第2話 イタズラと本質
告白。それは気になる異性に対して好意をぶつける行動であり、その過程を経て二人はカップルとなり交際を始める。一世一代の大勝負であり世の人々はそれをできるか否かで一喜一憂している。最近では告白なしで交際するケースもあるらしいがそれは特例だろう。そして今目の前に特例中の特例がいる。
「え? つ、付き合ってってその……ぼ、僕たち知り合って間もないですし……その……」
「ああー、言い方悪かったね。私が言っているのは憑きあうの方ね。勘違いしちゃって可愛いね!」
「う、うぅ……」
身長は市護よりも遥かに小さいが楽しそうにからかう紗南。いたずら好きの年上のお姉さんという表現が適切であろう。
「でも憑きあうって……どういうことですか?」
「そうだね……じゃあやってみようか。実際に経験した方が早いだろうし」
「早いって……うわぁ!」
紗南が市護の方を見ると突然辺りが真っ暗になった。何事かとしばらく頭を振ってキョロキョロしていると意識が深く沈んでいった。
「う、ううーん」
「お、気が付いた? 結構起きるの遅かったね」
目を開けると前には紗南が座っていた。先ほどとさして変わらないように思えたが下に目をやると二か所違和感があった。まず、準備したはずのカレーが綺麗に無くなっていた。台所を見ると洗われていた食器類がそこにあり、さらに妙な満腹感。間違いなくごちそうさまをした後の状態だった。しかし覚えがない。
「さすがに気付いたかな?」
市護がお腹をさすっているので自身の仕業だということは悟られているだろうと紗南は考えてニヤニヤしていた。
「紗南さんが……したんですか?」
「そうよ。幽体だからね。人の意識を奪って思いのまま操ることも可能なんだよ」
人と一線を画す能力を目の当たりにして開いた口が塞がらなかった。それと同時に強大な恐怖を感じた。ビビリな市護ですら感じたことのない恐怖。知らない間に操り人形にされてしまうというのが恐ろしかった。
「それで市護君。私はこの力を使ってやりたいことがあるんだ」
「…………」
恐怖に戦いていることは一目瞭然だったが紗南は一旦無視して自分の話を進めた。
「今植物状態になっている私だけど……来年の三月に治療は打ち止めになるってお医者さんから聞いたんだ」
「……えっ!?」
呆然としていたが聞き過ごせない言葉にパッと反応した市護。その後の展開は容易に予想できるがつい聞いてしまった。
「打ち切られると……どうなるのですか?」
「……帰るべき肉体を失って多分消える、かも」
「す、すみません! 変なこと聞いてしまって」
「大丈夫だよ。……優しいんだね」
明るく振る舞っていた紗南だがその瞬間だけは暗く悲しい顔を浮かべていた。口が滑ったと慌てる市護だが優しく微笑む紗南。予想通りのリアクションだったのだろう。
「それでそうなる前に私に協力してほしいんだけど……ダメかな?」
ここではいと即答できるほど気概の良い男ではなかった。美人な少女からのお願いも市護には通用しなかった。
「……事情は分かりました。でも、どうして僕なんですか? 僕なんて何の役にも……」
市護の言い分も尤もである。こういう霊的なものに関してはその道のプロフェッショナルがいる。一介の高校に頼るよりもそっちの方が可能性はあると思われる。
「私、三年間誰にも気づいてもらえなかったんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
その言葉はなぜか市護の心に深く刻み込まれたような気がした。
「もちろん神社や寺をメインに漂っていたけど誰も私に気付かなかったわ。今日この辺りに来たのは気分転換にピンポンダッシュでもしてやろうかと思ってね。手当たり次第イタズラしていたんだけど途中で眠たくなってね」
やはり夕方のチャイムは彼女の仕業であった。これで謎が一つ解消された。しかし誰にも認識されないというのは可哀想である。
「それでようやく気付いてもらえた市護君に手伝ってもらいたいのよ。お願い! 私にはもう時間がないの!」
先程よりも必死の様子で懇願している。期限までおよそ11か月。それほど余裕があるわけでもない。グイグイ来られる人――人じゃないけど――を突っぱねるほど勝気ではない。
「わ、分かりました……役に立てるかどうか分からないですが頑張ります」
「本当!? やったー、ありがとう!」
今日一番の笑みが溢れていた。市護よりも年上だが無邪気に笑っており、市護は少しドキッとしていた。紗南は市護の手を握りブンブンと振っていた。女の子から握手されたことのない市護はなすがままの状態であったが手汗がじわじわと滲み出ていた。
「でも……僕実は人と話すのが苦手で。友達はおろかまともに喋ったことがないんです。それにこんな顔しているのでヤンキーと間違われてしまいますし……紗南さんは僕が怖くないんですか?」
本音が漏れる。市護が最初から気にしていたことである、自分は怖がられているかもしれないという点。今までからずっとこの顔のせいで人々から距離を置かれ続けていた。だからこそ自分を見ても怖気づかない紗南に市護は若干の違和感を感じていたのである。
「んー。私この三年で色々な人見てきたんだ。凄い人望のある人だけど中身クズな人とか、またその逆で嫌われているけどそれが誰かのためを思ってとか。この幽体になってからかな、私人の本質が視えるようになったんだ」
性根が一目で分かるということだろうか。つまり紗南の前では隠し事や偽りの顔を見せることはできないということだろう。
「じゃあ僕とかは……」
「根は大真面目で優しすぎる位だけど人との接し方で悪戦苦闘。そんな人に悪い人がいるわけないからね」
「あ……は、はい」
その通りですと自信を持って言えるほど優しいとは思っていないが市護は少し照れた。自分の本質を見抜かれた、いや分かってくれたのは親以外では初めてだったからである。顔には出せないが心の中は嬉しい気持ちで一杯だった。
「そ・れ・に! 私とはこうしてうまく喋れているじゃん、ほら」
「あ、そういえば……そうですね」
自分のことは自分が一番よく分かっているというのは間違いである。市護は言われて初めて自分が今までの誰よりも長く話していることに気が付いた。しかも初対面のはずなのにそれが嫌な感じではないというのが初めての感覚であった。長い間人と話すことができないという共通点が無意識の内に二人をリンクさせていたのかも知れない。
「君がコミュニケーションとるのが苦手なのもなんとなく分かっていたし、私も手伝うよ。君は私の肉体を元に戻すお手伝い、私は君の人間関係を良好にするお手伝い。Win-Winの関係じゃないかな?」
確かに市護自身このまま誰とも仲良くできずに高校生活を終わらせたくないとは思っていた。他の人たち同様ワイワイ楽しくしたいという願望は人並みにあった。市護の方にも紗南の方にもデメリットは特になかった。
「そうですね。ではこれからよろしくお願いします。紗南さん」
「よろしい! さっきよりも良い顔になったね。それじゃあ改めて、こちらこそよろしくね千乃宮市護君!」
二人は握手を再びしてにっこりと微笑んだ。さっきはドキドキしていた市護だったが今回は落ち着いていた。信頼できる人ができたからかもしれない。親を亡くして以来そういう愛を欲していたのかもしれない。
「なんだか嬉しいです。僕、最近親亡くなってしまったので」
「……そうなんだ。じゃあ私がお姉ちゃんになってあげる!」
「えっ?」
「えっ? 今日から私もここに住むから姉も同然でしょ?」
市護はそんな約束した覚えはないが紗南はあたかもそれが当然のように思っていた。確かに部屋は余っており紗南が住むスペースは十分にはある。しかし他に問題がある。いくら幽体とはいえ若い男女が一つ屋根の下にいるというのは……
「こ、ここに住むんですか?」
「そりゃそうでしょ。別にどこに住んでも問題ないけど私はもっと親睦深めたいもん! 君は私といるのは……嫌?」
「その……いいえ。大丈夫です」
「やった! ありがとう可愛い弟君!」
困り顔で情に訴えてくる困った姉であった。しかし家族が増えるのは嫌ではなかった。失意の市護にとっては今必要な薬であったかもしれない。美人な年上と同居することを意識すると再びドキドキし始めてしまったが。
「じゃあ母が使っていた部屋を使ってください。好きにしていいですから」
市護の部屋の真向かいに母の部屋があった。市護の母はかなりの美人で見た目も中身も女性らしさに気を遣っていた。教育も母メインで教わったので身だしなみや姿勢、清らかな心のありようには特に注意されてきた。それゆえ部屋は人一倍綺麗であり、ここならば紗南を泊めても問題ないと思った。
「ありがとう!」
「それでは僕はもう休ませてもらいます。ちょっと疲れたので……」
「あ、そうだね。それじゃあお休み~」
取り憑かれて寄り付かれて疲れてしまった。風呂は明日にしてベッドに直行した。今日一日色々なことがありすぎて限界であった。しかしそれと同時に妙な充足感も味わっていた。久しく味わっていなかったワクワク感にも似た感じ。色々悪いように考えてしまい不眠がちな市護は珍しく早く深い眠りにつくことができた。明日はどんなことが待っているのだろう。そんなことを考えているのかもしれない。
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