第14話 「知らなかった…」

 〇早乙女千寿


「知らなかった…」


 ルームで聖子が絶句した。

 今日、知花は体調不良で休み。

 さっき瞳さんがルームに入って来るや否や…


「サクちゃんが婚約解消した話、みんな知ってるの?」


 眉間にしわを寄せて言った。


「えっ?」


「サクちゃんが?」


 驚いた声を上げたのは…聖子と光史とまこ。


 俺は…華月ちゃんから聞いた。

 陸は…まあ、知ってるか…。


「…言わなくて悪かったよ。でも俺も知花から聞いたわけじゃねーからさ…あいつが言わないなら俺から言うのもどうかと思って。」


 陸がそう言って。


「…俺もごめん。華月ちゃんから聞いたけど…陸が言うように知花が話さないのにと思って…」


 俺が同調して話すと…


「もう。これだから男は…」


 聖子が額に手を当てて、溜息をついて。


「うっかりあたし達が『このウエディングドレス、サクちゃんに似合いそう~』なんて言ったらどうしてくれんのよ。」


 うっ…


「そうよ。新しいホテルにウェディングホールが出来たらしいわよって、パンフレット持って来たりしてたら、どうしてくれたのよ。」


 瞳さんまで…。


「俺なんて、挨拶みたいに『サクちゃん元気?』って知花に聞く事あんのに…教えろよな。」


 あ、光史まで…


「そんな重大な話を知花が言えないのは分かるけど、陸ちゃんとセン君は知ったからには僕らに話す義務はあったと思うけど?」


 …まこの的を得た言葉に、陸と二人して小さくなった。


 確かに…俺達は家族同然でここまでやって来た。


「悪かったよ…けど、なんつーか…こんな残念な話…」


 陸がそう切り出すと。


「残念?」


 聖子と瞳さんが同時に言った。


「婚約解消自体はそうかもしれないけど、婚約して二年以上よ?サクちゃん、大好きな相手に二年以上も待たされてたのよ?」


「……」


「残念どころか…あたしは、新しい出会いのチャンスって思うわね。」


「瞳さんに同感。あたしもサクちゃんには早くいい人見付けて、結婚して欲しいわ。」


 さすがに…それには俺も陸も黙るしかなかった。

 俺だって、サクちゃんには幸せになって欲しい。

 サクちゃんの事は…たぶんみんな、娘のように思ってるはずだ。


 俺達はトントン拍子にアメリカデビューを果たしたように思われてるけど、苦難がなかったわけじゃなかった。

 そんな時、知花が産んだ華音とサクちゃんには…相当癒されて励まされた。

 可愛くてたまらなかった。

 今、みんなそれぞれ子供がいるけど…

 たぶん、長男長女は華音とサクちゃんって、勝手に思ってる所があるんだよな…


 …俺の場合は海がいるから、華音は次男って感じだけど。



「そういうわけで…」


 腕組みしたままの聖子が、コホンと咳払いをして。


「光史、知花が来たらフォローよろしく。」


 光史を指名した。


「はっ?」


 光史が丸い目をすると。


「ああ、適任ね。」


「僕も賛成。」


「異議なし。」


「よろしく。」


 いつも、こういう役回りになってしまう光史。

 だけど…頼れるんだ。

 光史は小さく溜息をつくと。


「…分かった。その代わり…」


「その代わり?」


「あの話、進めさせてもらうぞ。」


「……」


 みんなが緊張するような事を言った。





 〇朝霧光史


「よ。」


「昨日はごめんね…急に休んじゃって。」


「誰にでも体調不良な日ぐらいあるさ。」


 昨日、知花は急に休みを取った。

 で…ついでのように…

 今日は急遽、全員でオフを入れる事にした。


「…みんな良かったの?」


「ああ。例の件、ちょっと煮詰めたら個々に考える時間が欲しいってさ。」


「……」


「もうみんな、腹括ってるクセに。往生際悪いよな。」



 全員オフだが…俺は知花を呼び出した。

 サクちゃんの事、早い内にフォローしておこうと思って。


 超がつくほど久しぶりのダリア。

 誠司さんは店に出る事はなくなったけど…ここは今も思い出がいっぱいの場所だ。



「…サクちゃんの事、聞いたよ。」


 知花が紅茶を一口飲んだ所で…切り出した。


「……」


「知花が言えなかった気持ち、分かるけどさ…何でも言ってくれよ。聖子にでも瞳さんにでも。あの二人に言いにくければ、俺だってまこだって、センも陸も…選り取り見取りだぜ?」


「……ごめんね…話せなくて…」


 知花は小さく謝ると、うつむいて溜息をついた。


「…何だか…咲華見てると…自分と重ねちゃって…」


「……」


「あの子、一ヶ月誰とも連絡取らないって言い張って旅立ったの。今…どんな気持ちでいるんだろうって、あたしならって考えると…苦しくて…」


 知花らしい…と言えば、そうなのか。

 娘の気持ちにリンクして、苦しくなる…か。

 まあ、知花の場合は…今もって言うか…

 ずっと、そんな気持ちを引きずってるからなのか。



 三ヶ月前…

 知花は、いまだに神さんの事を好き過ぎて辛い事を俺に打ち明けた。

 それと同時に…SHE'S-HE'Sの今後についても。


 前者については知花らしいなー…なんて、ちょっと笑える俺もいたが、本人は吐きそうなほど悩んでたようで…

 掘り下げて話してくうちに、神さんに対して無理をしてるのが普通になってる…と。

 まあ…夫婦って他人が家族になるわけだから、ある程度そういう部分はあるとは思うが…

 知花が無理をしてるとは思わなかった。


 そこは…意外だったし、改善の余地があるなら…努力してみるのもありなんじゃ?と思った。

 とにかく、神さんともっと話してみたらどうか…と。

 ありきたりな事しか言えなかったが…

 恐らく知花はその後も変わってなかったと思う。


 で…

 SHE'S-HE'Sの今後については…

 俺も知花と同じ事を思ってただけに…危機感も覚えた。


 一応、みんなとも話をして…

 スケジュール調整もしつつ考えていこうって事にはなったが…

 ここに来て、知花の体調不良。


 神さんとこじれてるのかと思えば…サクちゃんの婚約解消。

 …俺も胸が痛い。



「サクちゃんの事を想うと、本当…俺らみんな胸が痛いけどさ。」


「……」


「神さん、すげー心配してたぞ?」


「…え?」


 神さんの名前が出た途端、知花が顔を上げた。


 …ふっ。

 ほんっと…


「昨日、エレベーターで一緒になったから…サクちゃんの事聞いたって言ったらさ…」



 神さんは…今も男の俺をドキドキさせるような仕草で。


「あー…ま、いつかは知れる事だからな。もっと早く瞳に話しておけば良かった。」


 髪の毛をかきあげた。

 この人は…いくつになっても、カッコいい。


「知花もですが…神さん、大丈夫ですか?」


 神さんが家族を溺愛してるのは有名な話。

 俺が真顔で問いかけると。


「…俺は平気だ。だが知花がな…今日も悪かったな。急に休んで。」


 神さんは俺の目を見て、そう答えた。

 …俺には嫁も子供も孫もいるが…神さんだけは、やっぱり特別だな。


「いえ…それでずっと調子が悪かったんだなって、みんなで納得です。知花があんな調子だと、寝不足か食欲不振か神さんとケンカかって、聖子がまくしたてるから。」


「ははっ。瞳にも言われた。俺のせいじゃねーかって。」


「失礼ですよね。」


「…ま、俺も常に原因の一つではあるかもしれないけどな…」


「…え?」


「…いや。ま、明日出て来たらみんなでフォロー頼む。俺はどうも…あいつがして欲しい事をしてやれないし、欲しい言葉をかけてやれない。」


「……」


「じゃあな。」


 エレベーターを降りて歩いて行く神さんの後姿を見つめた。

 …俺なんかより、数千倍、数万倍優しい。



 神さんの様子を話すと、知花は両手で頬を押さえて赤くなった。


「もっと神さんに甘えろよ。」


「も…もう十分…」


「あれは、甘えさせられてるって感じだぜ?」


「……」


 俺に指摘された知花は、ますます顔を赤くした。

 ははっ…何だか…二十代の女の子と話してるみたいだ。


「辛いなら辛いって、知花からちゃんと甘えてみろよ。」


「でも…」


「そんな事して優しくされたら、もっと好きになって辛いからって言うんじゃないよな?」


「うっ…」


「俺、思うけど…気持ちに上限なんてないと思うぜ?」


「……」


 知花は頬から両手を下ろして、真顔で…俺を見た。


「だから、気の済むまで好きになればいいんだよ。」


「光史…」


「な?」


「…うん…」


 それから…笑顔の戻った知花は。


「パフェ、一度食べてみたかったの。」


 この夏登場したという『ダリアパフェ』を頼んで。


「美味しい♡」


 満面の笑みになった。

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