二人の世界のつくり方

るた

二人の世界のつくり方

ある街に、絵描きの少女と物書きの少女が居た。二人はとても仲が良く、街でも有名な仲良し二人組。しかし物書きの少女には不満があった…。


―――――


物書きの少女の元に毎日のように訪れるのは、街の機械屋の若店主。最近物書きの少女が書いているのはこの街を舞台とした物語。店主の話は物書きの少女にとってはとっても新鮮で、話していくうちに親しくなっていった。そしてある日、物書きの少女はもっと話したいと思い、店主をどこかへ誘い、話がもっとしたいと伝えようと考えた。しかし、その日店主が口にしたのは、絵描きの少女の話だった。


「あの子と、仲良くなりたいんだ」


思わず物書きの少女は「…え」と声を漏らす。今まで絵描きの少女の話は欠片も出てはこなかった。


「いや…絵描きの子にずっと会いたかったんだけど、あの子は家に籠ってあまり外に出ないって聞いたから…。君に聞いたら、会えるんじゃないかと思って」


つまり、利用する前提で自身に近づいたと?絵描きの少女に会うために?…ああ…いつもそうだ…。物書きの少女は暗い気持ちを抑え込み、「今度会わせますよ」と約束を交わした。


―――――


物書きの少女は街中のカフェでよく物書きの仕事をしている。そのため、街中でよく見るのは物書きの少女。絵描きの少女は籠りがちで、物書きの少女と外に出ることを除き、自身が外に出ることはほぼない。


絵描きの少女は白い肌と美しい顔立ちが特徴で、見たことのある人々はみな「美人」だと彼女を形容した。物書きの少女はそれに劣等感を抱いていた。


物書きの少女は街の人とは違った雰囲気の顔立ちをしている。物書きの少女は、幼い頃に外国からやって来た娘。しかも、その国はあまり馴染みがない国である故に、異端の目で見られることが多かった。


以前にも、物書きの少女はある男に恋をした。しかしその男が好きだったのは絵描きの少女。物書きは泣く泣く諦めざるを得なかった。しかし絵描きの少女はそんな男に目もくれず、絵を淡々と描き続けている。物書きの少女にとっては理解できなかった。何故自分の好きな人は皆、彼女を選ぶのだろう。確かに彼女は自身から見ても美しく、聡明な女性である。しかし、彼女はどうやっても、カンバスから目を離すことは無い。


おかげで物書きの少女が得意とするのは悲恋の物語。最近になってこの街を主とした話を書く気になり、機械屋の店主と巡り合った訳である。それなのに、結局最後はこれだった。


ある日のこと。物書きの少女がカフェで仕事をしていると、声をかけられた。今度は機械屋の店主ではなく、黒いローブを纏った赤い目が特徴的な女だった。


「物語を書くのが好きなのね」


少女は「そうです」と答えた。そして赤い目の女はこう続けた。


「物語を描く《えがく》のは嫌いなのね」


少女は「どういうことですか」と聞いた。赤い目の女は「そのままの意味よ」と答えた。


「文字の物語の中でならあなたはどんなものにでもなれる。でも、『絵』という形となり目に視えてしまえばその形にしかならないじゃない」


赤い目の女の前に紅茶が出される。赤い目の女はそれに砂糖を足し、ゆっくりと混ぜた。


「羨ましいでしょうね。どうしてあの子は愛されるのに、私は愛されないんだろう」


「…貴女に何が」


「分かるのよ。私も貴女と同じだから」


赤い目の女は懐から布袋を取り出し、物書きの少女の前に置いた。それも、まだ途中の原稿用紙の上に。


「悲恋の中の貴女は美しい」


そう言って、紅茶を一口啜る赤い目の女。物書きの少女が布袋の中身を見た。中には青く透き通る金槌。こんな金槌の話は、機械屋の店主からも聞いた事がない。


「お守り代わりか、『道具』か…。それは貴女が決めていいわ。『同じ者』としてのよしみってやつかしら」


紅茶を飲み終わった女は、カップを置き、立ち上がった。「この物語の終わりは、どんなものなのかしら」と笑う女の顔は、少女の脳裏に深く焼き付いた。


―――――


物書きの少女と絵描きの少女は小さい小屋をアトリエとし、二人で住んでいる。そして、物書きの少女も家の中で三つに分かれた部屋の中、絵描きの少女の部屋に入ったことはなく、絵描きの少女が自室に籠っている間は物書きの少女すら彼女の姿を見ることは出来ない。この時、物書きの少女が帰り着くと、共有の部屋で椅子に座り、お菓子を食べる絵描きの少女の姿があった。絵描きの少女が「おかえり」と言うと、物書きの少女は「ただいま」と返した。


「絵描きに会いたいって男の人がいるよ」


物書きの少女が不機嫌そうに伝える。絵描きの少女は「また?」と物書きの少女を上回る程の不機嫌そうな声を上げる。


「嫌よ、知らない人とわざわざ会うなんて」


「でもいい人だよ。すぐに仲良くなれる」


「時間を割きたくない。断ってくれる?」


「…なんで」


「え?」


絵描きの少女は思わず物書きの少女を見た。物書きの少女は今にも泣きそうな顔をしていた。


「私…その人のこと好きなの…」


「…ああ、だから私に紹介してくれるの?なんだ、貴女の相手なら」


「違うの!あの人は絵描きの子に会いたくて…って…私…利用されただけで…」


そこで物書きの少女は泣き出した。どうして自分は愛されないのか。どうして彼女は、人からの好意を直ぐに拒むのか。物書きの少女には、分からなかった。


絵描きの少女は立ち上がって物書きの少女を抱きしめた。


「もうそんな人忘れなさい」


そう言いながら、物書きの少女から布袋をこっそりと手に入れた。物書きの少女はその事に気付かず、またその時の絵描きの少女の表情も見てはいなかった。絵描きの少女の顔は、物書きの少女すら知らない、誰も見た事がないものだった。


―――――


物書きの少女が目を覚ますと、小屋に絵描きの少女の姿はなかった。自室に籠っているのだろうか。自室を出て、絵描きの少女の部屋の扉を叩くも、いつもなら「おはよう」など返答があるのに今回は物音すらしない。入りにくい絵描きの少女の部屋。恐る恐る扉を開いた。そこにはたくさんのカンバスが飾られ、たくさんの本があちらこちらに置かれていた。カンバスに書かれているのは本当に見慣れた…物書きの少女自身。そして散らばる本も、物書きの少女が著したもの。しかしその中でひとつだけ、異彩を放つ絵があった。それは、赤い目の女の肖像画だった。


その絵を見て、「そういえば」と思い出したように自室に戻り、布袋を探した。しかし、どこにも見当たらない。落としたのか…?しかし、小屋に戻るまでは持っていたはずだ。まさか、絵描きの少女が持って行った…?


そう思った時、「ただいま」という声がした。絵描きの少女がなんと一人で外に出ていたのだ。物書きの少女が部屋から飛び出すと、絵描きの少女は「会ってきたよ」と笑顔で報告した。しかし、開いたままの扉の向こう側は、月が踊る夜。時計の両針は真上を向いていた。


「いい場所があるの。今から出かけましょう」


絵描きの少女は物書きの少女の腕を掴んで外に出た。外には馬車が用意されていた。


「また、二人で」


絵描きの少女の呟きは、驚きを隠せない物書きの少女には届かなかった。二人が馬車に乗り込むと、馬車は街を抜け、遠くに走り出して行った。


小屋から人は居なくなった。そこに足を踏み入れるは赤い目の女。机の上に置いてあった絵描きの少女と物書きの少女の好物である菓子を手に取り、頬張った。床を見ると、少し赤くなった布袋を見つける。赤い目の女がそれを拾い上げ、中を見た。そこには、鮮血に塗れた青の金槌の姿があった。


「結局あの子は使わなかったわね…」


そう呟きながら、赤い目の女は絵描きの少女の部屋に入る。たくさんの物書きの少女の肖像画に混ざる、自身の肖像画。赤い目の女は思わず笑ってしまった。「もう少し、綺麗に描きなさいよ」 赤い目の女の肖像画は、『愛する人』の肖像画に比べて些か適当さが否めなかった。


―――――


赤い目の女は、絵描きの少女にも会っていた。赤い目の女が小屋を訪れ、たまたま気分で扉を開けたのが絵描きの少女だった。


絵描きの少女はその時いい絵が描けたということで上機嫌であったため、いつもなら見せない自室を赤い目の女に見せた。赤い目の女が初めてその部屋を見た時、「この子も歪んでるじゃない」と心の底から感じた。そして絵描きの少女は「私、どんな男の人よりも、この子の事を愛してるんです」と笑顔で話した。しかしその笑顔に、影が差しているのを女は見逃さなかった。


話を聞き出すと、絵描きの少女は一緒に住んでいる物書きの少女が他の男の話をする度に、物書きの少女と共に外へ出かけ、物書きの少女が恋する男を自身のものにしようとしているらしい。しかしそれは、男が好きなのではなく、物書きの少女を奪われないようにするための手段だった。物書きの少女が自身の想いに気づくことはないが、そのせいで少し距離ができたと悲しそうに話してくれた。そこで女は絵描きの少女に紫色の美しい見た目のコンパスを差し出した。方角を指し示すコンパスは、きっと二人の未来の指針にもなるだろう。絵描きの少女は喜んでそのコンパスを受け取った。彼女らはそのコンパスに従って、遠く遠くへ走り出して行ったのだ。


赤い目の女は小屋を出て、彼女らが住んでいた小屋に火をつけた。絵描きの少女に言われていたのだ。「もしも私達が出てったら、後始末をお願い」と。この私に頼み事とは…と少し不満にも思ったが、女は頼まれた通り、小屋の最期を見届けた。


青い金槌で殺されたのは誰なのだろう。流石の女も、そこまでは見ていなかった。あくまで金槌を渡したのは物書きの少女。しかしあれを『殺人の道具』として使ったのは絵描きの少女。青い金槌は彼女の嫉妬心を引き出し、物書きの少女が恋する男を『破壊』したのだろうとは思うが…。コンパスは彼女らの未来を『創造』してくれる。あの二人がそこで幸せになってくれると良いが…。


燃え盛る炎の前、赤い目の女は自身の愛しい人を思い出していた。女も愛されたかった。そして愛してくれたのは、一人の『人間』だった。物書きの少女も愛されたいと言っていた。しかし、彼女もまた一人の『女』に愛されている。彼女は結ばれる分、幸せなのではないかと考えた。


「珍しく、幸せになれるじゃない」


炎に背を向け、女は暗い夜に溶けていった。


―――――


馬車の中、眠る物書きの少女の頭を撫でる絵描きの少女。絵描きの少女の首には紫色のコンパスがかかっている。


「二人で、幸せな世界をつくりましょう」


誰かのために世界を『かいた』二人は、次は『二人』のための世界を『つくる』。


物書きの少女が次に書くのは、幸せな物語かもしれない。


馬車の行く先は、月と海が美しく見える崖の向こう側である。

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