第40話 『おらぁあああ!!』

 〇神 千里


『おらぁあああ!!きょーーーすけーーーー!!何間違ったまま叩いてんだぁーーー!!』


「……」


 俺達は、まさか自分達が…と思うぐらい、里中のスパルタに…やられまくってる。


『そこはツタタタタンじゃねーだろ!!ツタタタッタだろーが!!』


「はあ!?今やってただろーが!!」


『やってただとー!?おまえ耳腐ったんじゃねーのか!?腕の感覚なくなったんじゃねーのか!?』


「おまえの耳が腐ってんだろーが!!」


 さすがは元SAYS同士。

 見た目はかなりのドS男なのに、超人見知りが激しくて大声で誰かに怒鳴ったり出来ない京介が、里中には言えてる。


『んじゃもう一回そこだけ叩け!!Bメロの入りからだ!!』


「くっそ…One,Two…」


 ツタタタタン


「…ツタタタタンだったな。」


 俺が首を傾げて言うと。


「俺にもそう聞こえたー。」


 アズも同意して。


「…すみません。俺もそう弾いてたかもしれないです…」


 えいは反省して。


「……」


 京介はうなだれた。

 里中の勝ち。


『おらー!!神!!何座ってんだ!!おまえ休む余裕なんてあんのかよ!!』


「…はいはい…」


『もう一回頭から行け!!』


 よく…SHE'S-HE'Sはこれに耐えられてたな。

 てか、俺もよく耐えてる。

 今までなら絶対キレて、里中を蹴り飛ばしてたかもしれないが…


『アズ~!!!!おまえ、なんでそんなにピッキング下手なんだーーー!!華音かのんに習って来ーーーい!!』


「え…ええっ…後輩に習えだなんて…」


『その後輩に負けまくりじゃねーかよ!!朝霧さんの足引っ張んなよ!!』


 名前を出された朝霧さんは…


「…俺が叱られてるんか思うたわ…心臓にわる…」


 小声でそう言いながら、ギターを持ち直した。



 大御所二人がいる中でも、里中のスパルタは容赦なかった。


『島沢ーーーー!!さん!!大サビ入る所!!遅いっ!!』


 まさかだったが、里中はナオトさんにもダメ出しをした。

 後付けの『さん』には笑ったが、まさか大御所にも出すとは。


 最初は驚きに目を見開いてフリーズしてしまったナオトさんだが…


「はっはっは。ナオト、叱られてるやーん。」


 そう朝霧さんに笑われて。


「くっそ~…体力不足が否めない…ジムに通う時間増やそう…」


 メラメラと闘志が湧いた。らしい。


『映ーーー!!スラップが雑!!』


『神ーーー!!そこ楽に歌うなー!!なーんにも響かねーじゃねーか!!』


『朝霧ーーー!!さん!!エフェクター違いますやーーん!!』


 朝霧さんの時だけ、なぜか関西弁になる里中に、内心腹を抱えて笑った。

 なぜか里中はいつも俺達より汗だくで。

 それが…俺の里中への信頼を深くさせた。



 ライヴまで、あと四日。

 知花には…毎日スタンプを送るが、一度も返信はない。

 だが、それに対しても焦らなくなった。

 何となくだが…

 知花は待ってくれてる気がした。

 俺が、『本当の自分』と言う今の知花を受け入れるのを。


 …そんなの、とっくに大丈夫なんだけどな…



 離れてると見えない事も多いが…考えて理解する事や、想像はそばにいる時よりできる気がする。

 新曲の歌詞を書きながら、俺は今の知花を想ったし…これからの俺達の事も想像した。



 別に…大した事じゃない。

 ただ離れてるだけで、気持ちは変わらない。

 …いや、離れた事で大きくなった。


 一つ…思ったのは…

 俺が変わらなきゃいけない事。

 日常の小さなことを知りたがる知花に…


 話したくない事、話せない事まで…話せるか?


 なぜか、自分の事を話そうと考えるだけで…頭の中が白くなる。

 この症状は何だろう。

 昔にも…あった気がする。


「……」


『うぉららららぁぁあー!!神!!なんで止まんだよ!!』


 つい、歌うのを止めると、里中に盛大に叱られた。


「…ああ、悪い。ちょっと考え事してた。」


 俺がそう言うと、後ろから。


「健ちゃんに叱られるってわかってるのに…なんで考え事なんてするかなあ…神って本当はドМなのかな?」


 って、アズのつぶやきが聞こえた。





 〇桐生院華音


「ただい…」


「あっ、華音おかえりー。」


「ノン君おかえりなさーい。」


「おかえり。」


「…ま…」


 家に帰ると、大部屋に…うみしきねえたまきさんがいた。

 あ、もちろん母さんと咲華さくかとリズも。


「…これはいったい?」


 リズを抱きかかえて母さんに問いかけると。


「ご挨拶に来て下さって、盛り上がっちゃって。」


「……」


 テーブルには、久しぶりに豪華な料理がズラリ。


「…ばーちゃんは?」


「今日は父さんと食べて帰るって。」


華月かづききよしは?」


「華月はもう少し遅くなるみたい。聖は泊まりだって。」


「…そっか。」


 ついでに、親父は?って聞きたくなった。

 咲華の結婚相手の親が挨拶に来たんだろ?

 そういうの、親父…居た方が…



「ノン君、あっちで海がお世話になりました。」


 ふいに、腕の中のリズを織姉に取られる。


「あっ、せっかく俺が癒されてたのに。」


「よく言うわ。」


 織姉とは、二階堂の道場に通ってた頃、かなり世話になった。

 陸兄の双子の姉ちゃんだし…全く気兼ねはない。


 …が。

 織姉の旦那…の、環さん。

 俺はー…この人が少し苦手だ。


 すげーいい男だし、二階堂でもかなり出来る人って有名だったみたいだし…

 俺も道場に通ってた頃は、この人にどれだけブン投げられた事か。

 カッコ良くて仕事も出来て、申し分ない器の持ち主って紅美からも聞いてる。


 だけどなー…。

 出来過ぎだって思うからか…俺には苦手意識があるんだよなー。

 目が合うたびに、何か見透かされてる気になるっつーか…

 考え過ぎか…。



 ぶっちゃけ、俺は二階堂本家の人間だと、織姉が一番面識があった。

 紅美から色々話も聞いてたし。

 俺が道場に通ってた頃には、海にもお嬢さんたちにも会わなかった。

 だからー…

 すげー不思議な感覚は、ずっとある。


 織姉と環さんの息子…まあ加えて言うなら、早乙女さんの息子である海が。

 俺の片割れと結婚なんて。


 しかも…

 海は、ずーっと俺の想い人だった紅美と、熱烈に恋愛してやがったしな。

 …あ、思い返すとムカつく。



 チラリと海を見ると、いつの間にかリズを膝に満面の笑み。

 まあ…すっかり父親だよな。

 その隣で咲華も幸せそうだ。

 …でも本当なのか?

 紅美と咲華は全然タイプ違うぞ?



「向こうで空にも会ったみたいね。」


 織姉が俺が手にしたグラスに乾杯をして言った。


「…あ、そーいやー…会ったな…」


 けど、お嬢さんの中での俺の印象悪かっただろーなー。

 遅い時間に、治安の悪い場所に住んでた海の家に紅美を行かせたって聞いて、少し悪態ついたからな…

 まあ、あれはお嬢さんが悪い。

 うん。

 てか、『お嬢さん』って。

 俺は二階堂じゃないっつーの。


 自分で自分に突っ込んでると。


「以前、椿で会って以来だった?ノン君がうちに来てた頃、うちの子達誰も会わなかったものね。」


 織姉が首を傾げて言った。


「…椿?行ったっけ?」


 俺が首を傾げると。


「…あー…」


 織姉は目を細めて『しまった』って顔。

 椿なんて高級な店、何しに…


「……」←環さん


「……」←海


「……あ、わり。海の婚約祝いだったか。」


 思い出して手をポンと叩くと。


「ごめん海…えぐっちゃって…」


「サクちゃん、悪いね。昔の事だから…」


 織姉と環さんが海と咲華に謝った。


「いや…俺はいいけど…」


 そう言って咲華をチラッと見た海に。


「椿って、四季折々のお弁当が絶品っていう、あの椿?」


 咲華は真顔で食い物の話をして、みんなを呆れさせた。



 …って…環さん…『サクちゃん』?


 咲華は本家に行っても、いつも一人で庭でプラプラしてたから、俺ほど織姉や環さんと面識がない。

 織姉はともかく…環さんは結構他人に対して警戒心が強いと思うんだが…

 それでなくても、今もまだ現場に出たりしてる二人。


 あまり会う事もなかっただろうに…咲華はえらく早くに受け入れられたんだな。



「海さん、よく行くの?」


「え…あー…そうでもないけど。」


「海、連れてってやれよ。そいつ、食い物の事は根に持つぜ?」


「もー!!華音!!」


「ほんとの事だろ?」



 …志麻と別れて…どうなるかと思ったが…


 良かったな。

 咲華。



 海…



 殴って悪かった。



 口に出しては謝らねーけどな。




 〇二階堂にかいどう たまき


「いらっしゃいませ。」


「こんばんは。」


「…お久しぶりです。お嬢さんにお会いできるなんて、光栄です。」


 二夜続けてのプラチナ。

 桐生院で晩食をいただいて、海をそのまま残して…俺と織はプラチナへ。


「正宗さん、変わらないわね。」


 織は正宗さんに笑顔を見せた後、店内をぐるりと見渡して。


「懐かしい。ここも変わらないわ。」


 もっと…笑顔になった。



「夕べ、三人で飲んだ話をしたら拗ねられてね。」


 俺の言葉に正宗さんは小さく笑って。


「ご学友の集いのようでしたからね。」


「あっ、そんな言い方したらまた…」


「ぶー……」


 織は唇を尖らせてブーイング。

 ふっ…俺の妻はなんて可愛いんだ。


 三人で乾杯をして、俺は…少し汗をかく羽目になった。

 突然織が、初めて二人で出掛けた時の事を話し始めたからだ。



「海の検診に出掛けたのに、このまま二人で出掛けて来いって。母さん、着物なのに運転して帰っちゃって。」


「それで、どちらにお出掛けに?」


「買い物に付き合ってもらったの。花柄のワンピース、買ってもらっちゃった。」


「それはいい思い出ですね。」


「すごく楽しかった。こっちに来てずっと…楽しむ事を忘れてるような気がしてたから。」


「……」


 織のその言葉に、正宗さんも俺も…無言になった。


 15歳で生い立ちを知り、違う世界に連れ込まれてしまった陸坊と織。

 俺には…ただ見守る事しか出来なかった。



「そう言えば、ご出産までの期間は頭と『二人きり』で生活なされてたのですよね。」


 ふいに正宗さんが意味深に…『二人きり』を強調して言った。


「…ほぼ毎日のように、舞も来ていたが?」


 俺がやんわりと笑いながら言うと。


「朝晩はお二人だったのでしょう?お嬢さん、ご無事でしたか?」


 正宗さんはほんのり笑顔のままで、織に問いかけた。


「え?何が?」


「おやおや、お嬢さん。まさか何もお気付きじゃなかったのですか?」


「正宗さん。」


「え?何?」


「…織、今日は楽しかったか?」


「盛大に話を逸らしましたね。」


「え?え?」


「正宗さん。」


 おい…おいおいおい。

 いくらもう古い話だとは言え…俺が人生最大に純粋だったあの頃の話を…どうして正宗さんが持ち出す!!

 

 グラスを揺らしながら目を細めて正宗さんに熱い視線を送ると。


「今日は少し冷えますか?」


 正宗さんは暖房の温度を少し上げた。


「…環。」


「なんだろう。」


「あたしと知花ちゃんに、何かしたでしょ。」


「…何かとは?」


「だって、あたし…ほぼ話した事のない子に、あんなに自分の気持ちを喋るなんておかしいもの。」


 て事は、たくさん喋った…と。


 二階堂では昔々に使われていた術を…人助けの一環として、少しだけ導入してみた。

 俺が使う術なんて、ほんの細やかな物だ。

 それに、誰もがかかるわけじゃない。

 自分の中に抑えつけている物がある。

 それでいて、とても心根の優しい…純粋な人物。


 心根の優しい純粋な織と知花さんに、それがかかったのは嬉しい事だが…


 抑えつけている物がある。


 織もそうだったのかと思うと、そこは少し反省だ。

 もっと思いやらなくては…


「気が合っただけでは?俺にはそんな特殊能力はない。」


「…正宗さんに習ったんじゃ?」


 織がカウンターに乗り出して、正宗さんに小声で聞くと。


「私は何も。」


 正宗さんは低い位置で手を上げて答えた。


 まあ…正解だ。

 俺が習ったのは…甲斐さんからだ。

 ここで、正宗さんに見守られながら…だが。

 正宗さんは、特に何も口出ししていない。


 今日、織と知花さんの間で『別居』というワードが出たら、お互いが素直になれるよう暗示をかけた。

 そう。

 ただの、暗示。



「お二人で過ごされていた時、護衛の身であるにも関わらず、お嬢さんに手を出してしまおうとはお考えになられなかったのですか?」


「ぶっ…」


 織に薄いピンク色のカクテルを差し出しながら、正宗さんが言って。

 つい、ふき出してしまった。


「まさか。環はずっと、あたしの事子供扱いしてたものね?」


 織は笑いながらカクテルを一口飲んで『美味しい』と小さく言った。


「おや、それはおかしいですね。私が万里と紗耶から聞き間違えたのでしょうか。」


「…正宗さん。あの二人が何を言ったのか知りませんが…」


「えっ、何それ。聞きたい。知りたい。」


「……」


 織が、俺の腕を両手で掴んで。


「教えて?」


 首を傾げた。


「教えて…って…」


 あまりにも織が可愛い言い方をしたもんだから…なのか?


「そりゃあ…出逢った時、織は15歳だったから…子供扱いもしてしまうよ。」


「…環はいつもクールで、ロボットみたいって思ってた。」


「ロボットって。」


「だって、なんでも出来ちゃう人だったじゃない。」


「それは、努力の賜物。織も二階堂に慣れようと必死で頑張ってただろ?」


「…うん…」


「あの姿を見て…心を打たれない男は、二階堂にはいなかったよ。」


「……」


 …酔ったのか?俺は…


「…ほんとは…織が海を妊娠した時、言いようのない気持ちのやり場に困って…道場の壁を壊した。」


「え…えっ?」


「早乙女君がどんな人物かを分かってからは…もう、それはなくなったし、俺には織の護衛という役目を全うするという決意しかなかった。」


「では、手は出されなかったのですか?」


「……正宗さん。」


 こんな事を喋るなんて…おかし過ぎる。

 正宗さん。

 まさか俺に何か…


「…私はお邪魔のようですね。少し席を外しましょうか。」


 ニコニコしながらそう言う正宗さんに、俺は立ち上がって。


「神君に視えた物を教えてください。それと…昔の事で何かご存じなのでは?」


 目を見て…言った。

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