あそこ、ガチの心霊スポットだったんだな……。ところで、俺らが車で逃げ帰ったあと、どうやって戻ってきたの?」
「化け物がいなくなって、ホッとしたあと歩いて帰ったわよ」
「20kmくらいあったと思うけど……」
「しょうがないでしょ? どっかの誰かさんがあたしを置き去りにしたんだもの。あんな時間のあんな場所にタクシーが来るわけないし、歩くしかないじゃない」
「……そうだな……ごめん……」
「話はそれだけ? もう切るわよ?」
「待って待って! 来週くらいに時間取れる? お詫びに飛びきりのディナーをごちそうするからさ」
「いいわよ、今さらそんなもんで釣られないわよ。じゃあね」
と冷たくあしらって電話を切った。
正直なところ、この一件で恵一への気持ちは相当萎えてしまったのは事実。自分から肝試しを言い出しておいて、自分の彼女を置き去りにして真っ先に逃げるような男を信用できない。
今まではそんなことが起こらなかったから見えなかっただけなのね、きっと。
電話を切って、ちょっと思案にふけっていると
「主よ」
頭の中に声が入ってきた。神様だ。
「はい、何かありましたか?」
「いやな、余計なお節介かも知れないんだが良いか?」
「はい、神様の言うことなら何でもお聞きします」
「だったら話すとしよう。お主の恋人な……ワシらが言うのも何なんだが、アレは良くないぞ」
「……あの日、一部始終見ていらしたんですか?」
「まぁ、それもある。だがな、お主の知らないところでやりたい放題なのじゃよ」
「と言いますと?」
「お主以外にもう2人、女子と遊んでおる。あとな、借金も抱えておるのだよ。遊び過ぎでな」
「……」
「こんなことを聞かされて動じぬわけもないがのぉ……」
「あたしのことはいくらでも欺けますけど、神様は全部見てらっしゃるんですね」
「もちろんじゃ。伊達に神様をやっているわけではない。増して、お主の相手じゃからのぉ」
「神様はどうお思いですか?」
「……神としての立場からも言いにくいのじゃが……アレは止めた方がええ」
「……そう……ですか……」
「こう言ってはなんだが、ワシらのことを頼ってくれるのであれば、お主はもっと幸せになることができる。これはお主のためでもあるが、お主の周りにいる人のためでもあるのだ」
「……わかりました。……えっと、神様に全部お任せすればいいですか?」
「ちょっと荒事にもなるが、いいようにしてやろう」
「よろしくお願いします」
恵一のことが全部わかってしまった。
会った時から「ちょっとチャラいな」とは思っていたのだけど、本当にチャラかったんだ……。あたし、男を見る目に自信がなくなってきた……。
2日後。
再び恵一から電話がかかってきた。
「……香菜? そろそろ機嫌直してもらえたかな?」
「……恵一。その前にあたしに言うことあるんじゃない? 隠していることあるでしょ?」
「えっ……その……えっと……香菜に隠し事なんてないよ」
「知ってるのよ。あたし以外にもう2人女の子がいることも、金額は知らないけど借金あることだって知ってるわ」
「な……な、なんでそんなこと香菜が知ってるんだよ!」
「……自分で認めてしまったようね」
「……」
「あたし、見た目はともかく中身がチャラい男に興味はないし、好みでもないの。あたし達ここまでにしましょう」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
「この期に及んでまだ言うことがあるの?」
「……俺は香菜が一番なんだ。全部やり直す。もう一度チャンスをくれないか?」
この言葉にちょっと揺れた。……でも、こういう男は絶対同じ事を繰り返すに決まってる。
「残念ね。もうあたしは恵一のことを何とも思ってないの。さようなら」
「おい、ちょっと待って」
ブチ。
これで恵一との縁は切れた。神様の言う「荒事」ってこれだったのかな?
「お主、香菜というのかえ?」
頭に声が入ってくる。神様だ。
「はい、香菜と言います。あなたは?」
「わらわはククリヒメじゃ。お主は知らないだろうが、縁結びの神をやっておる」
「早速動いてくれたんですね。神様ありがとうございます」
「礼には及ばぬ。もう1柱、スゼリビメも協力してくれるぞ」
「重ね重ねありがとうございます」
「2柱の神が動いても、そうそう簡単に良縁結びができるわけではない。そうさな……3日ほど待て。いいように取り計らってやろう」
「わかりました。神様、本当にありがとうございます」
ということで、恵一と別れてから何事もなく平穏に時間は過ぎていった。
彼氏と別れたのに、意外にショックを感じていない自分にちょっと驚いている。でも、これも神様がサポートしてくれると確約してくれているからこそなのかも知れない。
金曜日の夕方。もうすぐ終業時間というタイミングで内線が入ってきた。
「はい、雨宮です」
「あ、広報部の佐々木だけど」
佐々木くんは同期で入った男子。仕事はできると評判はいいし、見た目も行きすぎない程度にイケメンと言えるだろう。そのせいか、惚れた腫れたの話は聞いたことがない。
「ああ、佐々木くん。どうしたの? なんか精算でもある?」
「ああ、いやそうじゃないんだ。実は合コンに誘われてるんだけど、女の子が急に1人足りなくなっちゃって、それで雨宮のことを思い出したもんで。数合わせのつもりでいいからちょっと出てもらえないかなぁ」
「あたし、そういうの不向きだよ?」
「いいのいいの。俺もこの合コン乗り気じゃなくってさ。俺も数合わせ要員なんだよ」
「そっかぁ。じゃあちょっと付き合ってあげる。お礼はランチね」
「サンキュー。助かるよ。じゃ、一緒に出ようか」
「わかった。じゃ、会社の入り口で待ってるから」
ということで、合コンに出席することになった。
これ、神様の采配? にしてはちょっと安直というか何というか。
そんなことを思いながら、佐々木くんと一緒に会社を出て合コン会場に向かった。
まぁ、合コンそのものはありきたりな合コン。
なんとなく楽しい雰囲気を男女で作って、あわよくばカップルになれたら、っていうのが双方で見え隠れする駆け引きの場、みたいな。
さらりと終わって、さぁ二次会、みたいな流れになったんだけど、佐々木くんがあたしに耳打ちする。
「別のところで飲まない?」
「いいわよ。じゃ、上手いこと姿を消さないとね」
ということで、二次会へ行くフリをして2人でそっと抜け出して、雰囲気のいいバーで飲み直し。
「佐々木くんと飲むの初めてじゃない?」
「そうだっけ。飲んだことあるような気がするんだけど」
「あたしが忘れてるのかなぁ……」
佐々木くんはバーボンをロックで、あたしはロングアイランドアイスディーを飲んでいる。
「あのさぁ、雨宮」
「なぁに?」
「お前、今彼氏とかいるのか?」
「急にどうしたのよ。そんな話するの初めてじゃない? 火曜日に別れたばっかりよ。今は完全フリー」
「じゃ、いいな。急だけど日曜日空いてないか?」
「空いてるわよ。もうフリーだしやることないから、休日は全部空いてます」
「ドライブ行かないか?」
「へぇ。どこへ?」
「鎌倉とか藤沢とかなんとなくあの辺」
「いいわよ。あたしの家、知ってたっけ?」
「だいたい場所はわかる。着く前に電話入れるから」
「わかった」
「だいたい10時くらいに行けるようにする」
なーんて、2人きりで飲んでいる場でデートの約束をしてしまった。
あとはご想像の通り。
夕焼けのいい雰囲気が楽しめるお店で、それとなーく告白されてあたしも受けた。
別れてから1週間しないうちに彼氏がまたできてしまった。
でも、単に彼氏ができたという話でもなかったの。
佐々木くんの友達は男女問わずみんな信用できるタイプの人で、恵一と付き合ってた頃の友達とは縁が切れちゃった。
神様が言ってた「周りの人のため」ってこれだったのかな、なんて思ってたら
「どうじゃ? わらわの人を見る目は確かだったろう?」
「はい、ククリヒメさん。あたしも幸せになったし、周りも変わったし言うことなしです」
「まぁ、神がやることだからのぉ。この男は間違いがない。この先はお主次第じゃ。上手く立ち回って、縁を結ぶがいい」
「はい、本当にありがとうございました」
さすが、神様。
段取りを付けてくれるところまではサポートしてくれるけど、その先は自分でやれと。
全部やってもらったら自分のことを信用できなくなりそうだもんね。
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