第52話 「だーいじょぶだよ、神。」
〇東 圭司
「だーいじょぶだよ、神。」
そう言って、俺は神の背中を叩いた。
本番前なんだけど…神、ちょっと元気ないかなー?
「今までも乗り越えて来たじゃん?」
「……」
俺達は一足先にホール入りしてたんだけど、神だけルームに残ってて。
いくら何でも…って時間に迎えに行くと、知花ちゃんとLINEしてた。
隣で覗き込んだけど、拒否らなかったからずっと見てたら…
何だか、二人とも…スタンプだけで会話してんの!!
すげー!!
瞳だったら絶対『あんたなんで文章打たないのよー!!』って電話してくるよ。
知花ちゃんも神も…
若くない?
俺が見たのは『嘘ですよ』からだったんだけど…
「何が嘘ですよ?」
答えてくれないだろーなーって思ったけど、問いかけてみたら。
「…知花が、『あなたを信じて待っています』って花言葉の花の写真、送ってくれてたんだ。」
意外と…素直に教えてくれた。
「えー、ロマンチックだなあ。て事は、知花ちゃんは神を受け入れる態勢万全じゃん?」
「それを、考え直した方がいいってスタンプ送った。」
「えー!!なんで!!」
「だから、それを嘘だって送った。」
「…神、相変わらずドS…」
「…あいつ、本当に俺でいいのかな…」
「………神?」
そこで…LINEのやり取りは終了してたから、そそくさと神をホールに連れて来て。
みんなで軽くミーティングして。
ストレッチとか、着替えとか、確認作業とかして。
もう…本番直前。
「…いつも付き合わせてわりーな。」
指を組んだまま、小さくつぶやく神。
「うわっ。神らしくないなあ。」
ほんっと。
いつもみたいに、黙って俺について来りゃいいんだよ!!って顔してればいいのに!!
「でも、結果それでいい楽曲を生み出してるんだからさ。俺らにとっては儲け話って事だよね。」
俺はそう言って笑って、向こう側のステージ袖で打ち合わせしてる朝霧さんを見た。
もう、準備万端!!
「さ。知花ちゃんだけへのラブソング。しっかり歌って、みんなに冷やかされようよ。」
ドラムの位置についてセッティングをしている京介にも聞こえるほどの声で言うと。
「あ…やっぱりそうですよね…」
映が、今更みたいな事を神に言った。
「えー?我が息子ながら鈍いなあ…」
まさか、知らなかったわけじゃないよね!?
「いや、最近の神さんのラブソングは、みんなに対して歌ってるって聞いたから…」
「はっ?神そんな事言った?俺聞いた事ないけど。」
当の神は、目を細めてる。
「いや…おふくろが言ってたぜ?知花さんがそう言ってたって。」
映がピックをくわえて、さっきから何度目だ?ってチューニングをしながら言った。
「……映。それ、いつの話だ?」
「え?」
「おまえはいつ瞳から聞いた?」
「えー…と……あ、『Never Gonna Be Alone』のミュージックビデオが公開された後です。」
「……」
「えー?あんなラブソング、どう聴いても知花ちゃんへの歌なのにねー、神。」
「……」
あれ?
あれれ?
俺の問いかけに、神はすごく…すーっと表情をなくして。
「…そろそろだな。」
つぶやいた。
だ…大丈夫かな…?
〇里中健太郎
「よーし、集合。」
俺の声で、みんなが袖に集合した所に。
「…里中。」
ふいに、神に肩を掴まれる。
「あ?」
「…色々、悪かった。」
「何が。」
「……」
「なんだよ。」
「スケジュール、飛ばしたり。」
「はっ。今更。謝らなくていいから、昨日のリハよりも完璧なやつ、頼むぜ。」
俺がそう言って、拳を神の胸に押し当てると。
「…ぶっ飛ぶぜ?」
神は…長い前髪の隙間から見える目を細めて言った。
「…上等だ。」
「サンキュ。」
「礼とか気持ち悪いし。」
「るせっ。」
さっきまで…少し元気がない気がしたが。
今はもう、戦闘モード。
今日は…きっと、最高のF'sが観れるはず。
俺はすでに…期待で胸がいっぱいだった。
朝霧さんとナオトさんも、貫禄の笑顔。
京介と映は相変わらず緊張した面持ちだが…こいつらは上がってもミスらない。
アズは…まあ、いつも同じ調子だ。
神がみんなを見渡して。
「今日も、宜しく頼む。」
スタッフに声を掛けた。
「は…はいっ!!」
全員の背筋が伸びた所で、円陣を組んだ。
「F's!!行くぜ!!」
「おう!!」
あー…
やべーな。
また、こういう世界に戻っちまったよ。
アメリカから帰国して、自宅でアンプ直してた自分が、まさか…またここに戻るなんて。
音の世界。
音楽の世界。
しかも…
「里中、頼むぜ。」
神からハイタッチ。
「任せとけ。」
「健ちゃん、よろしくねー。」
「だから、その呼び方やめろって。」
「頼むで健ちゃん。」
「朝霧さんまで……」
当初、ボーカルに専念するはずだった神も、夕べのリハでギターを持つことにした。
もう長く弾きながら歌っていたせいで、手持無沙汰らしい。
まあ確かに…神はマイクスタンドのパフォーマンスより、ギターを弾きながら歌う方がカッコいい。
俺は卓について、各立ち位置についたメンバー達のイヤーモニターに指示を入れる。
『SE入れるぞ』
それぞれからOKサインや頷きが返って来た。
SEは…F'sのデビュー曲『This Means War』のイントロギターを延ばした物。
かなり疾走感のある曲だ。
フェードインして、会場のボルテージが上がったと同時に幕を落として…
本物の『This Means War』が始まる。
F'sは26年のベテランバンド。
だが、デビュー曲で始めるのは初めてらしい。
今日はネット配信もある。
あちこちでコメントも飛び交うだろう。
神のコンセプト。
吉と出るか…凶と出るか。
〇桐生院知花
「二階席の方はこちらから入場してくださーい!!」
「持ち物検査にご協力くださーい!!」
「お渡ししたリストバンドは、会場に入ったら発色しまーす!!手首に装着してくださーい!!」
B-Lホールのロビーは…とても賑やかだった。
ビートランドのホールでしかライヴ経験のないあたしには、自分が出るライヴじゃなくても…刺激になった。
「…ここでも持ち物検査するのね。」
あたしが小声で言うと。
「危険物がないかって事だろ。今日はカメラも携帯もOKだから。」
華音は辺りを見渡して言った。
カメラOKのライヴなんて…何だかすごい。
今までSHE'S-HE'Sが素性を明かしてないせいで、ビートランドの周年パーティーもイベントも…
かなりの厳戒態勢で開催されてたから…本当のライヴって、こんなに自由で解放的なんだ…って、ちょっとビックリ。
「…変装して来なくて良かったの?」
華音を見上げて言うと。
「あ?なんで。」
華音は不思議そうな顔。
「だって、華音テレビに出てるじゃない。」
「F'sのライヴなんて、似た背格好のバンドマンがたくさん来るから、バレやしねーよ。」
「そんなものなの?」
「ああ。」
確かに…周りには、ロックな格好の人がたくさん。
席は、華音が言ってた通り…二階席の二列目。
すごく…いい席。
あたしと華音に少し遅れて、沙都ちゃんと曽根君もやって来た。
「え?知花姉、ここで観るの?」
沙都ちゃんが目を丸くして言った。
「うん……あ、もしかして、ここって誰かの席だったの?」
まさか、最初からあたし用に買ってたとは思えない…
「ちげーよ。ちゃんと母さんに買ってたって。」
「……」
「マジで。早乙女さんに、SHE'S-HE'Sはメンバーで固まって観るのかって聞いたんだ。そしたら母さんはまだ決めてなかったって聞いたから。」
…実際、ずっと悩んでたもんな…
一人でルームで観る。って選択が、一番強かったんだけど…
…まさか…だよね。
こんなにいい席で観る気になるなんて…。
「…紅美は?」
いつも沙都ちゃんと華音と一緒にいる紅美がいないと思って、誰にともなく問いかけると。
「…え?」
三人が同時に…あたしを見た。
「…え?来ないの?」
あたしが三人を見比べながら言うと。
「…いや、家族で来るっつってたからな…」
華音が少しトーンの低い声で言った。
「…ふーん…」
なんだろ。
華音、あからさまに…目を逸らした。
「……紅美と付き合ってるの?」
隣に座った華音の耳に近付いて、小声で問いかけると。
「………」
華音は無言で、チラリとあたしを見た。
…図星なのね?
「どうして?」
内緒にしてるの?
「陸兄には…」
内緒で。
そんな感じで、華音は口の前に人差し指を立てた。
…なるほど。
咲華が帰国した時、陸ちゃん…紅美の彼氏の条件、かなり厳しい事言ってたっけ。
業界人はダメだって言ってたような…
前途多難だ…。
でも、どうして隠すのかな?
会場が埋まって来て…
少しドキドキした。
千里…調子いいかな…
「始まるな。」
華音が袖を捲り始めた。
「…暴れる気?」
「じっとしてる方が無理だな。」
会場の明かりが落ちて行って…
かすかに…ギターの音が聞こえ始めた。
これはー…
「うわ…デビュー曲じゃん。」
華音の向こう側で、沙都ちゃんが立ち上がる。
ギターの音が大きくなるにつれて、一階からは大きな歓声が聞こえて来た。
そして…
全パートの音が計ったようなタイミングで入った瞬間、幕が落ちて…
…あたしは…
そこに姿を現した千里に…
目が釘付けになった…。
〇二階堂咲華
「…やべ…」
海さんがそう言って、口を手で押さえた。
「何?何が…やばいの?」
あたしがリズを膝に座らせたまま、海さんとテレビを見比べてると…
「いや…お義父さん、これカッコ良過ぎだろ…」
「……」
海さんの言葉に…
あたしは、テレビ画面に映し出された父さんを見る。
「あっじっ、じーあっ。」
すごくハードな曲なのに、リズがリズムを取るみたいにして…あたしの膝でお尻を浮かせた。
「そ。じーじ、すごいねー。」
両手を持って立たせるみたいにしてリズムを取らせると、リズは大はしゃぎ。
ふふっ。
可愛いなあ。
今日は二階堂に行って、海さんの帰りを待って…
それから、急いで桐生院に戻った。
もうみんな会場に出かけてて。
あたしは、海さんとリズと…親子三人水入らずでのライヴ鑑賞。
「……」
海さんが…意外と興奮気味でテレビを見入ってる。
さらには…
「これ、絶対大絶賛されてるよな。反応が見てみたい。」
そう言って、タブレットでネットを開いた。
えー…そんなに?
「…ほら、咲華。すごいよ。お義父さん、世界中で大反響だ。」
海さんが見せてくれたそれには…コメントがたくさん入ってて。
色んな国の言葉が書き込まれてる。
あたしは英語しか分からないけど…
「とんでもないモンスターバンドだ。初めて見た。ってさ…」
海さんは、そのコメントを誇らしげに読む。
だけどあたしは…その…なんて言うか…
ちょっと無反応…。
「…つまんないのか?」
ふいに…海さんが、目を丸くしてあたしを見た。
「ううん…そうじゃないの…」
あたしは…テレビをチラリと見て、また海さんに視線を戻して…
「…何だか、今日の父さん…すごく自然体って言うか…」
「うん。」
「…変な力も入ってなくて、すごくカッコいいなあって…」
「ああ。」
「…あたし、ここ一ヶ月で自覚しちゃったの。」
「ん?何を。」
「…ファザコンだな…って。」
「……」
「だからー…父さんがこんなにカッコいいと…アメリカに戻りたくなくなるんじゃないか…って心配…」
あたしが正直にそう言うと、海さんは…
「……………ふっ。」
少し間を開けて、小さく噴いた。
「あっ、笑ったわね?」
「いや、ファザコンなのは知ってたから。」
「…え?どうして?」
「いつだったか、華月には甘いのに…って話してくれた時に、妬いてるなと思って。」
「あ…」
あたしは、カーッと赤くなってしまったと思う。
だって…
今考えると恥ずかしい!!
「咲華がそうなるのも仕方ないさ。」
海さんはタブレットを置いてあたしの肩を抱き寄せると。
「俺だって、こんなにカッコいい人が俺の義理の父だと思うと、誰かに自慢したくてたまらない。」
「海さん…」
自慢したいだなんて…
嬉しいな…。
「とりあえず、富樫には中継を見るように伝えた。」
「ふふっ…仕事中じゃないの?」
「録画しろとも伝えた。」
「もう…」
海さんの肩に頭を乗せて…テレビを見る。
…父さん。
今日…父さんのラブソングが…
母さんに届くといいね。
どれだけ心から母さんを愛してるか。
届くといいね…。
〇里中健太郎
『This Means War』の全パートが入った瞬間、幕が落ちて。
メンバー全員の姿がステージに現れると、客席は興奮のるつぼと化した。
…正直、俺も卓についたまま…鳥肌が止まらない。
なんて…
なんてカッコいいバンドなんだ…!!
て言うか…
神…!!
おまえ、何だこれ!!
リハで完璧って思わされたが…
リハよりも!!
ダントツにいい!!
当初ギターを持つ予定じゃなかった神は。
「やっぱり弾きながら歌いたい。」
と言って、昨日のリハからギターを持った。
ギターが三人になると音が邪魔くせーかなー…って少しは思ったが…
神はその辺も勝手に考えてたのか…
自分なりにアレンジして、第三のパートを作っていた。
おかげで邪魔どころか…
ますますカッコ良くなってる。
オープニングの曲は、かなりハードで。
客席も随分と頭を振っている。
いやー…鳥肌だわ…こりゃ。
中継見てる世界中のバンドマンは、口を開けっ放しにしてるんじゃないか?
「これ…やべーわ…ちーさん…惚れるやん……」
隣でハリーがつぶやいた。
口にしてる事、気付いてるか?
俺は…知花ちゃんを好きだった。
認めたくなくて、色んな理由をつけたが…どうにも誤魔化し切れなくなった。
神から別居を聞かされ、知花ちゃんと神は一緒にいるべきだ。
理想の夫婦だ。
なんて自分に言い聞かせるごとく…二人にも寄りを戻してほしいと口で言いながらも…
俺は、万が一を夢見ていたのかもしれない。
共通の話題が豊富に違いない俺となら、知花ちゃんも…なんて。
俺は、知花ちゃんが好きだった。
『だった』…と、過去形に出来たのは…
つい、昨日の事だ。
昨日のリハで…薄っぺらな妄想は吹っ飛んだ。
そして今…
こんなすげーカッコいい男に並ぼうとしてた自分が、恥ずかしくてたまらない。
「…里中さん。」
ハリーに肘打ちされて気が付くと、無意識のうちに…俺は泣いていたようだ。
「サイコー過ぎて、鳥肌と涙、いっぺんに来た…」
そう言いながら涙を拭うと。
「分かりますわ…こんなん…マジで十日そこらで仕上げて来たとか、奇跡やわ。」
ハリーはステージを見たまま、そう言った。
ギターソロでアズと朝霧さんが前に出ると、神がギターを弾きながらこっちを向いた。
「……」
「…OK」
「はっ?今、ちーさん何か言いました?」
俺が神とアイコンタクトをすると、ハリーが隣で驚いた。
「言ってはないけど…中音がもう少し欲しいらしい。」
俺がそう言いながらモニターの返しをヘッドフォンで確認しながら調整すると、神が小さく頷いた。
「ええええええ!?何で分かったんです?」
「…何となく。」
「こわっ!!里中さん、こっわっ!!」
「…うるさい。集中しろ。」
…なぜ分かったんだろう?
神の目が…そう言ってるように見えた。
『中音、もう少しくれ』って。
「……」
体が熱くなった。
まだ一曲目だが…
最後まで集中して、絶対このライヴ…大成功させる…!!
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