第48話 「…言わなかったのね。」
〇高原さくら
「…言わなかったのね。」
海さんが知花の部屋から出て来るのを見付けたあたしは。
背後から小声でそう言った。
「…全部聞いて?」
首を傾げる海さん。
「…全部じゃないと思うけど…最後の方は全部。」
「……」
「あれで…いいと思う。」
知花の部屋の外で…海さんと知花が話してるのを聞いた。
…知花には耐えられない。
海さんは、そう判断したんだと思う。
貴司さんが言ってた…『真実は大事だ』って言葉。
あたしは…そこまで『真実』を大事にはしたくない気持ちも…ある。
幸せな話ならともかく…
…こんな残酷な話なら、特に。
あたしにとっての真実は…
誰かに伝えられる事じゃなくて、自分の気持ち。
今、知花が海さんから聞いた事を、どう受け止めるか。
真実は…それによって形を変える。
…本当は…もっと残酷な事実。
だけど、千里さんの記憶からも消された事。
だったら…
それはもう、知花も知らなくていい。
ただ、今回のように…何かがキッカケで、千里さんに異変が起きた時は。
知花が…強い気持ちで、千里さんを支えてくれたら…と思う。
「あっ、どこ行ってたの?探したのよ?」
廊下にいるあたしと海さんを見て、咲華が頬を膨らませた。
「なっちゃんが帰って来ないから、話し相手になってもらってたのー。」
あたしがそう言って海さんの腕に抱き着くと。
「おじいちゃまに言いつけちゃうんだからー。」
咲華は珍しく手にしてたスマホで、あたしと海さんの写真を撮った。
「えっ。咲華、送るなよ?」
海さんが心配そうに咲華の手元を覗く。
「遅いもーん。」
一斉に、あちこちから聞こえる…LINEの受信音やバイブ音。
首をすくめながら開いてみると…
あ~…あたし、ちょっと可愛い子ぶり過ぎちゃったなあ。
海さんの腕に抱き着いて、首を傾げて笑顔を向けちゃったんだけど…
海さんはあたしを見下ろしてて…
その顔がちょうど…
「もうっ。海さんたら、いい顔しちゃって。恋人同士みたいじゃないのー。」
咲華から、ブーイング。
「いい顔って…俺は驚いて見ただけだぞ?」
「……」
「いや、ほんとに。」
「……」
「……」
「ああ、もう。部屋に行って仲良くしちゃって。」
あたしは二人に手をヒラヒラと振って、大部屋に向かう。
すると、また一斉に…受信音。
大部屋の入口でそれを開くと…
「…ぶっ。じーさん、ヤキモチか?」
華音が笑った。
「いくつだよ…全く…」
聖もそんな事を言って笑う。
そこには…なっちゃんから。
『いい度胸だ。起きて待ってろ』
「………もうっ…ばっかじゃないのっ?」
あたしが首をすくめて笑うと。
「あの…俺はもう部屋に引っ込みます。絶対何もないって伝えてください。」
忍び足でやって来た海さんが、ペコペコと頭を下げながらそう言った。
「全く…若い男の方が良くなったのか?」
LINEが来て間もなく、なっちゃんは本当に帰って来た。
海さんは宣言通り、咲華と部屋に入って出て来ない。
その代わり、それぞれ部屋に戻ってた知花と華月が大部屋に来て、果物を切ってくれた。
「そんなに妬くか?孫の旦那だぜ?」
聖がリンゴを食べながら言うと。
「妬くに決まってる。さくらは若いし魅力的だ。誰に惚れられてもおかしくない。」
「……」←華音
「……」←聖
「……」←華月
「……」←知花
「も…もうっ!!何言ってんのよーなっちゃん!!」
ほんとにー!!
海さんよ!?
咲華の旦那さんよ!?
そんな事、あるわけないじゃなーーーーい!!
「あはは。母さん、真っ赤。」
知花にからかわれて…あたしは唇を尖らせる。
…良かった。
知花、笑ってる。
「それより…明日のF's、みんなどこで見るの?」
あたしが問いかけると。
「俺は沙都と曽根とで、二階の二列目を押さえた。」
まずは華音がそう言った。
「えっ、お兄ちゃん二階なの?」
「バカだな。あのホールは二階の前列がベストなんだよ。音の抜けもいいし、ステージの全体を見れるからな。」
確かにそう。
明日の会場は、音を聴くなら二階がお勧めって里中君にも言われてた。
聖は、華月と詩生君と一緒に一階の真ん中辺りで見るらしくて、咲華は家で海さんとリズちゃんとで、中継を見るって言ってた。
あたしとなっちゃんは、ホールのモニター室から観覧予定。
実は…みんなには内緒で、新曲のデモを入手してしまった。
…久しぶりに…歌を聴いて泣いた気がする。
千里さん、知花と離れて…色んな苦悩もあったんだろうけど…
それでも…最終的には、知花の事…大好きなんだなあ…って。
あたしの可愛い娘の事、こんなに愛してくれてるんだ…って。
感動した。
だから余計…ほっとけないって思った。
千里さんの事。
「…なっちゃんがあんな事言うなんて、ビックリした。」
お布団の中でそう言うと、仰向けになってたなっちゃんは首だけをあたしに向けて。
「今まで何回も思ってたぜ?言わなかっただけだ。」
目を細めた。
「…あたしが、なっちゃん以外の人を好きになると思う?」
何だか、なっちゃんが可愛くて…つい笑顔を近付ける。
「……」
「あっ、なんで無言?」
「…もし、俺が死んだら…一緒にいてくれる奴を探せ。」
「……」
突然…縁起でもない事を言われて…あたしの顔から笑顔が消えた。
「貴司がそう願ったように…俺も、そう願う。」
「……」
あたしはむくっと起き上がると。
「…あたしの好みのタイプはね…」
なっちゃんの上に乗った。
「なっちゃんそのものなの。」
「……」
「理想が高過ぎて、なっちゃんがいなくなったら他の人…なんて、見つかるわけないじゃない。」
「……」
「バカ。」
あたしは拗ねた顔でそう言って、自分のお布団に戻って、なっちゃんに背中を向けた。
何が…
何が、俺が死んだら、よ。
バカ。
バカバカバカ。
「…さくら…」
「……」
「…愛してるよ。」
「……」
…もー…
ずるいよ!!
そんなの言われたら…
「…バカ。」
「愛してるって言ってるのに、バカか…」
なっちゃんが、ゆっくりとあたしを抱きしめる。
「そのバカのために…顔を見せてくれないか?」
「……」
「さくら。」
「……」
なっちゃんが甘い声で呼ぶから…つい…拗ねた顔が…ニヤけちゃう。
ゆっくり向きを変えると。
「ありがとう。」
なっちゃんはそう言いながらあたしの頬を撫でて。
「いくら孫の旦那でも、腕を組むのは禁止。」
早口でそう言って、笑いながら頬に唇を落とした。
「…夕べの話、知花には?」
「海さんの判断に任せた。」
「海は…どこまで話した?」
「…千里さんが小さな頃何度も誘拐未遂に遭った事と、9歳の時に酷いイジメに遭った…って所まで。」
「詳しく?」
「ううん…全部は話してない。」
一昨日…あたしは二階堂に行った後、環さんと一緒に『プラチナ』に行った。
そこで…
「いらっしゃいませ。」
お店に入ってすぐ、カウンターの向こうにいたのは…柔らかい笑顔の男性。
あたしはその人を見て…と言うより、声を聞いてすぐ…
「…甲斐さん?」
その人に、そう言った。
バーテンダーさんは少しだけ目を開かれた後、環さんを見て。
「…恐れ入りました。」
軽く…頭を下げた。
環さんが、あたしの隣で小さく笑う。
「え…え?甲斐…正義さんの…」
顔は…全然似てない。
だけど、声と雰囲気が…そっくり。
あたしの先生だった、甲斐正義さんに。
「…はじめまして。甲斐正宗です。お噂はかねがね。」
「お噂…?」
「どうぞ、お掛け下さい。」
「あ…はい…」
カウンター席、環さんの隣にチョコンと座る。
お店の中は、何だかとても……二階堂の人らしい気がした。
「…どうして私が甲斐だと?」
「あ…雰囲気と声がそっくりです。」
あたしがそう言うと、正宗さんは。
「……」
無言で環さんを見た。
「何も言ってませんよ。」
「そうですか。今まで誰にもバレた事はないのですけどね。さすが…伝説の方ですね。」
「…伝説…」
何の話だろうと思ってキョトンとしてると。
「さくらさん、あなたの事ですよ?」
環さんが笑いながら言った。
「えっ?」
「出来過ぎる人として有名だったと言ったじゃないですか。」
「そっそんな事ないよ!!だってあたし、叱られてばっかりで…」
ほんと…
甲斐さんにも葛西さんにも…二階堂でも優秀として有名な教育係をしてる人達に、叱られてばかりだったなあ…
「あたしが思うに…正宗さん、あたしと同年代ですよね?」
あたしが人差し指を立てて、眉間にしわを寄せて、推理をしてる風に言うと。
「………ぷっ…あ、しし失礼…」
まずは、隣で環さんがふいた。
「笑ったー!!」
「で…ですが、どう見てもさくらさんと正宗さんが同世代には思えないのに、なぜ分かったんですか。」
「もう、環さん。正宗さんにも失礼ーっ。」
「いえいえ…私は年齢よりも多くみられるよう、顔を変えたのです。」
「えっ。」
「ですから、なぜ分かったのだろうと…不思議でした。」
あたしはポリポリと頭を掻いて。
「顔を変えても、変えられない物ってあるんじゃないかな…なぜかそれが…あたしにはわかっちゃう…みたい?」
首を傾げながら言った。
「さくら様より二つ上でございます。しかし、さくら様は実年齢よりも随分とお若いですね。」
さくら様。
くすぐったい。
少し変な顔になっちゃった。
て言うか、言ってないのに歳バレてる。
調べられてるのか…
この人…すごい能力の持ち主なんだなあ。
「二つ違いなのに…訓練で会いませんでしたね。」
出て来たおしぼりを手にして言うと。
「ああ…私は特殊な方にいたので、あまり人と関わりませんでした。」
「人と関わらなかった?」
「はい。」
「…特殊な方…?」
「はい。」
「……」
知りたい。
教えて。
って…言ってもいいもんだろうか。
ちょっとウズウズしてしまうと…
「私には、色々視えてしまうんです。」
正宗さん自ら…告白してくれた。
「…みえる?」
「はい。例えば…さくら様には…」
「はっ!!何っ!?霊的なやつ!?」
つい、立ち上がってしまった。
だって…
霊的なやつってー!!
立ち上がったあたしを見て。
「あなたにも怖いものがあるんですか。」
環さんが笑った。
「あるに決まってるじゃない!!」
両手を握りしめてると、正宗さんにまでクスクスと笑われた。
「お座りください。」
「…怖いから、視えても言わないで?」
「分かりました。」
正宗さんに確認をしてから、あたしは恐る恐る座り直す。
…二階堂に『視える』人がいるって…知らなかった。
『世の中には』そういう人がいる。って…12歳の頃、授業中に聞いた事があるけど…
それからしばらくは昔の話をした。
あたしが思い出した二階堂の話も…色々。
正宗さんとは会ったことはなかったけど…
噂を…いくつか思い出した。
「…正宗さんは…甲斐さんの息子さん?」
二杯目のノンアルコールがなくなりかけた頃。
あたしは正宗さんの目を見ながら問いかけた。
その問いかけに、正宗さんは表情を変えずに。
「はい。」
短く返事をした。
あたしの隣では、環さんが静かに笑いながら。
「さくらさんには、隠し事はできませんね。」
正宗さんに同意を求めた。
「そんな事ないよー。あたしにだって、分からない事はたくさんあるもん。だけど…知りたいって強く思うと…何だろうね…ピンと来ちゃう。」
それは正宗さんも同じなのか…
何も言ってないのに…あたしの目の前に温かい飲み物が置かれた。
「ゆず茶でございます。」
「わあ、ありがとう。」
視えたものは知りたくないけど、飲みたい物が分かる能力は羨ましい…
…でも、分からないなりに察したり悩むことも楽しいって思うあたしは…
正宗さんが少し不憫な気もした。
「あの頃の二階堂は、結婚相手が一人とは限らなかったので…私にも腹違いの兄弟がいます。」
その正宗さんの言葉に、環さんが少し意外そうな顔をした。
…今夜の正宗さんは、お喋りらしい。
「あたしも噂でしか聞いた事はないけど…確かに甲斐さんや葛西さんには、日本とアメリカの二階堂に、日本人の奥様がいらっしゃるって。」
「ええ。しかも当時は早婚の傾向にあったので、私は両親が十代の時の子です。」
あたしも17で知花を産んだから、その辺は別に驚かないけど…
『腹違いの兄弟』の方が引っ掛かった。
だって…確か…
「…甲斐さんの娘さん…」
あたしが小声で言うと、正宗さんと環さんは『うんうん』って感じで小さく頷いた。
「今、
「そっか…」
「さくら様がお気付きになる前に話す方が、驚かれそうなので告白しますが…」
正宗さんが優しい笑顔のままでそう言って。
「えっ、何それ。何か驚くような事があるの?」
あたしが二人を交互に見ると。
「まあ…驚かれるかもしれませんね。私も知った時は世間の狭さを痛感しましたから。」
環さんも相変わらず優しい笑顔のまま…だけどちょっと楽しそうに笑って言った。
「…もしかして…」
自分で言っておいて、ドキドキした。
だって、よく考えたら…あたしにだって、兄弟はいた可能性がある。
あの頃、二階堂に出回ってた噂。
『絶対一人っ子って事はない』
「もしかして?」
「正宗さん…」
「……」
「あたしの、お兄さん…とか?」
お兄さん…かもしれない!?
「……」
「……」
「……」
「残念でした。」
「あーっ!!違うのかー!!」
あたしがテーブルに突っ伏して。
「今の『間』で、ちょっと期待しちゃったあ…」
そうつぶやくと。
「すみません。さくら様があまりにも可愛らしくて、反応を楽しんでしまいました。」
「可愛らしいって…こんなおばあちゃん…」
孫もたくさんいるのに!!
「申し訳ないですが、俺も楽しんでます。」
隣では環さんもそう言って笑ってて。
何だか…まあ…こう言っちゃアレだけど…
環さんからいつも感じる、わずかながらのプレッシャーも…今夜は感じないから、いいかな…。
「実は今回の件で、俺も初めて知った事なのですが…」
環さんは少し斜に構えてあたしを見て。
「甲斐さんも類にもれず、腹違いのご兄弟がいらした…と。」
その視線が、何だか…楽しそう。
「…甲斐さんて、正宗さんじゃなくて、あたしの先生だった甲斐正義さんの方?」
「はい。」
「その、甲斐さんのご兄弟?って事は、正宗さんの『おじさん』とか『おばさん』って事?」
「ええ。なぜか私には…その方達に肉親としての何かを感じ取ったり視たりする事が出来ませんでした。」
正宗さんがそう言うんだから…
きっとその対象の人も、そんな事実は知らないんだろうなあ。
「……」
あたしは、首を傾げて考えた。
あたしの反応を楽しむって事は…
あたしの知ってる人っぽい。
で…
二階堂臭のする人…
「篠田さん。」
人差し指を立てて言うと、二人から拍手が。
「当たり?」
「はい。父の兄です。」
「さすがですね…どうして分かったんですか?」
「…何となく…」
二階堂臭がする…って思ったのは、言うまい…
「それと…」
あたしが篠田さんを二階堂の人だと当てて満足してると、『まだまだあるんですよ』って言わんばかりに正宗さんは…
「私は…神 千里さんと、従兄弟のようです。」
「……」
「彼の母親が父の妹、つまり私の叔母でして。」
「……」
「幼少時に二階堂には適さないと判断されて、一般家庭で普通の教育を受けて育ったそうです。」
「……」
「そういうわけで、叔母は自身が二階堂の人間とは知らないそうです。」
「……」
「昔から千里さんを視て来ましたが…まさか従兄弟だとは。私の能力もその程度なのだな、と、この件で自分の能力を過信していた愚かさに気付きました。」
「いや、仕方ないでしょう。正宗さんの能力は誰もが認めています。同じ血だからこそ、分からないようにブロックされていたのかもしれませんよ。」
「それはそれで、私のプライドが許しません。」
「ははっ。正宗さんの意外な面を知れた気がします。」
…………
二人は談笑してるんだけど…
あたしは、ずっと口を開けて…ポカンとしたままだった。
…千里さんに…二階堂の血が?
そして、正宗さんと…従兄弟…?
「うちの娘婿と、従兄弟ー!?」
あたしがそう叫ぶと。
「……」
「……」
二人は一瞬絶句した後。
「さくらさんらしからぬ、超遅い反応でしたね。」
環さんはそう言って笑って。
「犯人が逃げてしまいますよ。」
正宗さんもそう言って…
「こちら、アルコール入りの柚子サワーです。」
あたしの前に…お酒を出した。
-------------------------------
相関図がややこしや~!!
カレンダーの裏が真っ黒になってしまいます。
家系図アプリ大活用中ですが、そちらも混乱を極めてます…
皆様、いつもすみません(。-人-。) ゴメンネ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます