第31話 今日はオフだけど…

 〇里中健太郎


 今日はオフだけど…

 家に帰ったら両親は『病院に行って、帰りに買い物をして帰ります』と書置きをして出かけてた。

 そんなわけで、俺はシャワーをして着替えると、事務所に向かった。


「……」


 少しだけ、自分の手の平を眺めた。


 夕べ…神とギターを弾いた。

 親父を喜ばせたくて頑張ってたギター。

 朝霧さんに助けられた事で、ギターへの想いはより強くなって…

 いつか、朝霧さんに認められるようなギタリストになりたいと思ってたが…

 今となっては…だ。


 だが、夕べ神とギターを…Deep Redの曲を弾いてる時。



「おまえ、もう歌わねーの。」


 突然、神に言われた。


「は?俺?今更だろ。」


 実際…SAYSが解散した後、しばらくはソロで頑張ったが…

 あまりにも今一つ…何か抜けるものを自分に感じられなくて、渡米した。

 それからはもう…若手のプロデュースと、機械いじりの道に進んだ。

 …逃げた。と言っても間違いじゃない。



「俺、京介が欲しかったから、里中の歌はあんま聞いてなかったけどさ。」


 神にそう言われて、昔…神が朝霧さんとSAYSのスタジオを見に来た事を思い出した。


 あれはクリスマスイヴ。

 ビートランドでは『遊んでいい日』だった。

 何としても売れたかった俺たちには、遊んでいい日なんてない!!と、スタジオにこもってたんだっけな…



「ここに越して暇だったから、京介にSAYS借りて全部聴いた。」


「………は?」


「人の事ばっかしてるなんて、もったいねーよ。歌えばいいのに。」


「……」


 その時、俺は数秒瞬きを忘れたし…動きも止めた。

 突然止まったギターの音に、神が顔を上げて。


「なんで止めんだよ。いいとこだったのに。」


 眉間にしわを寄せた。


「いや…」


 そう言われて、再び弾き始める。


 俺…神に褒められた?


「三曲入りのミニアルバム、あれは特に良かった。」


「……」


「声に合うギターの音をちゃんと分かってんだなーって。だからギタリストはみんなおまえに相談するんだなって分かった。」


「…そこか。」


「歌も良かったぜ?特に二曲目の『知った風な~』って所で…」


「あーっ!!何だよおまえ!!それ言うなー!!」


 自分でもどうかと思いつつ、京介と小野寺に言われて少し色気出して歌ったフレーズ。

 後で聴いて恥ずかしくなった。

 俺にとってはお蔵入りフレーズだ。


 …だけど、神がそんな細かいところまで聴いてくれてるなんて…

 ちょっと嬉しかった。



「…高原さん。」


 ロビーで高原さんを見つけて声をかけると。


「おお、里中。音楽屋に寄ったら社長から礼を言われたぞ?今年はオタク部のボーナスをはずもう。」


 高原さんは笑顔でそう言った。

 …オタク部…



「SHE'S-HE'Sがメディアに出る話…進んでるんですか?」


 会長室のソファーに座ってすぐ、俺がそう切り出すと。


「…千里に聞いたのか?」


 高原さんは首だけ振り返って言った。


「はい。」


「あいつ、なんて?」


 今度は俺に背を向けて…コーヒーを入れてくれてる。

 …世界の高原夏希が…俺にコーヒー…

 あ、それは今考えちゃダメだ。

 緊張して何も喋れなくなる。


 ここに就職させてもらって二年経つと言うのに…

 高原さんは、いつまでも俺の『上司』と言うより、『憧れの人』だ。



「神は…別に構わないと。」


「そうか。他には……って、まあいい。直接聞こう。」


「あ、すいません…」


 コーヒーを目の前に置かれて、俺は軽く頭を下げると。


「いただきます。」


 早速…カップを手にした。



「それで…彼らは、どういった形でメディアに?」


 それが一番気になる。

 まず雑誌やテレビに顔を出して…それからライヴをするのか。

 それとも、いきなり…


「まだ何も考えてないんだよなー。」


「……え?」


 これからどうなるのか…って少しの緊張と大半の期待感での問いかけに、高原さんはあっけらかんとそう答えた。


「メンバー全員の気持ちが固まれば…そこからはあっという間に進めようと思ってる。」


「……」


「ははっ。いい加減か?」


「い…いえ…意外だったので…」


 SHE'S-HE'Sは…アメリカとイギリスと日本にあるビートランドの中でも、トップの売り上げだ。

 顔も出さない、素性も明かしてないバンドなのに、だ。

 デビューして20年以上、トップで居続けている。

 そんなバンドの顔出しを…綿密に練らないわけがないと思ってたのに…


「確かに、あいつらがメディアに出るとなると…大騒ぎだろうな。」


 高原さんは足を組んで…どこかのんきそうに。


「お祭りだな。ついでに、本当の祭りでも企むか。」


 笑顔になった。


「……はい?」


「いやー、去年周年ライヴやらなかっただろ?」


「そ…それは、高原さんが病気療養中で…」


「うん。おもしろくなかった。」


「……」


「弱ってる者がいる時こそ、俺は騒いでほしいのに。」


 …高原さん、こんなキャラだったっけな…

 少し眉間にしわを寄せて考えてると。


「俺もあと何年生きられるか分からない。自分が生きてる間に、したい事をして、存分に楽しんでやる。」


 あと何年生きられるか分からない…

 その言葉に胸が痛んだ。

 あの大イベントの時、高原さんはすでにガンに侵されていたなんて…

 それを克服して今があるとしても、何度もの手術に耐えた高原さんの喉は、シャウトが出来なくなった。

 もう…Deep Redの曲は歌えない。


 …それでも、こうしてビートランドの会長としてここにいてくれるんだ。

 それ以上の何を望む?

 俺なんて、昔ここに所属していたってだけなのに…

 いきなりオタク部屋のトップを任されて…

 高原さんには、まだまだ恩返しがしたい。

 もっともっと、生きていて欲しい。



「…そうですね。俺に出来る事があれば言って下さい。喜んで、祭りの手伝いをしますよ。」


 俺がそう言うと。


「言ったな?二言はないな?」


 高原さんは前のめりになって、人差し指を立てて確認した。


「は…はい…」


「よし。」


「……」


 高原さん…こう言っては何だけど…

 神と知花ちゃんがもめてるの、知ってるはずなのに?

 すごく楽しそうだ。


「まず…手始めに…」


 高原さんは自分の机に回って引き出しを開けると。

 アーティストのスケジュールをバーンと机の上に開いて眺めて。


「里中。」


「…はい。」


「おまえ、しばらくオタク部屋から出て、こっちの方鍛えといてくれ。」


 そう言って、手元でボリュームを動かす仕草をした。


「…え?ライヴ…ですか?」


「ああ。早速組もう。本人たちにも伝えなきゃな。」


「……」


 いよいよ…SHE'S-HE'Sが…って思ってると。

 高原さんは受話器を持って電話をかけて…


「あ、圭司か。おまえら、ライヴ決定な。」


 まさかの…F'sのライヴが決まった。

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