第2話 罰当たりなあたし

 誰も信じてはくれないと思っているものの、目の前で繰り広げられているのは確かに神様らしき人たちが宴会をしている風景。

 これがもし、異形の幽霊とか怨霊どもだったら、逆に信じてもらえたかもしれない。ここは「心霊スポット」として有名なのであって、日本のオカルト好きの中でまさかこんなところで神様が宴会しているとは誰も思ってないから。

 そんなことをつらつら考えていると

「どうした、まぁ飲め」

 とさっきのオオクニヌシノミコトさんから酒を勧められる。

「あ、はい。じゃ、いただきます……」

 んー、やっぱり美味しいぞこのお酒。なんてお酒なんだろう。売ってるなら買いたいけど、神様の飲み物だしなぁ。売ってないだろうなぁ。

「このお酒、なんていうお酒なんですか? すごい美味しいんですけど」

「名前などないわ。酒は酒だな。我々のような存在が飲む酒だから、人間が飲むと極端に美味しく感じるんだろうよ」

「そういうもんなんですね」

「ところでお主はここにいる神様をどのくらい知っておる」

「すみません……初詣で神社に行く程度で、日本の神様は全然知らなくって……」

「まぁ、無理もないか。今の日本人は神様も仏様もみんな一緒だしなぁ。ワシらにとってはちと寂しい話だが、それでも神社に来てくれるだけでまだいい方だ」

「都合の良いときだけ神頼みしてごめんなさい」

「良い良い。そんなもんじゃ。じゃちとお主でも聞いたことありそうな神様を教えてやろう」

 と言いつつ、杯にまたお酒を……いや、美味しいからついつい飲んじゃうんだけど……もうそれなりに酔ってきてたりするのよね……。

「アマテラスオオミカミの右側3人目に、やっぱり別嬪さんがいるじゃろ? あれがコノハナサクヤヒメじゃ」

「ああ、名前だけは聞いたことがあります」

「その隣にヒゲを生やしたむさいおっさんがいるじゃろ? あれがスサノオじゃ」

「なんでか知らないですけどなんか有名な神様ですよね」

「それから、アマテラスオオミカミの左側5人目に琵琶持った別嬪さんがおるじゃろ? あれがイチキシマヒメじゃ。お主らだと弁天様というとわかるじゃろ」

「弁天様なら知ってます。鎌倉の方にいらっしゃいますよね」

「その隣がウカノミタマノカミじゃ。こやつも別嬪だが、お稲荷さんというとわかるじゃろ」

「わかりますわかります。お稲荷さんはこの神様だったんですね」

「まぁ、全員紹介していったらキリがないからのぉ。このくらいにしておくか。ほれ、飲め」

「あ、はい……ありがとうございます」

 あ、ダメ……本当に酔っ払ってきた……神様のお酒って結構効くんじゃない?

「あの……あたし、なんだか酔ってきたみたいなんですけど」

「そりゃそうじゃろ。酒を飲んでマジメになるヤツがどこにおる。酒を飲めば酔っ払うのは当然じゃ」

 と言いながら、空いた杯にまたお酒を注いでくれる。

 そりゃあたしもお酒はそれなりに強い方だけど、こんな酔い方するのは何年ぶりだろう……。

「それにしても賑やかですねぇ」

「ワシら日本の神々は宴会が好きだからのぉ。天上界でも酒は飲むが、下界へ降りてきてこっそり騒ぐ方が楽しいんじゃよ」

「神様もいろいろ大変なんですね……」


 このあたりからあたしの記憶が曖昧になってくる。

 記憶にあるのは

「あたしゃーねぇ、神様信じてるんだよぉ。神社行ってお願いごとするんだよぉ。でも、何にも叶えてくれないのはどういうことなのよ!」

「あんたたち、神様って言ってるくせに、人間のお願い聞いてくれないんじゃないの? どうなのよ!」

「なんかご利益とかよくわかんないけどさー、それって人間のせいなの? 神社でお参りするだけじゃダメなの? どうすればいいのよ!」

「ひっく……あたしゃーねぇ、神様にお願いして願いを叶えてくれなかったから、いろいろ大変な思いしてるのよぉ。わかるー、あたしのこの気持ち!」

 ……どうやらこともあろうに、酒の力を借りて神様たちに暴言を吐きまくっていたようだ。

 たまたまストレスが溜まってた時期でもあったし、そこにとにかく美味しいお酒をたんまり振る舞われて良い気分になっちゃったんで、いつもなら理性で抑えているタガが外れちゃったらしい。


 フッと目が覚める。

 最初は寝ぼけてわからなかったけど、辺りを見回すとどうやら自分の部屋らしい。

 そこで、段々と記憶が戻ってくる……そういえば神様と会って宴会したんだっけ……。美味しいお酒をしこたま飲まされて……ああ、なんか酔っ払って暴言吐いた気がするな……。

 ハッ!

 神様に暴言!? あたしったらなんて罰当たりなことをしてたのよ!

 だいたい、あの心霊スポットからあたしはどうやって戻ってきたんだろう。恵一はほかの2人ととっとと逃げたみたいだし……神様が運んでくれたのかしら……。

 いけない。とにかく神様に謝りに行かなくちゃ。

 で、早々に着替えて軽く朝食を摂り、すぐに出かけた。

 どこの神社に行けばいいのかよくわからなかったけど、家の近所にあるお社よりはでっかいところの方がいいだろうと思って、鎌倉の鶴岡八幡宮に行った。

 お賽銭もお詫びの意味を込めて1万円。何も考えずにただただお詫びしないとって思いだけでサッと出してしまった。

 あとはひたすらごめんなさいと平謝り。

 すると……

「おお、お主か。昨日の夜は楽しかったぞ。礼を言う」

 と頭の中に言葉が入ってきた。……これ、神様の声?……

「そうじゃ、ワシらが直接話しかけておる。昨日のお主の言葉を聞いて、皆が人間の言うことはもっともだと納得してのぉ」

 え?……すごい暴言を吐いた記憶があるんだけど……怒ってないの?

「ワシらも伊達に神様をやっているわけではない。人間の暴言程度で罰を当てるほど心は狭くないんじゃぞ」

 ……神様優しい……。

 思わず涙がこぼれた。

「でな、お主にはこうやってワシらの声が聞こえるようにしてやった。あと、なにか願いたいことがあれば、頭に思い浮かべるがいい。ワシらが叶えてやろう。ただし、ワシらも神様じゃ。お主だけが幸せになるような願いを叶えてやることはできん。お主の欲望ではなく、お主が困っているときに手を差し伸べてやることに決めた、と考えるが良い」

 ……そんなことまでしてくれるなんて……あたし、罰当たりなことをしたのに……神様の心が広すぎる……もう涙が止まらない……。

 いつまでも拝殿で泣いている変な女になるのはマズかったので、ひとまず右へ除けてこっそり泣いた。ひとしきり泣いて落ち着いた頃にもう一度反芻してみた。

 神様が願いを叶えてくれるって……自分の満足のための願いじゃなければいいって……。

 うれしいな……。

 で、早速思いついたのは会社の面々の顔だった……。

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