第6話 「でさーあ、志麻がキレッキレで仕事するから、あたしらまでとばっちりなわけよ。」

「でさーあ、志麻がキレッキレで仕事するから、あたしらまでとばっちりなわけよ。」


 あたしは野菜スティックを食べながら、ボヤいた。


「でも志麻さんのする事なら間違いないだろ?」


「まあ、そうなんだけどさ。あんな事までやるから、自分で仕事増やしてプライベート減らしてるわけじゃん。」


「ふむ…確かに。」


「彼女と会う時間、ちゃんと取ってんのかなって心配になるんだよね。」


「……」


 ドイツから帰って、また少し暇で。

 あたしはこうして…薫平の家に遊びに来ては、ボヤいたり、おはじきに遊んでもらったり…


「それ、何作ってんの?」


 薫平の手先の器用さを、目の当たりにしたりしている。


「これ?ここ見てて。」


「うん…」


 薫平の手元には、マットな紺色のビーズと…パールかな。

 あたし、ビーズってもろにガラスってイメージだったから、こういうマットカラーなのは初めて見た。


 薫平は釣り糸にビーズを入れては糸を絡ませて…

 あって言う間に、どこから見ても花に見える、ちっちゃな球体を作った。


「わー!!すごい!!」


「フラワーボールって言うんだ。」


「えーっ、可愛い。これ、何になるの?」


「もう少し大きいサイズなら、ストラップとか。これは今から数作って、ネックレスにする。」


「へええええ…薫平が乙女の夢を叶えてる…」


「ははっ。何だよそれ。」



 薫平は…心地いい。

 あたしにタメ口で話してくれる存在って…本当、いるようでいないから…

 聖と別れた今、あたしを特別扱いしないで接してくれるのって、薫平ぐらいだ。



「この前、志麻さんの彼女見た。」


 三個目のフラワーボールとやらを作りながら、薫平が言った。


「え?咲華さん知ってんの?」


「知ってるよ。瞬平がプログラマーで潜入してた会社にいた人だろ?」


「あー…懐かしい事件。」


「一人でR1Z5WW8のベンチに座って、景色眺めてた。」


「R1Z5WW8?何であんな所?別に家の近くじゃないよね。」


「志麻さんとの思い出の場所みたいだよ。しばらく一人でボンヤリ座ってたけど、それから歩いて一人で定食屋に入ってった。」


「ぷっ。咲華さん、一人で定食屋ってイメージじゃないけど。」


「確かに…。」


 薫平は、次々とフラワーボールを作っていく。

 おはじきは、猫ならばその可愛い肉球でちょちょいと突きたいであろうフラワーボールを、おとなしく眺めてるだけだった。

 むしろ、あたしの方が突きたいぐらいだ。


 なんて行儀のいいニャンコなんだ!!

 おはじき!!


「あの二人…別れるんじゃないかな。」


 突然、薫平が嫌な事を言った。


「何それ。なんでよ。」


 眉間にしわを寄せて薫平を見る。

 だけど薫平はあたしの目を見ずに。


「だって、志麻さんほったらかし過ぎだろ。咲華さんみたいな彼女、俺ならほっとかないよ。悪い虫つきそうだし。」


 結構な数出来上がったフラワーボールをまとめた。


「まあ…そりゃそうだけどさ…」


 咲華さんは、なんて言うか…

 本当に、柔らかい笑顔の可愛らしい人で。

 そうかと思うと、薫平が言ったように定食屋に行くようなギャップの持ち主。


 以前、カナールでお喋りした時も…


「あたし、すごく大食らいなの。」


 って首をすくめてたけど…

 あたしがケーキと紅茶だけだったのに対し、咲華さんはそれプラス食べ放題の料金を払ってケーキをいくつか食べた。



「俺が思うに…志麻さん、そこまで咲華さんの事好きじゃない気がする。」


「…あんた、何だかズキズキするような事言うね。」


「だって、二階堂の本気レベルって、この人のためなら死ねる。って言う一般人の想いの後に『マジで』がつくじゃん?」


「……」


 薫平の言う事は…分からなくもない。

 確かに、二階堂の…特に…男。


『この女のためなら死ねる。マジで。』


 それだけの気持ちがなきゃ、結婚しない。


 だって…

 本当に、いつ死ぬか分からないような現場に出てるわけだし。

 おかげで、二階堂の既婚者の男達が、不倫をしただの浮ついた事をしてるだの…

 そんな噂は一度たりとも聞いた事はない。

 …まあ、もしかしたら上手にやってるだけかもしれないけどさ。


 それが決められた結婚であっても……って…

 …兄貴は失敗したけど。



「あー…嫌だな…あの二人が別れちゃうと…」


 あたし、寝転んでバンザイのポーズをする。

 すると、おはじきが、あたしの手の平をぺろぺろと舐めた。


「なんで泉が嫌なんだよ。」


「……何となく。」


「泉の元彼の身内だろ?どっちかっつーと、別れてくれた方が楽じゃねー?」


「…うるさい。それとは関係ない。」


 …そう。

 関係ない。

 あたし達はあたし達。

 志麻と咲華さんには…幸せになってもらいたい。

 二階堂の者でも一般人と結婚出来るんだって…証明して欲しい。


 今、そうしてるのは…陸兄と姉ちゃんだけ。

 本家の人間だけがそうだって思われたくない。



「ねえ、薫平は結婚願望ないの?」


 仰向けになったまま、上目使いで薫平に問いかけ…


 チュッ。


「……」


 突然…薫平が…あたしにキスした。

 あたしはバンザイのポーズのまま…固まって動けなかった。


「そんなに無防備になってると、こんな事だってあるんだぞ?」


「……」


「さ、出来た。」


 薫平は出来上がったらしいネックレスを掲げてあたしに見せて。


「やるよ。」


 あたしのお腹の上に、ポンと置いた。





「…………」


 あたしは茫然と歩きながら家に帰った。


 …薫平に…

 薫平にキスされた…


 しかも…

 仰向けに寝転んで…バンザイしてる時にだよ…


 なんで!?

 なんであたしにキスすんの!?

 薫平んち心地良かったのに、行きにくくなるじゃんか~!!


 #####


「うわあっ!!」


 ポケットで震えたスマホに、つい大声を出してしまって。

 人通りは少ないけど、ちょうど向こうから歩いて来てた女子高生二人があたしの大声に驚いた後、クスクスと笑いながら過ぎ去って行った。


「……」


 もうっ!!

 恥ずかしいなあ!!


「…誰だよ…ほんっと…」


 ぶつぶつとボヤきながらスマホを見る。


『忘れ物』


 ってメール。


 …知らないアドレス。

 誰?って思ったけど、アドレスの中に『t2twins-k』って入ってたから…薫平だって分かった。

 高津の双子。

 昔、爺ちゃんがそう呼んでたなあ。



「…忘れ物?」


 あたしは自分を見下ろして、ポケットも確認して。


『何も忘れてないよ』


 返信する。

 すると、おはじきの頭に丸めて置いてある、フラワーボールのついたネックレスの写メ…


「わあ…おはじき可愛いなあ…」


 って、そこじゃないか。


『だって、なんかもらうの悪いし』


『えー、せっかく泉に作ったのに?』


 う…

 そんなの言われると…

 ちょっと嬉しくて調子に乗っちゃうな…


『あたしのメアド知ってたっけ』


『盗み見した』


『あー!!やだやだ!!薫平って人の携帯チェックするような男なんだ!!』


『番号とメアドしか見てないから安心して♡』


『て言うか、いつ見たの!?』


『泉がおはじきと遊んでる時♡』


『♡って!!』


『もっとつけて欲しい?泉♡また来てね♡』


「……」


 や…やだな…

 メール見ながらニヤニヤしてるあたしがいる。

 薫平って、何だかサラッとしてるから…心地いい。

 …ほんとに。


『次の休みの日に暇ならね』


『えー。明日来なよ。今二階堂暇なんだろ?』


『薫平だって仕事あるんでしょ』


『俺は家で地味にやるから平気』


『邪魔になるから』


『居てくれる方が、はかどるー♡』


「……」


 …もしかして薫平、あたしの事好きなの?


『なんでキスしたの?』


 ストレートに聞いてみると。


『おはじきみたいで可愛かったから』


「……」


 あたしは口を開けて、その画面を見入った。


 お…おはじきみたい!?

 あたし、猫!?


 い…いや…でも…

 可愛かった…って。


『…ペット扱い?』


『おはじきは家族だよ』


『あたしも家族みたいに可愛かったって事?』


『気になる?』


「うっ…」


 な…何なの。

 この…薫平の挑戦的な言葉の出し方!!


 腹立つから返信せずにいると…これがまたどうして…

 気になるあたし。


 もー!!

 薫平のバカー!!


 イラッとしてモヤッとしたあたしは、そこから全力疾走で家に帰った。


「はーっ…はーっ…」


 全力過ぎた…

 門の前で膝に手をついて後悔してると。


『泉は、自分が思ってるよりずっと可愛いよ』


「……」


 赤面してしまうメールが…来た。

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