第33話 「……」

 〇桐生院知花


「……」


 あたしがスマホを眺めてると…


「あれ…神さん、LINE始めたんだ?」


 みんなも…スマホを見て言った。



 夕べ…千里の所に行ったけど…ちゃんと話せなかった。

 …自分がどうしたいのか。

 どうありたいのか。


 …よく分かんない…


 だけど。

 SHE'S-HE'Sとして…表舞台に立つ。

 その覚悟は…出来た。



 今日は午後からみんなでルームに集合して、今後のスケジュールについて、打ち合わせてたんだけど…


「わ~…圭司と映までLINE始めた~…」


 瞳さんが、本当は嬉しいんだろうけど…眉間にしわを寄せて言った。


「ま、俺も知花がするって言わなきゃしてなかったけど。」


 陸ちゃんがそう言うと。


「聖子と光史君以外はしてなかったもんね?」


 瞳さんがみんなを見渡した。


 あたしはー…父さんに言われて…始める事にした。

 とにかく、連絡を取りやすいように…LINEグループを。って言われて。

 確かに、家族間もそうだけど…

 バンドメンバー間のやり取りは、スムーズになった気がする。



 …千里がLINEを始めたのに…

 家族のグループに入れなくていいのかな…

 誰か招待してくれるのかな…

 そう思ってると…家族のグループに千里が入った。


 あ…良かった…

 父さんが招待してくれたんだ…



 聖

『親父がLINEとかw』


 華月

『(*'▽')』


 母さん

『わーい♪』


 華音

『文字打てんのか?』


 咲華

『(# ゚Д゚)』


 咲華

『間違えた』


 華月

『お姉ちゃんwww』


 父さん

『みんな暇なのか?』


 父さん

『仕事しろ(スタンプ)』


 聖

『自分で使うとかwww』



「……」


 やだ…

 みんながそんな事したら…

 あたしも書かなきゃいけない雰囲気に…

 …仕事中だから、気付かなかった事に…


 ###


 ポケットに入れても、しばらくスマホが震えてた。

 みんなはそれに気付いて…


「神さん、物珍しくて打ちまくってんじゃないの?」


 …別居してる事、打ち明けたのに…

 聖子が笑いながら言った。


「…それはないと思うけど…」


 申し訳ないぐらい…テンションの低い声で言ってしまう。


 ああ…

 あたし、本当ダメだ…

 全部…全部、自分で蒔いた種。

 自業自得なのに…


 #######


「見てみたら?神さんスタンプ連打してるかもよ?」


「……」


 聖子にそう言われてスマホを取り出すと、アイコンに『19』の文字。


「…千里が入ったから、家族がみんな打ってるんだと思う…」


 LINEを開くと…


「……」


 家族に『18』


 父さん

『15日にF'sのライヴをする事にした』


 華音

『は!?来週末じゃん!!』


 母さん

『どこでやるの!?見に行くー!!』


 聖

『急だな…』


 華月

『忙しいの好きだからいいんじゃない?』


 父さん

『B-Lホールが空いてたから、そこで。世界中継あり』


 華音

『マジか…親父プレッシャー…』


 千里

『にゃー(猫スタンプ)』


 華月

『そのチョイス何…』


 聖

『www』


 咲華

『猫…』


 咲華

『見せたら変な顔した』


 咲華

 リズちゃんのしかめっ面の写真


 父さん

『即保存』


 華月

『あたしも即保存…みんな暇なの?』


 千里

『仕事しろ(スタンプ)』


 父さん

『それは俺のだ』


 聖

『www』




 そして、千里から…『1』


「……」


 千里の方を開くと…一つだけ…花のスタンプ。

 …ブルースター…


 花言葉は…


 信じあう心…。



 〇神 千里


 聖子

『神さんがLINEって意外~!!プロフ写真の設定、楽しみに待ってまーす(^^)/』


 瞳

『圭司も映も千里も始めたって事は、F'sでグループでも作ったの?野郎四人で…ぷっ…』


 タモツ

『わー!!神がLINEとか!!』


 アズ

『仕事しろ(スタンプ)』


 アズ

『練習しろ!!(スタンプ)』


 華月

『父さん、LINEデビューおめでとう(^^♪明日の朝、お姉ちゃんと一緒に行くね。あっ、もちろんりっちゃんも♪』


 マサシ

『ん?本物?なりすまし?』


 ハリー

『え?ちーさんLINEてホンマです?』



「……」


 スタジオで三時間練習して。

 スマホを開くと…この状態。

 この他にも、多数から『ようこそ』的なのが。

 しかも一緒にスタジオ入ってたはずのアズからスタンプ…

 あいつ、何やってんだ。

 おまえこそ仕事しろ。



「…プロフ写真の設定…」


 聖子からのLINEでそれに気付いた。

 アズはさっさと自分の愛用してるギターを設定してて、映もベースになってる。

 京介は…孫の画像。


「……」


 頭をポリポリとかいて考えたが…

 ま、別にこのままでいい。


 別に返信しなくていい物ばかりな気がしたが、華月のLINEを開いて。


『りっちゃん』


 と一言返すと。


『リズちゃんよ。ちょっと言いにくいから、りっちゃんにしてみた。』


 すぐに返信があった。


「……」


 知花のプロフ写真は…チューリップ。

 春に、うちの裏庭に咲いてたやつだと思う。

 必死で写真を撮ってる姿を見た。

 近寄ってみたり、離れてみたりして撮ったそれを…嬉しそうな顔で見てたのを覚えてる。


 スタジオに入る前に、知花に…スタンプを送った。

 言葉はなし。

 既読…だが、返信はない。

 なるほど。

 これが、京介の言ってた『既読スルー』ってやつなのか。


 俺はたぶんすべてにおいて、そうしてしまうだろう。

 そして、誰にそうされても気にはしねーが…

 知花にされると、少し堪えてる…気がする。


 …ま、夕べあんな状態で別れたんだ。

 いきなり近付けるわけがない。



 勝手に俺だけスッキリしたみたいで悪いが…

 知花が俺に言えなくなってる間は、無理にこじ開けたくない。

 あいつの…ギュッと閉じてる気持ち。


 メールから始めるって言っておきながら、LINE…これは助かる。

 文章書かなくてもいいわけだし。

 …スタンプで済ませんのかよ!!って、腹ん中で怒ってたりしてな…



「ふっ…」


 つい小さく笑ってしまうと。


「……」


 隣にいた京介がジロリと俺を見た。


「…何だよ。」


「いや…神がLINE見て笑ってると思って…」


「…おまえのプロフ写真、よく考えると笑えるなと思って。」


「ああ?こんな可愛い孫の写真の、どこが笑えんだよ。」


「おまえの名前んとこに出るんだぜ?おまえかと思うだろ。」


「お…俺もガキの頃は…」


「いや、もういい。」


「っておまえはー…」



 俺が知花に送ったのは、花のスタンプ。

 最初の結婚の時、マンションの玄関に知花が飾ってた青い小さな花。

 桐生院に行ってからは、常に花のある生活だが…

 俺にとっては、あのマンションで見た花々が…思い出の花だ。

 もう随分昔の話になったが…ちゃんと思い出せる。


 俺がどれだけ…知花を好きだったか。

 そして今も…その気持ちに変わりはないし…


 終わりはない。




 〇桐生院華月


「あら。起きたばかり?」


「……ああ。」


 お姉ちゃんとりっちゃんとで父さんの所に行くと、父さんは超寝起きの顔。

 おかげで、りっちゃんが『誰?』みたいな顔してる。


 父さんて、朝が苦手って言う割には…いつも意外とちゃんとしてるんだよね…

 だから、こんな姿は…あたしもちょっと目を細めちゃう。



「もう10時よ?昨日遅かったの?」


 お姉ちゃんがカーテンを開けながら言うと。


「あー…5時まで事務所で曲書いてたからな…」


 父さんはソファーに座って、背もたれに頭を乗せて言った。


「え。5時って…それじゃ、そんなに寝てないじゃない。」


「どうせ今日は夕方からだ。」


「でも睡眠不足は喉に良くないよ。」


 あたしは、りっちゃんを抱っこしたまま…お姉ちゃんと父さんのやりとりを聞いてた。


 なんだか、すっかり仲良しな二人。

 こう言っちゃ悪いけど…

 父さんと母さんの別居で、お姉ちゃんと父さんの距離が縮まった。

 …プラスもあるって事ね…。



「りっちゃん、今日はよれよれだけど、これも『じー』よ。」


 あたしがそう言いながら、りっちゃんを父さんの膝に座らせると。


「よれよれとは失礼な…」


 父さんは上を向いたまま小声で言って…


「今日も可愛いな。リズ。」


 ゆっくりと…りっちゃんを撫でながら、頭を起こした。



「食べて少し休んだら?何か食べれそう?」


 お姉ちゃん、一気に主婦らしくなったなあ…

 海君と二人で帰って来た時は、ほんっと驚いたけど…

 志麻さんと二人でいる時より…しっくり来てた。


 …不思議な感じだったけど、お姉ちゃんが無理してる風でもなくて…嬉しかった。

 海君も、いつもあたしや泉の面倒見てる時みたいじゃなくて…すごく幸せそうに笑ってて、嬉しかった。


 …まだいいって思ってたけどー…

 あたしも、結婚したくなっちゃったな…。



「ねえ父さん。」


 それは、お姉ちゃんが作ったスープと、あたしが買って来た…って言ったけど、本当は母さんが焼いたパンを父さんが無表情で食べてる時だった。


「何だ。」


「昔…母さんと別れた後、一人旅に出たんだってね?」


「えっ、何それ。」


 あたしが驚くと。


「……」


 父さんは目を細めてお姉ちゃんを見た。


「あたしがアメリカに行く前、おじいちゃまに聞いたの。」


「…くそジジイめ…」


「あれって、どこに行ってたの?」


「わー、あたしも聞きたーい。」


「……」



 それから父さんは…

 北に行こうとしたのに、気が付いたら西に向かってた。と話し始めた。

 着の身着のまま出かけて。

 ヒッチハイクなんかもして。


 琵琶湖を三時間眺めてたら、近所の人が心配して声をかけて来たとか。

 原爆ドームの前では、自分の無力さをより痛感したとか。

 西公園で昼寝してたら、近くでカップルがいちゃつき始めたけど、『俺は石』と言い聞かせて気配を消してたとか。

 乗せてくれたトラックの運転手さんが『西郷隆盛像を見に行こう!!』と連れて行ってくれて、興味はなかったけど随分と語られて思いがけず歴史に触れられたとか。


 最終的にどこまで行こうかなんて考えてなかったけど、落ちてた雑誌で読んだ琉球ガラスを見たくなって沖縄に行った…と。


「じゃあ、しばらく沖縄に居たの?」


 何となくだけど、琉球ガラスに魅せられた父さんが、そこに滞在して職人さんに色々習ったのかな…なんて思って問いかけると。


「いーや。ガラス見て海見て、すげーなー…って感動して…」


「して?」


「暑かったから、Tシャツと短パンとビーサン買って着替えて…」


「……」


「浜辺で適当に寝てたら、三日目の夜に職質されて…」


「……」


「交番に二日ほど泊めてもらったかな。」


 職質されて交番に泊まったのもすごいけど…

 あたし的には、Tシャツに短パンにビーチサンダルっていう父さんが…


「…信じられな~い…」


 少し、絶望的な声を出してしまったかも。

 だって、父さんはいつだってピシッとしてる。(朝以外)

 Tシャツ姿なんて、めったに見ない。

 短パン…短パンって何…

 海水浴以外で見たことないよ…



「帰って来た時はヒゲも生えてたしな。アズと瞳は俺見ても誰か気付かなかった。」


「ヒ…ヒゲ…」


 つい、わなわなと震えてしまった。

 そんなあたしを見て、お姉ちゃんがクスクス笑う。


「華月、父さんは小奇麗にしてないとダメなの?」


 あ。

 図星。


「だって…朝よれてるのがギリギリぐらいなんだもん…」


「…これがギリかよ…厳しい娘だな。」


 父さんはパンを食べ終えて。


「ごちそうさま。美味かった。」


 手を合わせた。


 …母さんのパンだって…気付いてるのかな?



「父さん…母さんにLINEした?」


 お皿を片付けながら、お姉ちゃんが言う。


「…ああ。」


「え?なんて?なんて打ったの?」


 あたしがりっちゃんの手を持って、興味津々な顔をすると。


「バーカ。教えはへふは~…」


 父さんはあくびをしながら答えた。


「はへふはって…」


「俺らにしか分かんねー、大事な事だ。」


「…あ、そ。」


 父さん達にしか分からない、大事な事。

 …それ聞いて、ちょっと安心した。



「あー、眠い。リズ、悪いが、じーは少し寝る。」


 父さんはりっちゃんの頭を撫でてそう言って。


「あたし達には悪くないのー?」


 あたしが唇を尖らせると。


「悪い悪い。可愛い娘達、今日も感謝だ。」


 そう言いながら…隣の部屋に消えた。


「……」


「……」


 あたしは、お姉ちゃんと顔を見合わせて…


「ちょっと…らしくなかったね…」


「…よっぽど眠いのかな…」


 小声で言って、首をすくめた。


 可愛い娘達、だって。

 嬉しいな。


「……」


「…何?」


 キッチンから、お姉ちゃんがニヤニヤして見てると思って問いかけると。


「華月…結構ファザコンだなーと思って。」


「なっ…」


「あぶー。」


「ほら。リズもそう思うよねー。」


「んんっ。んぱあっ!!」


「……」


 ひ…



 否定できない…。

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