第7話 「あれ?」
「あれ?」
リビングにある、誰がどこに行ってます表(正式名称は違うけど、そう呼んでる)を腕組みして眺めてると。
「志麻、なんでアメリカ行ってんの?」
日本にいるはずの志麻が、アメリカに行ってる。
ソファーで書類を読んでる父さんと母さんが振り返って。
「朝子が検査に行ったから付き添いも兼ねてって。」
母さんが、答えた。
「検査?」
何の?と思って首を傾げると。
「…顔の傷、手術するそうだ。」
「……」
朝子が…あの顔の傷を手術…する!?
あたしはちょっと大げさに口を開けてしまった。
だけど、ハッと気付いて口を閉じて。
「そっか…」
小さくつぶやいた。
許嫁を解消した兄貴を庇って…顔に傷を負った朝子。
あの事故で…兄貴は紅美と別れて朝子と結婚する事に決めた。
だけど結局は…上手くいかなくて。
何があったのかは知らないけど…
朝子は、兄貴を振った。
でも、ま…朝子は結婚したし…
あの傷を治す気持ちを持てたってのは、大きいよね…。
「ん?で、志麻がその検査に付き添ってんの?」
「朝子は一人で行くって言ったみたいなんだけどね。」
「…全く。志麻はシスコンだなあ。」
もう大人なんだから一人で行かせればいいのに。
つい、眉間にしわを寄せて表を眺めた。
こういうオフになりそうな時こそ、咲華さんと会ったりした方がいいんじゃ?
そもそも…
「ねえ…志麻の婚約の話って、生きてる?」
父さんの前に座りながら問いかけると。
「…別れたとは聞いてないが、そんな話が?」
父さんは上目使いであたしを見た。
「ううん。でも…志麻って仕事ばっかしてるじゃん?咲華さん、ちゃんと分かって待ってるのかなあって。」
本当に。
あたし達二階堂同士なら?
まあ…解るよ。
どんな現場に行ってて、どんな事してるって分かるからさ。
連絡つかないとか会う時間ないって言われても、そりゃそうだ!!って思える。
でも…
一般人にそれを理解して欲しいって思うと…
咲華さん、二年以上よく待ってるなあ…
「入籍だけでもすればいいのにね。」
冷蔵庫に何かないかなーと思って立ち上がると。
「プリンがあるわよ。」
するどい母さん。
「俺にもくれ。」
「母さんにも。」
「はいはーい。」
ああ…幸せだよ…あたし。
大好きな父さんと母さんと、プリンを食べながら過ごす午後なんて…
「んっまーい。」
「こら、泉。もっと行儀良くして。」
「えー。」
「まあ、これが泉だからな…」
「父さん、大好き♡。」
「環、泉に甘過ぎ。」
「妬いてる?」
「妬いてる。」
「……ごちそーさまー…。」
あたしが…聖と別れたから…って言うんじゃないけど。
志麻と咲華さんには…
上手くいってほしいんだけどな…。
志麻。
咲華さんの事…
もっと大事にしてくんないかな。
「へー。やっと手術する事にしたんだ。」
結局…
あたしは、翌日…は、やめたけど。
キスされた三日後に、また薫平んちに来た。
朝子が顔の傷を手術する事、誰かに言いたかったから。
だって…
嬉しい事だよ。
朝子が過去と決別するって感じだしさ…
口には出さなかったけど、あの傷見るたびに色んな事思ってた。
朝子は…兄貴の事、ずっと好きだった。
だから、あの時だって…兄貴の身を庇って怪我したのに。
周りは当然…若干『余計な事』みたいに言う人もいた。
兄貴なら、あれぐらいの事故は避けられたはずって。
だけどその場にいたあたしや姉ちゃん…わっちゃんは知ってる。
兄貴は、紅美を気にしてたから…シャンデリアが落ちてくる事なんて、気付いてなかった。
…紅美を、気にしてた。
姉ちゃんとわっちゃんは何だか結束してあたしに秘密にしてたけどさ。
あたしだって、気付いてた。
兄貴と紅美が怪しかった事。
二人が交わす視線とか、今までそんな事に興味のなかった紅美が指輪をしてた事とか。
怪しさ満載だったもん。
朝子の手前、言えない事もあったろうよ。
あたしだって、朝子に『まだ好きなら行っちゃえ』みたいに押してたから、責任は感じた。
でもさ…
何も言わない兄貴と紅美も悪いし、姉ちゃんとわっちゃんだって酷い。
朝子とあたしは蚊帳の外だったんだよ!?
あたしはともかく、朝子なんてもろ当事者なのにさ!!
「ほんっと、あの時の事思い出すと…ブラコンシスコンのあたしでも、兄貴と姉ちゃんに腹立つわ…」
あたしは、あの頃の事…聖には話さなかった。
兄貴と朝子とは、温泉も一緒に行った事がある聖だけど…
そんなに知ってるわけじゃないし。
だけど薫平は、小さな頃から知ってる仲。
兄貴の事も、朝子の事も、紅美の事も。
「泉はただ単に、のけ者にされてたのが腹立つんだろ?」
今日も薫平は、何かをたくさん作ってた。
作業台の上でキラキラと光る、色とりどりのビーズ。
…まるで女の子の世界だ。って、やっぱ思っちゃう。
「…まあ…それ言われちゃあ…そうなんだけどさ…」
図星に唇を尖らせると。
「でも、朝子は前に進もうとしてる。いい事じゃん。海さんは?朝子と婚約解消してから、いい話ないの?」
視線は小さなビーズに向けられたまま。
薫平は、あたしに問いかけた。
「あっても兄貴は言わないよ。バレたら言うんだろうけどさ。」
「ま、報告するほどの事じゃないいい話なら、あちこちにありそうだしな。」
「何それ。兄貴って、そんなにあちこちにいい話あんの?」
眉間にしわを寄せて薫平に詰め寄ると。
「あってもおかしくないって言ってんの。海さん、マジでカッコいいし。」
薫平はチラッとあたしを見て。
ニッと笑って答えた。
「…まあ、そうだけどさ。なんだ…薫平、何か知ってんのかと思った。」
「何を。」
「あたしの知らないような事。」
「泉の知らないような事?海さんの事で?」
「うん。」
薫平はあたしが来て初めて、作業する手を止めて…んーって考え込んでる。
「そう言えば、アメリカの本部でさ。」
「うんっ。」
「…そんなに期待するような話じゃないよ?」
あまりにもあたしが食い入るように詰め寄ったからか、薫平は少し身を引いて笑った。
「あ…ごめん。」
「休憩しよ。お茶入れるよ。デッキで飲む?」
「うん…今日、おはじきは?」
「デートかな。近所の仲良し猫と、どこか行った。」
「うわー…主を差し置いて…」
あたしが何気なくそう言って、立ち上がった薫平に続いて立ち上がると。
「気を利かせてくれたんじゃない?主頑張れって。」
「…え?」
素早く、あたしの腰を抱き寄せた薫平は。
「二人きりにしてくれたんだよ。」
そう言って…あたしの首筋にキスをした。
「ち…ちょーっとお!!」
あたしは薫平の額を張り倒して。
「いきなり過ぎんのよ!!あんたは!!」
仁王立ちして言った。
…でも。
…悪い気は…して…ない…
「いって~…何だよ。泉、俺の事嫌い?」
「いや…そうじゃなくてさ。こういうのって、恋人同士って言うか…」
「俺とそうなるのは嫌って事?」
「はっ?あんたマジで言ってんの?あたしと恋人になるって?」
「俺みたいなの楽じゃん。仕事に理解あるし、こうやって自由気ままに遊びに来れる環境だし。」
「うっ…」
「こんな良縁、ないと思うけどな~。」
めげない薫平は、あたしに張り倒されたにも関わらず…
またじりじりと近寄ってあたしの腰をガシッと抱き寄せた。
「す…」
「す?」
「…好きなの?あたしの事。」
「好きだよ?」
「おはじきと同レベルじゃなくて…」
「あれは冗談。ちゃんと女の子として好きですよ?」
「な…なんで急に敬語なんだよ…」
「緊張してるから。」
「嘘だ。薫平、サラッと言ってる。」
「だって、ほら。ドキドキしてるじゃん。」
薫平はそう言ってあたしの手を取ると、自分の胸に当てた。
…確かに…ドキドキしてるけど…
これは、あたしがドキドキしてるから…そう感じるんじゃ…?
「わ…分かんないし。」
「泉だって、ドキドキしてる。」
薫平はそう言うと、あたしの胸に手を当てた。
「ばっ…!!」
また張り倒そうと手を振り上げると、薫平はそのあたしの手を取って。
「お試しでいいからさ。彼氏にしてよ。」
あたしの耳元で囁いた。
「…お…お試し?」
「うん。それで気に入らなかったら、友達みたいに戻るから。」
「そ…そんなの…」
「大丈夫。上手くいくから。」
「上手くいくって…何…」
「まずは…身体の相性だよ。」
薫平、あたしの身体をヒョイッと抱え上げてソファーに運ぶと。
「セックス、しよ?」
あたしの上に乗って…何だか…
NOって言えない顔した…。
「あっ…」
もう…薫平は手慣れてるとしか言えない感じで。
あたしが少し(完全に嫌がってはなかった)抵抗しても、簡単に手を押さえ付けて。
「泉…可愛い。」
そう言って、耳を噛んだり…
首筋を甘噛みしたり…
シャツのボタンなんて、簡単にささっと外しちゃって…
あっと言う間に、ブラの隙間に手が入り込んだ。
あたしはと言うと…
聖としか経験がないから。
こういうのって…
もう、されるがままになるしかない。
自分から積極的にしたいって思う方でもなかったし。
「ん…っ…」
我慢しても、つい声が出ちゃう。
それが恥ずかしくて、絶対我慢しようって思うのに…
…気持ち、いい。
「…声出していいよ?」
「…やだ…」
「なんで。」
「…やなもんは…やだ…」
「ふっ。負けず嫌い。ま、いいよ。出させるから。」
「そ…そんなの…あ…あっ…」
「可愛い、泉。もっと泉の声、聞きたい。」
「や…は…っ…あ…」
あたしの頭の中、真っ白になってた。
薫平だよ?
あたしの身体、キスしたり触ったりしてるの…
高津薫平だよ?
小さな頃から一緒で、何歳の時までおねしょしてたとか…
お互い知り尽くしてる…
あの、薫平だよ?
ずっと、同じ目線だと思ってたのに…
あたしが上の立場になって、目線が変わった。
だけど…今薫平は、あたしより高い位置からあたしを見下ろして。
「泉…」
聞く事なかったような…甘い声であたしを呼ぶ。
「あっ…ん…」
あたし…ずっと誰かを欲してたのかな…
聖と別れて…ずっと…
寂しかった。
だけど、誰でもいいわけじゃない。
「…泉…好きだよ…」
まさか…薫平にそんな事言われるなんて…
…だけど…
「…嬉し…い…」
気が付いたら…
そんな事、口にしてしまってた。
それを聞いた薫平は、あたしに長い長いキスをして。
「…俺だけの泉になってよ…」
ゆっくりと…
あたしの中に、入って来た。
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