第54話 『こんな場所でうちの娘とイチャイチャするな!!』
〇桐生院華音
『こんな場所でうちの娘とイチャイチャするな!!』
親父がそう叫んで。
「あはははははは!!」
「神の娘って、モデルの
「娘って事はDEEBEEの
「もー…神さん、バカウケ!!」
周りからは、そんな声が…
華月と詩生が付き合ってるのは、有名な話だ。
なんで有名になったかってのは…まあ、いつか誰かが回想するとして…
「…もう…」
隣では母さんが額に手を当てて座ってる。
まったく…親父も変わんねーなー…
こんな日ぐらい、我慢しろよ。
ビートランドの周年パーティーとは違うんだぜ?
「神さん、相変わらずだね。あそこ、ちゃんと見えちゃってるんだ。」
そこには、詩生と聖に挟まれた華月がいる。
…親父、ステージからよくあそこが見えるな。
ライトが当たってちゃ、せいぜい五列目ぐらいまでしか見えねーだろーに。
もう老眼が始まっててもおかしくない年齢なのに、目だけはやたらいいよな。
「……」
それにしても…ウズウズさせやがるぜ…
なんだ?このセットリスト。
新旧入り乱れてて…これやるか!?みたいな感じで、発狂しそうな客があちこちにいる。
今日は未発表の新曲が六曲もあるって聞いた。
今、ライヴの中盤に差し掛かってて、その間に未発表曲が二曲ほど披露された。
ハードで短めな曲。
短めだからこその濃縮具合がすごくて、何ならアンコールかけてもう一回聴きたいぐらいだった。
アズさん、さっきのどうやって弾いてた!?ってさ。
すげー気になる!!
前髪をかきあげるフリをして、一階を見下ろす。
紅美が…あそこにいる。
麗姉と一緒に。
…本当は、母さんの座ってる席が紅美の席だった。
嘘ついてわりーな、母さん。
麗姉と一緒に来るはずだった陸兄が、急遽…スタッフ側に回された。
ちなみに、ガクも。
何のスタッフかと言うと…
ネット配信のコメント欄の書き込みスタッフ。
世界中の人間が観る。
そして色んなコメントを入れる。
『こいつら誰だ!?』ってコメントを見付けよう物なら、すかさずその国の言葉で『日本のF'sってバンドだ!!』と返す。
当初、そこまではしないって言ってたじーさんに。
『いや、ビートランドのF'sを、もっともっと世界中に知らしめたい』って…陸兄が名乗り出た。
たぶん二人は、パソコンの並べられた部屋で。
親子して頭をフル回転させてるはず。
極秘作業だけに、この事を知ってるのは数人だけ。
そんなわけで、ガクと来るはずだったチョコちゃんは、モニタールームにいる。
あそこはあそこで…ばーちゃんが騒いでそうだなあ…
〇高原さくら
「くしゅんっ!!」
あたしが大きなくしゃみをすると。
「はしゃぎすぎて、汗でもかいてるんじゃないか?」
なっちゃんがあたしの前髪をかきあげた。
「まだそんなに騒いでないよー!!」
「そうか?オープニングから十分騒いでたと思うが…」
「そんな事ないよね!!チョコちゃん!!」
「んー…」
「チョコちゃーん!!」
今日は、F'sのライヴ。
あたしとなっちゃんと、そしてチョコちゃん。
この三人はモニタールームでステージを観てる。
もー…オープニングから鳥肌!!
千里さんが…すご過ぎ!!
今まで観た、どのライヴより…とにかく比べ物にならないぐらい…
「うちのお婿さん…なんてカッコいいんだろ…」
あたしが指を組んでそうつぶやくと。
「聞き捨てならないセリフが…」
なっちゃんが低い声で言った。
「もうっ。褒めるぐらい許してよ。」
「まあ…今のぐらいなら許す。」
「なっちゃんだって、今日の千里さんカッコいいって思うでしょ?」
「それはそうだが…おまえが俺の前であいつを褒めるのは妬ける。」
「娘のお婿さんよー?」
「それでも妬ける。」
「もう…バカ…」
「ごちそーさまです。」
「……」
「……」
そうだった…
チョコちゃん、いたんだった…。
『今夜は…ほんと、急なライヴで…』
ずっと歌い続けてた千里さんが、ようやくMCに入った。
『そんな急なライヴに来れなかった奴らのためにも、中継もあったりして…あらためて、至れり尽くせりなビートランドプレゼンツ、F'sライヴへようこそ!!』
歓声に沸く会場。
あたしとチョコちゃんも、パチパチと拍手した。
『…個人的な気持ちを言わせてもらうと…俺は、たくさんのスタッフや、友人、もちろん家族にも支えられて…ずっと歌っていられる、F'sをやっていられるって、本当に感謝してる』
あら…珍しい。
千里さんが、感謝の言葉を堂々と喋るなんて。
つい、なっちゃんと顔を見合わせた。
『だが』
だが?
『今から歌う三曲は、たった一人…俺の大事な嫁のために書いた曲だ』
あまりにもストレートな千里さんの言葉に、あたしは目を見開いてしまった。
知花…ちゃんと聞いた?今の言葉。
千里さん、知花のために…知花のためだけに、歌ってくれるんだよ?
あたしが少し感激しながらステージを観てると。
「…ふっ…千里はひねりを知らない奴だな…」
なっちゃんが小さく笑った。
「…ひねってたら知花に伝わらないって事が分かったんじゃない?」
あたしがそう言うと、なっちゃんはチョコちゃんを挟んで…あたしの肩を抱き寄せた。
真ん中に収まったチョコちゃんは、最初少し戸惑ってる様子だったけど…
「ガクと一緒に観れなくて残念だったな。」
なっちゃんがそう言うと。
「…この特等席も、すごく貴重なので終わったら自慢します。」
少し赤くなった顔で、そう言ってくれた。
〇高原夏希
『Trying Not To Love You…』
千里がタイトルを言いながらアルペジオを弾き始めると、圭司とマノンがイントロに入った。
俺は千世子を真ん中に、さくらと三人でステージを見入った。
知花は…華音が取った席で一緒に観る事になったと言っていたが…
その席はここからじゃ見えない。
どんな気持ちで、どんな想いで、千里の歌を受け止めるのか。
千里は…おまえがいなきゃダメなんだぞ?
どんな小さなトゲも自分で引き抜いて…何もなかった事に出来るほどの強さを持て。
…知花の育った環境を作ったのは、俺だ。
だがそれを今更悔やんだ所で、過去は取り返せない。
だから…余計に強く願う。
知花に、もっと千里を信じて…自分に自信を持ってほしい…と。
「…ふふっ…千里さんたら…」
歌を聴いて、さくらが小さく笑う。
間にいる千世子は首を傾げて。
「…これって、訳詞も神さんが?」
小さくつぶやいた。
今日は全曲の訳詞がスクリーンに映し出されている。
「ああ。本当に今回の千里は…直球だな。」
「そうね…嫌いになんかなれないんだから、覚悟しとけって。もう…ラヴソングって言うより、脅しじゃないの。」
「ははっ。脅しとはひどいな。千里、渾身のラブソングだろうに。」
千里の歌詞から…余計な力が抜けた気がした。
何かに囚われていたのかもしれないな…
無意識のうちに。
過去の自分か…失くした記憶か…に。
突然告げられた言葉に
俺はうずくまるしかなかった
情けないことに息も出来ないほど
こんなにおまえを求めてるのに
なぜなんだ?この距離は必要なのか?
問いかける俺におまえは言う
『あなたが好きなのは本当の私じゃない』と
バカ言うなよ
目の前のおまえはおまえ以外の何者でもない
どんなに毒を吐こうが
俺には可愛いままさ
不安ならもっと見せてくれてもいい
『本当の私』とやらを
だけど言っておく
それを見せられたところで俺は
おまえを嫌いになんかならない
むしろもっと好きになる
覚悟しとけよ
離れてる間に色々考えた
これ以上愛するのは止めよう…とも
どうせ強がりさ 悔しかったんだ…
離れたいって言われた事が
なぜなんだ?俺の何が気に入らない?
問いかける俺におまえは言う
『あなたは何も話してくれない』と
バカは俺だな
全部知られて嫌われるのが怖かったなんて
おまえの前ではいつも
カッコいいままでいたかったんだ
それでもおまえは
カッコ悪い俺も見たいって言うのか?
だけど言っておく
それを見せたらきっと俺は
これから先ずっと…永遠に
おまえに甘え続けてしまうんだ
覚悟しとけよ
バカ言うなよ
目の前のおまえはおまえ以外の何者でもない
どんなに毒を吐こうが
俺には可愛いままさ
不安ならもっと見せてくれてもいい
『本当の私』とやらを
嫌いになって欲しけりゃ努力もしてみるさ
だけどこれ以上愛さないと思っても
俺には限界がないらしい
諦めるんだな
〇東 瞳
新曲のラヴソングを聴いて…あたしは少し知花ちゃんが羨ましくなった。
本当…心底愛されてるんだよ。
別居を聞かされた時は驚いた。
そして…動揺した。
あんなに愛し合ってる風な二人にも、そんな事が起きてしまうんだ…って。
それ考えてたら…あたし、何だか急に不安になった。
あたしと圭司って…大丈夫なのかな?って。
圭司はすごく優しくて…あたしがイラついて八つ当たりしようが、どれだけ暴言を吐こうが…全然怒らない。
母さんが生きてた頃だって…会いに行かないあたしの代わりに、いつも面会に行ってくれてた。
…あたし、圭司に甘え過ぎだよね。
分かってる。
なのに…どうしてかな。
素直になれない。
だから…余計不安になる。
今日、お昼に、映と圭司が収録を済ませてたラジオがオンエアされた。
若いパーソナリティーとの、弾むような会話。
あたし…もしかしたら、初めて妬いたかも。
千里と知花ちゃんの別居の事、圭司も何も言わないし…あたしも何も言わなかった。
その話に触れるのが怖かった。
あの二人の距離が今よりも離れてしまったら…って。
そんなの信じないけど、もしそうなったらどうしよう…って。
映が結婚して、あたしと圭司二人きりのマンション。
圭司は…いつだって、些細な事でも話してくれてたのに…
あの二人の別居については話さなかった。
…それが、ずっとあたしの中で、小さな黒いシミみたいになってる。
今夜のF'sは、今まで見た中で…最高の出来だと思う。
映も初めてのF'sのステージなのに…堂々としてて誇らしい。
それに、圭司だって…
…圭司、こんなに上手かったんだ。って…あたし、今更思ってる。
ギターソロで前に出ると、最前列のギターキッズ達は必死で手を伸ばして…圭司に触れようとする。
それから千里に近付いて、顔を見合わせながら……
…もう…どれだけ千里の事が好きなのよ。
まるで、千里に恋してるみたいな目しちゃって。
世界中に発信される中、三曲もラヴソングを捧げられるなんて…
知花ちゃん、どれだけ幸せ者?
早く別居なんて解消して…今まで以上にイチャイチャして、あたし達を安心させてよ。
「……」
ふと、圭司と目が合った気がした。
今日、あたしは聖子と並んで観てる。
その聖子はと言うと…千里のラヴソングに感極まって泣いてる最中。
千里が『覚悟しろよ』ってフレーズを歌った瞬間…
圭司が、あたしに指差した。
……何よ。
何…覚悟しろって言うのよ。
続けて、二曲目のラヴソングに突入して。
サビでは圭司もコーラスに参加した。
『I Love You』って繰り返される…そのベタなフレーズを。
圭司は…あたしを見つめながら歌ってくれてる。
…千里の作った歌なのに…
何便乗してんのよ…
…やだな。
何、この…名曲。
F'sの男たちって…
ほんっと…
キザなんだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます