第53話 は…はー…っ…はーーーーーー!!

 〇浅香京介


 は…はー…っ…はーーーーーー!!


 一曲目が終わって、間髪入れず二曲目に入る。

 朝霧さんのイントロ部分が、唯一…俺の休める時間…つっても…

 たった四小節!!


 今回のライヴは…聞くところによると、神のためのライヴみたいなもんで…

 何なんだよちくしょー。って、思わなくもなかったが…

 俺ら、あと何年…こんなハードな曲やってられるか分かんねーもんな。

 出来るだけ、ステージに立てるチャンスがあるなら…立ちたい。

 そんなわけで、まあ…何だよちくしょー…より、ラッキーって気持ちの方が大きいかな。


 しかも今回は世界中継もある上に、朝霧さんとナオトさんまで参加してくれてる。

 …二人がライヴのステージに立ってくれるなんて…何年振りだ?

 臼井さんが完全脱退したのは残念だが…加入したアズの息子の映は、本当…頑張ってくれてる。

 かなりストイックに体力作りや個人練もしてたしな…

 本当にアズの息子か?って。



 二曲目の『Something In Your Mouth』は三年前のアルバムの曲。

 俺は…ほぼ神と一緒に歌いっぱなし!!


 F'sを結成して何年目ぐらいからか…

 俺と神がツインボーカルって言っていいほどの曲が増えた。

 俺はドラムに集中したいんだ。

 叩く事だけをやらせろ。

 って、何度言ったか分からない。


 だが神は…


「おまえが歌わねーと、この曲の雰囲気に合わねーんだよ。」


 って譲らなかった。


 アズか朝霧さん…もしくは臼井さんかナオトさんに…って話を振っても。

 神は、断固として俺を指名した。

 …殺す気か!?って、何度も思ったな。


 だけど…今は思う。

 俺はメンバーにさえ人見知りをする。

 ムカついて暴言は吐くとしても…プライベートまで付き合おうとは…なかなかしない。

 聖子に連れられて飲みに行った先に誰かがいて…的な飲み方はするとしても。

 自ら好んで他人と酒を飲むことはない。

 それぐらい、人が嫌いだ。


 神の事も、最初から嫌いだった。

 いつも態度がでかくて、偉そうで。

 才能があって、あんなに冷たい事を言うのに誰からも好かれてて一目置かれてて。

 何より…

 …かっけーのがムカつく。


 その、かっけー神は…これまたムカつくほどかっけー曲を書きやがる。

 俺は譜面が読めねーから、書かれただけじゃピンとこねーけど…

 デモを聞かされるたびに、口には出さねーけど鳥肌立ててる。

 …そりゃあもう…内心大絶賛してるさ。


 だが…な?

 加減ってもんがあるだろーよ。


 よーし、おまえらライヴだぞ。って高原さんから言われて。

 先月末ぐらいから神が鬼みたいに書き溜めてた新曲を四曲。

 何とか…形に出来れば。って、アズと言ってたが…


 あと一週間。って所で…追加で二曲!!

 新曲が合計六曲だぜ…!?六曲!!

 マジで殺す気かよ!!って思ったな。


 歳と共に記憶力も集中力も体力も衰える。

 なのに、神はそれを許さねー。

 あいつだって努力してるのは知ってる。

 だから…俺も手は抜かない。


 けどな…

 この短期間で六曲って…

 マジで泣きそうになったぜ。

 泣かねーけどさ…

 泣かねーけど…

 こんなきっっっっついライヴ、初めてだ!!



「わー!!楽しいね京介ー!!」


「……」


 こっちは必死で叩いて歌ってんのに。

 アズが笑顔で振り返って、大声でそう言った。


 ………ああ。


 ちくしょー!!

 楽しいぜ!!




 〇東 映


 あー…やべー…

 この…言い表せられない…快感。

 楽し過ぎる快感とは違う。


 必死でついてかなきゃ置いてかれるほどの疾走感。

 F'sは…常に走り続けてるバンドだ。

 俺の親父含め、みんな50過ぎてんだぜ?

 何なんだよ…このモンスターぶりは。


 だけど、この快感。

 自分がこの音の中にいるって、まだ信じられない。

 まるで、夢の中のようだ。


 まだまだ足りない俺を引っ張り上げてくれる、重厚なサウンドとライヴパフォーマンス。

 ボーカルの神さんは…マジで…神様だ。

 親父のおかげでガキの頃から付き合いはあるとしても…ずっと雲の上の人。


 DEEBEEでベースを弾いてた頃は、こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。

 幼馴染の詩生しお希世きよしょうとでデビューを果たしたDEEBEE…あれはあれで満足してたし、楽しかった。


 だけど…ずっと憧れてた。

 F'sの、スリリングさに。


 難しさで言えば、DEEBEEで弾いてたベースラインの方が上かもしれない。

 だけどF'sでは、とにかく…精密さを求められる。

 派手なベースワークは要らない。

 まるで基礎を弾いてるかのようでも、その正確さと安定した音の出し方と…ドラムとのピッチ。


 前任の臼井さんが脱退する話をハリーから聞いて、体が疼いた。

 それまでは詩生達と一生DEEBEEだって思ってたし…それを脱退なんてあり得ないと思ってた。

 なのに…F'sのベースが空いた。


 …入りたい。

 入って、そこで自分の力を試したいし、もっともっと…ベーシストでいる以上、常に学んで伸びたい。

 そう思い始めてからは…DEEBEEのメンバーや高原さんとも話し合った。


 もちろん、F'sに最初から快く受け入れられたわけでもない。


『おまえはうちに向いてない』


 誰にも言わなかったけど…

 最初、神さんにそう言われた時は…かなりへこんだ。

 …そこから、毎日自分と闘った。


 自惚れてなんかない。と自負してたつもりだが…結局は自惚れてた。

 そんな自分を捨てるためにも、毎日個人練に励んだ。

 時には臼井さんにレッスンをつけてもらったり、親父にギターを弾いてもらって合わせたりもした。

 その時の俺には…もう、F'sに入る以外なかった。


「……」


 客席を見ると、朝子が見えた。

 本当は…あまり乗り気じゃないだろうなー…って思って誘わなかったが…


「あたし、行ってもいいのかな…?」


 朝子の方から、そう切り出してくれた。

 F'sに入って初めてのライヴ。

 本当は…観て欲しかった。

 朝子との時間を割いてまで、俺が得ようとしていた物。

 だけど、今日のライヴに来ると…朝子は会いたくないと思ってる(かもしれない)サクちゃんに会う可能性がある。


 …朝子の兄貴との婚約解消をしたサクちゃんは、朝子の…元許嫁と結婚した。

 長い婚約期間だった。

 だから仕方ない。

 そう思う俺と…

 仕方ないかもしれないけど……と、モヤモヤしたままの朝子。


 今日朝子が来るのを察してくれたのか、幸い…サクちゃんは来ていない。

 …兄貴の事は残念だが…サクちゃんの幸せを、俺は祝いたい。

 朝子にも、そういう気持ちになって欲しいと思う。



 後半のセットリストに…神さんの最高傑作と言っていいラヴソングがある。

 それが…朝子にも、響くといいな…。


 愛は…

 傷付いても、無くなるもんじゃないって。




 〇桐生院華月


 ああ…どうしよう…。


 父さんが…

 …父さんが、めちゃくちゃカッコいいー!!


 あまり笑顔になり過ぎないようにしたいのに、ライトを浴びてる父さんが…あまりにもカッコ良過ぎて。

 あたし…つい、ニヤニヤしてしまう。


 あたしの左隣には詩生がいて、右には聖。

 聖はずっと『親父かっけー!!』って言って、その向こう側にいる人に『えっ?どの人がお父さんなんですか?』って聞かれてる。

 そして、笑いながら『あ、どの人も父じゃないです』って答えてる…バカね。


 詩生は…

 すごく、目はキラキラさせてるんだけど…

 直立不動。

 握りしめた両手を、わなわなと震わせてる感じ…。


「……」


 あたしがそれにそっと触れると。


「……あ…息するの忘れてた…」


 少しだけ、息を吹き返したみたいな顔になって、あたしの肩に寄り掛かった。


「…大丈夫?」


 背中に手を添えると。


「ああ…とてつもなくスゲーもん見せられて…ボーカリストとして自信喪失するとこだった…」


「……」


「やべーよ…おまえの親父さん。マジで…サイコー過ぎだわ…今までのライヴと比べもんになんねーぐらい…今日の親父さん…すげー…」


 すごく…詩生らしくないセリフ。

 父さんが褒められるのは嬉しいけど…

 詩生がこんなに弱気になるのは…嫌だな。


「……」


 しばらくあたしの肩にもたれかかってた詩生の頬を、ギュッとする。


「…痛い。」


「知ってる。」


「……」


「父さんと同じ土俵に立ってるとでも?」


 あたしは…酷いかなー?って思いながら、真顔で言った。


「あたしと詩生が産まれる前から歌ってるのよ?すごくて当然じゃない。目指す人が大きければ大きいほど、それは詩生の力になる。」


「……」


「父さんは、ビートランドの後輩達に…ちゃんと背中を見せてるつもりだと思うよ?」


「………悪い。自惚れてた。」


 詩生はうつむいたまま頭を二、三度ブルブルッと振って…顔を上げた。


「マジで…自惚れてたな、俺。少し認めてもらえたぐらいで…バカだ。」


「……」


 あたしは…詩生のこういう素直な所が好き。

 歌わないあたしなんかに注意されたら、本当は…ムッとしちゃうんじゃないかな。


「こんなすげーライヴを楽しまないなんて、バカ過ぎ。サンキュ。」


 詩生はあたしの頭を優しくポンポンってして…笑顔になった。


「…生意気言ってごめんね?」


「ん?どこが生意気?」


「…ううん。」


「気付かせてくれて、マジ感謝。」


 爆音の中…詩生の声はあたしの耳元に優しく入り込む。

 そのついでみたいに、髪の毛にキスされると…


『こんな場所でうちの娘とイチャイチャするな!!』


 アズさんのギターソロの最中…父さんがそう叫んで。

 すごくカッコいい曲なのに…

 会場は笑いに包まれた。


 …見えてるの!?

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