第57話 『おまえら、熱いよな!!燃えてるよな!!燃え尽きるまでイクぜ!!Burn!!』

 〇高原夏希


『おまえら、熱いよな!!燃えてるよな!!燃え尽きるまでイクぜ!!Burn!!』


 千里のタイトルコールに、会場は地鳴りのような歓声に飲み込まれた。


「えーっ!!Burnやっちゃうのー!?」


 さくらは両手を上げて大はしゃぎ。

 そんな様子を見て俺は…


「くっそー…やられたな…」


 額に手を当てた。



 もう中継は終わった。

 一緒にいた千世子も、陸とガクのいるスタッフルームへと走った。

 だが、客席の様子を見ても…バラードでライヴが終わるなんて消化不良気味。


 ま…最初からアンコールをやらせてやる頭はあった。

 そして、千里に渡されたセットリストを見て、決めた。

 F'sがラヴソングを三曲続けてやって終わりとか…あるか。

 でも、それだけ伝えたかったんだろう。


 知花に…

 SHE'S-HE'Sに。



「……」


 千里の歌う『Burn』は…ある意味、俺を諦めさせてくれる気がした。

 …色んな事を。


 声帯の手術をして、もう…シャウトは出来ない。

 いや、声が出るだけでも幸せな事だ。

 俺は恵まれてた。

 なのに…生きている限り歌いたいと思ってしまう。

 …なぜ、あの時…一思いに…


「Bur~~~~n!!!!!!」


「……」


 隣で弾けるさくらを見る。


 …あの日、さくらが薬をすり替えていなければ…

 俺は歌えない苦しさから逃れる事が出来た。


 …だが。

 今の…この甘酸っぱいような幸せを手に入れる事もなかった。

 Deep Redのナッキーは死んだ。

 だが…高原夏希は生きている。

 全く歌えないわけじゃない。

 シャウトが出来ない。

 あの頃のような高音も出ない。


 だが…歌えないわけじゃない。



 ずっと…

 心の奥底で続いていた葛藤を…

 今夜、俺は…やっと…



『もういっちょイクぜ!!』


『Burn』が終わって、京介がハイハットでカウントを取って…


「わあ…」


 さくらが、両手で口元を抑えて俺を見た。

 Deep Redの…『Here I Go Again』…


「……ふっ…」


 俺は小さく鼻で笑って前髪をかきあげると。


「まったくあいつら…調子に乗りやがって…」


 伏し目がちに、首を横に振った。


「…なっちゃん。」


 さくらが俺の手を取る。


「……」


「頼もしいね。千里さん。」


「……ああ、そうだな。」


 さくらが…そばにいる。

 ずっと眠ったままのさくらじゃない。

 俺の目を見て、俺の手を取って。

 おまえいくつだ。って言いたくなるような事をやってのけて。

 かと思えば…昔…二階堂の人間として、逸材だったという…さくら。


 だが、俺の前では…

 ただの可愛い妻だ。


「…さくら。」


 さくらの肩を抱き寄せる。


「ん?」


「…ずっと、そばにいてくれるか?」


 俺の問いかけに、さくらは一瞬『え?』と小さく言って。


「今更そんな事聞いて、どうするの?」


 唇を尖らせた。


「あたしは、なっちゃんが泣きわめいて嫌がっても、ぜっっっっったい離れないっ。」


 まるで子犬のように俺に抱き着くさくら。


 …ふっ。

 泣きわめいて嫌がっても…か。


「俺が泣きわめいて嫌がるとでも?」


「あたしを置いてゼブラさんち行ったクセにー。」


「あれは…ジジイだけの会だったからな。」


「あたしも行きたかったー。」


「…じゃあ来週あたり、みんなをうちに呼ぶか。」


「ほんと?」


「ああ。ごちそうを頼む。」


「任せてっ。」



 まだ…終われない。

 さくらの頭を撫でながら…

 千里の歌を聴きながら…

 俺は、強くそう思った。




 〇朝霧光史


 センと一緒に観ようと思ってたF'sのライヴ。

 が、世貴子さんもそうだが…瑠歌もまた…神さんのファン。


 て事で、センも俺も嫁さん同伴。



 …京介さんがMCで俺らの事を話してくれて…

 それから、まさかの…

 神さんから『Never Gonna Be Alone』をSHE'S-HE'Sに捧げるって歌われて…

 俺の涙腺は崩壊した。


 大昔、俺は…男しか好きになれなくて。

 陸に告白をしてフラれて。

 その後…神さんを好きになった。


 渡米して知花と暮らして…知花に気持ちが動いたかのようにも思えたが…それでもやっぱり、俺の気持ちは神さんにあった。


 神さんに告白した時の事は、今思い出しても…自分が自分じゃない気がしてしまう。

 それほどに、特別な思い出でもあるし…

 今思えば…自分にない物への強い憧れだったのかもしれないとも思う。



「もう…最高過ぎる…」


 隣にいる瑠歌は、ラヴソングに入ってからずっと泣いてた。

 そして、俺達に捧げられた曲では『光史達、羨ましい。神さん、カッコ良過ぎる』って何度も。


 いや…京介さんの事もコメントしてあげてくれ…。



 来春…俺達はメディアに出る。

 その覚悟をメンバー全員で決めて…それぞれ家族にも打ち明けた。

 デビューしてずっと、その存在をひた隠しにして来て。

 今更かもしれない。

 だが…今だから、なんだ。


 ビートランドは、変わろうとしてる。

 それなら…

 俺達はそれに加勢しなくてはいけない。


 今夜のF'sには…言い表せられないほどの刺激をもらった。

 ないと思ってたアンコールに応える形で…まずは『Burn』が演奏され。

 当然、俺も瑠歌も年甲斐もなく盛り上がって。

 次に聴こえて来たのは…Deep Red!!

 親父が絶好調にギターをかき鳴らす。


「お義父さんサイコー!!」


 瑠歌がそう叫ぶと。


「えっ、どの方が『おとうさん』なんですか?」


 と、隣の女性に聞かれていた。


「あっ、おとうさんならいいなーって…」


 ははっ…バカだな。



 もう飛び跳ねられないぜー…って息を切らしかけた所で…

 神さんは。


『おまえら、もうバテてんのか!?バカ言うなよ!!』


 マジか。

 あの人、どれだけ元気なんだ…

 自分のキー以上の曲を、今…二曲続けて歌ったんだぜ?


『まだまだイケるか!?』


 神さんの問いかけに、まだまだ元気な歓声。

 …アドレナリンの成せる業。


「もうバテたの!?」


 瑠歌にそう言われて。


「俺の体力舐めんなよ?」


 本当は少し辛いが…背筋を伸ばした。

 普段どれだけドラムを叩いてても…

 こうやって立ちっぱなしで跳ねたりするのとは…筋肉と体力の使い方が違う。

 …いや、アンコール、最後まで付き合うぞ。



『まだまだついて来い!!Ransei-Conscientia!!』


「えっ。」


「ええっ?」


 つい、瑠歌と同時に言ってしまった。

 神さんのタイトルコールで始まったのは…

 俺らの曲だ…!!




 〇桐生院知花


「うっわー!!マジかよ!!」


 隣で華音が頭をグシャグシャにしながら叫んだ。


 F'sが…

 あたし達の曲をやり始めたから。


「……」


 あたしは…口を開けてしまってるかもしれない。

 アンコールはないって聞いてたけど、ステージに出て来たF'sのみんな。

 そして…中継が終わった途端、千里のマイクパフォーマンスが始まって…

『Burn』が。

 それだけでも胸がギュッとなってたのに…

 その次はDeep Redの『Here I Go Again』…

 隣の華音と、その向こうの沙都ちゃんはもう…暴れまくり。


 アンコール、大サービスだなあ…って。

 F's…本当にカッコいいなあ…って思ってると…


『まだまだついて来い!!Ransei-Conscientia!!』


 …SHE'S-HE'Sの曲が…始まった。



 この曲って、サビからのツーバスは光史も悶絶してるし、陸ちゃんとセンもかなり体力消耗する曲。

 まこちゃんも聖子も瞳さんも…あたしも。

 何度も里中さんにダメ出しされて、何度…お蔵入りにしようかって相談したか分からない。


 だけど…

 演奏し終えると、達成感も高い曲で。

 あたし達の中では…かなり特別な曲。


 それをF'sは…

 …完璧にカバーしてる。


 さすがにあたしのキーじゃ歌えないから、コードは違うけど…

 いつから練習してたの?


 千里の歌う…あたしの曲…

 何だかドキドキして…

 だけど、挑戦的な千里に…すごく、刺激をもらえた。


 さっきまで泣いてたあたしは…ほんのりと戦闘モード。

 覚悟しとけよ…って、すごく熱のこもったラヴソングをプレゼントされて。

 こんなにおまえが遠いなんて死んでしまいそうだ…って、弱い一面も見せてくれて。

 あたしの大好きな曲を…あたしのために歌ってた、って。

 だけど今日はSHE'S-HE'Sに捧げるって言われて。

 それだけでもう…今日は嬉しさで涙涙で…


 戦闘モードに入らされるなんて思わなかった。


 だけど、それはすごく…あたしにとって、いい事だと思った。

 だって。

 あんなラヴソングを歌われて、あたし…また…気持ちが揺らいでしまわないか、少し心配もあった。

 離れたくない。って。



 …大丈夫。

 これで…もう、あたし…何があっても…

 千里から離れないし、SHE'S-HE'Sも諦めない。

 大事な人はみんな大事にする。

 欲張りになる。

 貪欲になる。


 欲しいものは…

 みんな手に入れる。


 出来るよ。

 だって、あたし…


『おまえらの曲、サイコーだぜ!!』


 千里が手を上げて、客席の色んな所に向かって言ってくれた。

 きっとそこには…SHE'S-HE'Sのメンバーがいる。


 あたし、自信が持てる気がする。


 …うん。

 大丈夫。


 あたし、もう…自分に負けない。

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