第45話 「知花っ……あ。」
〇桐生院知花
「知花っ……あ。」
玄関から入ったら、また耳のいい母さんに待ち構えられてるかもしれない。
そう思って、裏口にまわって家に入ったのに…
やっぱり母さんは、そこにいた。
「……」
泣いてるあたしを見た母さんは、あたしの背中に手を当てて。
「…ごめんね…知花が帰って来ると嬉しくて、つい…こんな感じで待ち構えちゃう。」
すごく…申し訳なさそうな声で、そう言った。
「……」
あたしが首を横に振りながら涙を拭うと。
「…あのね、知花…」
母さんは何かを言いかけて…
「……リズちゃんが大部屋で寝てるの。」
あたしに抱き着いて、あきらかに…言いたい事とは別な事を言った。
「…咲華…こっちに?」
「うん。海さんもよ?」
「…でも…こんな顔…」
「じゃあ、部屋に戻って…落ち着いたらおいで?」
「……うん。」
母さんはあたしの背中をポンポンってして。
「…待ってる。」
ギュッとあたしを抱きしめた。
部屋に入ると…さっきの千里を思い出して…また涙が出た。
…分かってる…
千里は…あたしを傷付けたくなかったから…車から降ろしたって。
だけど、受け止めたかった。
どんなに傷付いても…受け止め…
……本当に?
あたし、傷付いても受け止められた?
あたしはいつも…千里の言葉に敏感に反応して、たぶん…自分が思ってるよりもっと傷付いて…落ち込む。
それを千里は分かってるから…車から降ろしたんじゃないの?
結局あたしは弱いままなんだ…
自分では多くを千里に望んだくせに…あたしは、千里の気持ちに先回りできない。
…アズさんに聞いた事…話せば良かったのかな…
ううん…あたしは当事者じゃないから。
いつか本当に千里が自分の過去を受け入れる気になったら、アズさんから話してもらえばいい。
今のあたしに出来る事は…千里を信じて待つことだけ。
あたしを信じて…千里自身を見せてくれるようになるまで。
…こんなにも千里の事が好きで…
だから、千里も同じように感じてくれるはず。って…勝手に思ってた。
バカだな…あたし。
落ち込んでたって仕方ない。
あたしは…あたし達は、何度も同じことの繰り返しばかり。
変わりたい、変わらなきゃって決めたじゃない。
…うん。
泣いてる場合じゃない。
「……」
あたしはスマホを取り出すと、しばらく悩んで…千里にLINEで写真を送った。
紫のアネモネの写真。
花言葉は…『あなたを信じて待ってます』
本当は、たくさん色んな事を言いたいし書きたい。
だけどライヴ前に…あたし、焦り過ぎたのかな…
千里のためを思ってした事が、何だか全部裏目に出た気がする。
明日、アズさんにも迷惑がかからなければいいんだけど…
顔をパンパンって叩いて鏡を見て。
「…よし。」
部屋を出た。
「ただいま~…あ、リズちゃん寝てるんだっけ…しー…しー…」
大部屋に入ると、華音と華月以外はみんないて。
「知花、見て見て。リズちゃん、笑ってるのよ。」
母さんが、眠ってるリズちゃんを指差した。
「…ふふっ。もう…可愛い…」
眠ってるのに笑ってるリズちゃんを見て、癒された。
明日じゃなくても、明後日じゃなくても。
千里が…癒されて救われる日が来ますように。
そして、その力を持つ存在が…あたしじゃなくても、千里が救われるなら…それでいい。
そう思える強さを…
持てますように…。
〇二階堂咲華
「…ふふっ。もう…可愛い…」
リズを見て笑顔になってる母さんを…あたしは直視する事が出来なかった。
おばあちゃまが二階堂の人間だった事。
記憶を消された経験がある事。
そして…父さんも、そうされてるんじゃないか…って事。
…十分衝撃過ぎた。
父さんの記憶の事以外は、華音とおじいちゃまだけは知ってるみたいだけど…
あたし…母さんが知らない事を…知ってしまった。
とは言っても…
夕べ、海さんのご両親は…あたしに全部はお話しにならなかった。
って言うか…海さんが聞かせたくなかったのかもしれない。
父さんの記憶の話に差し掛かった時。
「咲華、リズが泣いてる。」
突然、そう言ってあたしの手を取った。
「え?ほんと?」
「ああ…泣いてるな。」
お父様がそう言われるなら確かなのかも…って。
あたしは海さんと二階に上がった。
だけどリズは泣いてなくて。
「あれ…泣いてすぐ寝たのか?」
海さんはリズの頬に触れて…あたしを振り返って笑った。
「…続きを聞きたい?」
そう聞かれて、あたしは…答えられなかった。
知りたい気もしたけど…世界が違うと思った。
あたしの父さんの事なのに…
あたしが無言のままでいると。
「…さくらさんに任せて、俺達はここにいよう。」
ベッドに座った海さんが、あたしの手を取った。
「咲華に癒されたい。」
そのまま抱きしめられて…ベッドに横になると。
「お義父さんのライヴ、ギリギリ見れそうだ。」
海さんが耳元で言った。
「ほんと?」
「ああ。実は密かに……」
「…密かに…?」
「……」
「…?」
海さんが口パクなんてするから、もっと耳を近付けると…
「…すごく、楽しみ…」
そう言って、そのまま唇を首筋に落とした。
「…楽しみにしてくれてるの?」
海さんの頭を抱きしめて問いかける。
だって…
確かに海さん、F'sを聴いてるとは言ってたけど…
それは、あたしの父さんだから…かなあ?って思ってたから…
「ああ。お義父さんの、特にラブソングは…すごくシンプルって言うか…」
「ストレートよね…ひねりも何もない…」
「そこがいいんだよ。共感しやすい。」
「……」
海さんを抱きしめてる腕に力を入れる。
嬉しいな…
父さんの事、そんな風に言ってくれて。
「…ギブ…」
「え?」
「腕…苦しい…」
「あっ!!ごめんなさい!!」
「ああああああああああ~ん!!!」
あたしの大声に驚いたのか、リズが火をつけたように泣き始めて…
「…バカ。」
海さんに笑いながら額を叩かれた。
「なあに?咲華、ニヤニヤしちゃって。」
おばあちゃまに言われて、ハッ…と顔を引き締める。
「……ニヤニヤしてた?」
「してたな。」
「してたしてた。」
おじいちゃまと聖にも、そう言われて。
海さんは…何となく予想出来たのか…苦笑いしてる。
あたしは、んー…って、少し困った顔をした後…
「プリン食べる人。」
そう言って、勢いよく立ち上がった。
〇里中健太郎
「……はあ?」
いよいよ明日はF'sのライヴ……なんだが。
「神が来てない?」
俺は眉間にしわを寄せた。
おいおい。
今日は本番さながらのリハをキメて明日に臨むんじゃなかったのかよ。
俺は二日連荘本番のつもりで、今日は朝早くからイメトレもしてたんだぜ!?
「携帯も電源入ってなくて…」
アズが申し訳なさそうに首をすくめる。
フロントマンが不在って事にビビッてんのか、京介と映は不安そうな顔で無言。
朝霧さんとナオトさんは…
「ま、まずはサウンドチェックやってええやん。」
「そうだな。途中で来るかもだし。」
…さすが大御所。
動じてない。
「そういや、あいつ…TOYSん時も本番前におらんくなった事あったやんな。」
え。
「あー、ナッキーが説教してたな。ま、今日も来なけりゃ、明日最高のパフォーマンスしないと罰金って事で。」
……
ほんと…神、二人の寛大さに感謝しろよ…
「お二人がそう言われるなら、歌なしでやりましょう。」
「お…おいおい…いいのかよ…バランス取れんのかよ…」
ヘタレな京介。
「神の歌がないと、コーラスパート取れないか?」
「なっ…何を!?そんなの全然イケるし!!」
…単純な京介。
「じゃ、通してやってみましょう。」
俺は卓について会場を見渡す。
ステージ上のスタッフにも細かい指示を出して、リハーサル開始。
…神、事故とかじゃないよな…
最近、少しボーっとしてたから心配だな。
昨日は完璧だったが…知花ちゃん、会って話してくれたんだろうか。
「おー、ええ感じやないですか。」
途中、ハリーが来てくれた。
「あ、ちょうど良かった。ちょっと変わってくれ。」
「ええですよ。」
俺はヘッドフォンを外してホールを出ると…
「……」
神に電話をした。
…が、電源は切られたまま。
「…ったく…何やってんだ…」
明日…俺は、神の最高のパフォーマンスを信じてる。
だけどそれには…
神自身に…熱を持ってもらわないと、出来ない事だ。
…俺の事、尊敬してるって言ってくれたのが本当なら…
ちゃんとリハーサルに来いよ…!!
バカヤロー!!
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