第3話 天が代わってお仕置きよ!

 この辺であたしの自己紹介をしておく。

 あたしの名前は雨宮香菜。27歳のいわゆるアラサー女子。仕事は従業員100人にちょっと欠けるくらいの会社で総務という名の雑用係をやってる。お茶汲み、コピー取りから経理の仕事までなんでもやってる感じ。

 

 で、いろいろあって神様に出会って、神様に暴言を吐いた挙げ句に逆に助けてやる、と優しい言葉をかけてもらったところ。

 自分の欲から出た願いでなければ叶えてやる、って神様たちは言ってくれた。

 そこでまず思い浮かんだのは、会社の面々だった。

 会社自体はそこそこの規模だと思うんだけど、規模に似合わず割とアットホームで風通しもいい。でも、あたしがいる総務部はひどいの。

 部長はセクハラの嵐。部にいる女の子で被害に遭ってない子は1人もいないってくらいセクハラする。というか部長の頭にはセクハラって概念がないんじゃないかと思うくらい。これでセクハラだって正当に抗議しようものなら、濡れ衣を着させて会社を追い出してしまう。ゴキブリのようにひどいヤツ(もう敢えてヤツ扱いする)だ。

 それに輪をかけて課長もひどい。コイツはパワハラ魔神。あたしたち女の子はあんまり被害に遭わないんだけど、同じ課にいる男性陣はひどい目に遭っている。怒鳴り散らすなんてもう当たり前、ちょっとしたミスでもしようものなら、「お前、そんなにこの会社辞めたいのか?」と脅迫までする。

 おかげで、会社はいい会社なのにあたしはいつも月曜日になるとため息交じりで会社に行かなければならない。金曜日が終わるとどれだけ開放感にあふれることか。

 真っ先に思ったのは、殺虫剤でも死ななそうなこの2人を神様になんとかしてもらうことだった。


 八幡宮を出て、近くのタリーズへ寄った。コーヒーを飲んで気持ちを整えたいというのもあったけど、神様にこのことを伝えたいと思ったから。ちょっとうるさいけど、あたしが思ってることくらいは伝わるだろうなって。

 窓際に席を取って、アイスコーヒーを一口。気持ちを落ち着けてみる。

 そして……。

「神様、お願いがあります。会社の上司が2人、とてもひどいヤツなんです。何とかしてもらうことできますか?」

 頭の中で告げてみる。すると……。

「早速お願いか。早いのぉ」

 と神様の声が入ってくる。

「すみません! ごめんなさい! でも、どうしてもまずこれだけは何とかしたくって」

「良い良い。冗談じゃ。で、その上司とやらはどうひどいのじゃ?」

「1人はプライバシーとか関係なく、女の子にエッチな言葉を平気で言ったり、体を触ったりしてくるんです。中にはやられて泣いちゃう女の子がいるくらいで……」

「うーむ。それはいかんな。自分の力を利用して、自分の欲望を満たしておるヤツじゃの。それはワシらとしても見逃すことはできんな。もう1人はどんなじゃ」

「やっぱり自分の権力を使って、言葉の暴力を平気でするヤツなんです。場合によっては頭を叩いたり、机やイスを蹴飛ばしたりして暴力のし放題なんです。さっきの1人はコイツの上司なんですが、見て見ぬふりをしておかげであたしの所属している課とか部の雰囲気が最悪なんです」

「それもいかんな。正当な理由のあるケンカならワシらもしたもんじゃが、自分のストレスを物や人に当たって発散しているわけじゃの。見逃すことはできんな」

「神様、ありがとうございます。じゃ、お仕置きしてもらえますか?」

「ふむ。お主がこれほど急に言ってくるのだから、事態は深刻なのじゃろう。願い叶えてやろう」

「ありがとうございます! 本当にうれしいです」

「ところで相談なんだがの? お仕置きはどのくらいしておけば良いのじゃ? ワシらは伊達に神様をやっているわけじゃないからのぉ。人間で言うビンタを2、3発お見舞いするくらいから、いわゆるあの世へ送ってやることまでできるんじゃが。お主はどのくらいを希望しておる?」

 ちょっと背筋がゾッとした。さすが神様、人の1人や2人くらい簡単にあの世送りにできるんだ……。

「えっと、あの世に送るまでしなくていいです。あんなゴミ野郎でもご家族はいるでしょうし、悲しみを生むためにお仕置きをお願いしてるわけじゃないので。今の会社から汚点を残して出て行ってもらうくらいにお灸を据えてくれれば十分です」

「ふむ、良く言った。ちょっとお主を試してみたのじゃ。人間をあの世に送ることくらい造作もないが、それを平気で望むヤツはやはり信用ならんとな。お主はちゃんと周りのことも考えて妥当なお仕置きを口にした。ワシらはそれで十分じゃ。それではしばし待て。ワシらの方で人を手配するから3日くらいかかるかも知れん」

「はい、それで結構です。よろしくお願いします」

 神様に試されてしまった。結果オーライだけど、合格して良かった。


 翌日。

 神様とは約束したし、神様は確実にお仕置きしてくれるのはわかっているけれど、それでもどんよりした気分で出勤した。

「やぁ、おはよう。雨宮くん。今日もかわいいねぇ」

 と言いながら、勝手にあたしのお尻をサラッと触る部長。

「きゃっ」

「うひひひひっ」

 もう朝からコレって最悪。最悪ついでに、左斜め前の席の男性社員が課長に怒鳴りつけられている。

「お前みたいなのはなぁ。給料泥棒っていうんだよ、わかるか給料泥棒」

 給料泥棒はお前だろ、と思いながら、すっかりしょんぼりしている男性社員が可哀想でならない。

 でも、これも今日を入れてあと3日。3日だけ我慢すれば、神様がお仕置きしてくれて、この部と課を平和にしてくれる。


 とひたすら考えて持ちこたえること3日。

 木曜日の朝、普通に出勤したら部内がざわついている。

 不思議に思って同僚に

「何かあったの?」

「何かあったのじゃないわよ、香菜。部長が会社のお金を使い込んだのがバレて、今会議でつるし上げられている最中よ」

 これはキツいお仕置きだなぁ。でも、あたしの望んだ通り会社に汚点を付けて出ていくハメになる、っていう流れだよね。

「神様、ありがとうございます。ちなみにお名前は……」

「おう、やっと聞いてきたか。ワシはタケミカヅチじゃ。雷を司る神だからのぉ。こういう天罰みたいなのはワシがいいだろうということになってな」

「確かに雷が落ちたようなお仕置きでした」

「じゃろう? まぁ、心を入れ替えてきちんと働くようになれば普通の人生を歩める。じゃが、また同じことを繰り返すようであれば、次はどうしてくれようかのぉ……」

 怖い怖い。神様が本気を出したらえらいことになるよ。

「……あの……ちなみにもう1人は?」

「ああ、まだ何もしとらん。会社に来てから仕置きしてやろうと思ってな」

 確かにまだ出社してきていない。

 と思った矢先に出勤してきた。相変わらずふてぶてしい感じだけど、部内のざわつきは気になる様子。

 とりあえず、仕事が始まって1時間半くらい経った頃……。

「山村課長はいるかね?」

「はい、私ですが」

「コンプライアンス対策室の者だ。匿名でパワハラが横行しているという報告があったので事情を聞きたい。ちょっと時間をもらえるか?」

 それを聞いた途端、課長の顔色が真っ青になった。

「は、はい。うかがいます……」

「タケミカヅチさん、これがもう1人のお仕置きだったんですね」

「そうじゃ。まぁ、責任を取らされてクビになるって流れじゃな。このくらいで良かろう」

「ありがとうございます。もう十分過ぎるお仕置きでした」


 さらに翌日。

 部の入り口のドアに辞令が張り出されていた。

 部長は懲戒免職、課長は依願退職ということだった。後任の課長と部長も併せて発表されていたけど、社内でも人格者として有名な2人だった。

 まさにあたしが望んだ通りに事が運んでしまった。ちょっとだけ心の痛みはあるけど、でも部や課だけじゃなく、会社全体としてもあいつらはいない方がいい。

「タケミカヅチさん、ありがとうございました。感謝してます……」

「おう。達者でやれよ」

 神様の力を思い知った、でも神様も自然な形でお仕置きしてくれて本当に感謝している。

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