第3話 アメリカには一週間滞在した。

 アメリカには一週間滞在した。

 帰国して三日間は本部に缶詰で書類整理。

 久しぶりに青空の下に立ったあたしは…


「…公園でも行くか。」


 サンドイッチとコーヒーを買って、公園のベンチで食べる事にした。



「んーっ。」


 少し高台にあるベンチから景色を見渡して、伸びをした。

 ああ…ずっとパソコン眺めてたから、猫背になってるよ…


 ガサガサと袋からサンドイッチを出して、街並みを見ながら頬張る。

 …こっちに向いて座るのって、初めてかな。

 いつもなら公園の中に向いて座って、売店の向こうから誰かが歩いてくるのを眺めたり…

 少し奥まった所にあるイチョウ並木の下に出来た、新しいベンチの模様を見る事で集中力を鍛えるというささやかな訓練をしたり…



 …早乙女に出会ったのも、ここだった。

 いつもイーゼルをここに立てて。


「……」


 何だろ。

 あたし、聖の事より早乙女の事想ってるなんて。

 バカみたい。



 一度だけ…キスをした。

 クリスマスイヴ。

 聖の計らいで、パリから帰って来た早乙女は…

 許嫁の所に行く前に、あたしに会いに来た。


 初めて…『園』って呼んだ…。


 あたしをすっぽり抱きしめた胸。

 指にからみついた黒くて長い髪の毛。

 …あたし、相当好きだったんだな…


「……」


 スマホを取り出して、検索をした。

 こんな事するの、初めてだ。

『早乙女 園』と打ち込むと、そこにはたくさんの記事が出て来た。

 それにはプライベートな事も書いてあって…

 去年、長女が生まれたとか。

 奥さんとのツーショット写真もあった。


 …ふふっ。

 幸せなんだ。

 良かった。


『Q:宝物は何ですか?』


『A:家族と友達と…プレゼントでいただいた、ミシュリーの筆です。』


 その記事を読んで…あたしの顔から笑みが消えた。


「……」


 恋愛対象じゃなくなったから。

 聖とは…別れた。

 なんて…


 聖の事、思い出すのが辛いからって…早乙女の事ばかり考えて。

 あたし、バカじゃない?

 どっちにしても…辛くなるのに。


 二人とも、あたしのものじゃない。

 あたしには…

 恋なんて…


 出来ないんだよ。



「あーっ‼︎もうっ‼︎」


 立ち上がって頭をクシャクシャッてすると、近くの木に止まってたらしい小さな鳥達が、一斉に飛び立った。


「あ…失礼…」


 もはやそこにはいなくなった鳥達に、驚かせた詫びを入れる。


「……」


 立ったまま、スマホに桐生院聖…って入れかけてやめる。

 検索したら…きっとたくさん出て来る。

 聖は、今やスプリングコーポレーションの社長。

 たまに新聞でも名前を見掛けて、それが辛くて最近では新聞も斜め読み。


 …社長ってガラじゃないじゃん。

 まったく…



「はあ…」


 ベンチに座り直して、気付いた。

 最近の猫背…

 パソコンのせいじゃないや…って。





「ふああああ~。」


 アメリカから帰ってからずっと…平和。

 …まあ、いい事なんだよ。

 いい事なんだけど、その分訓練が厳しくて。

 昨日は久しぶりに父さんに稽古をつけてもらおうと、ウキウキして道着に着替えたら…


「頭はお出かけらなられました。」


 がーん。



 今日は午前中本部の道場で若い者相手に暴れて。

 そのままシャワーして家に帰った。


 …暇だ。

 まあ、暇な方がいいんだけどさ。

 なんて言うか…

 暇だと…余計な事考えちゃうんだよね…



 二階堂が秘密組織じゃなくなる。

 ずっと秘密組織としてやってきて、その体制が変わるのって…

 あたしは何となく居心地が悪い気がする。

 だけど変えたいって思って頑張って来たおじいちゃんとか父さん…そして兄貴には、いいニュースなんだよね。

 あたしはそれをサポートする気でいたし、そうなればいいって思ってたはずなのに…


 ここに来て、居心地が悪いなんて…

 誰にも言えずにいる。


 …どっちにしても…危険な仕事には変わりないから…

 あたしは、自分が出来る事をちゃんとしておくだけなんだけどさ。



 そんな感じで二階堂全体が若干暇で。

 先週父さんと母さんは、念願の温泉旅行を楽しんだ。

 帰って来た時、二人は何だかラブラブで…

 いいなあ…って思った。

 父さんが自撮りしたっていう母さんとの熱々ツーショットなんて、あたし…ちょっと妬いちゃったよ。

 この間に入れて欲しかったー!!なんてさ。


 …ほんと、あたし甘えんぼだな…。



「泉!!泉、ちょっと来て!!」


 部屋のベッドでまったりしてると、珍しく母さんが大声張り上げて。


「何!?何かあったの!?」


 それに驚いたあたしは、慌てて階段を駆け下りた。


 すると…


「朝子がこの人と結婚するんだって!!」


 リビングに…

 朝子と…えーと…この男…見た事ある…けど…


「えー!?」


 とりあえず、先に驚いた。

 朝子が結婚!?

 て言うか…

 そいつ、兄貴と全然タイプ違くない!?



「えっ!?一緒に暮らしてる!?」


「う…うん…」


「えっ!?もう一年以上も!?」


「は…はい…」


「何で教えてくんなかったのよーっ!!」


 ドンッ。


「あたっ…あたた…」


 朝子めー!!

 あたし、ずっと心配してたのに!!

 兄貴と別れた事で傷心過ぎて、あたしらとは連絡取りたくないのかなって気を使ってたのに!!

 あたしからは連絡取らない方がいいのかなあ…って、寂しくても我慢してたのに!!


 …のに!!


 軽く腹を立ててるあたしの隣で、母さんは。


「良かった…朝子、良かった…」


 朝子の手を取って泣き始めた。


「姐さん…」


「ずっと気になってたのよ…出て行ってからは音沙汰なしで…」


「あっ…す…すいません。あたし…すごく薄情と言うか…無礼で…」


「そんなの、連絡しにくいに決まってるじゃんね。」


 自分が振った男の親に連絡なんてさ。


「あっ、泉ちゃん。この人、泉ちゃんの彼氏と親戚なんだよ。」


 ふいに朝子が、あたしにそう言った。


「……」


 あたしの彼氏と親戚。


 …そう言えば、早乙女の父の事を知ろうとしてビートランドに所属してる知ってそうな人を調べた時…

 華月のイトコがいるって知った。

 卒業旅行の鎌倉。

 あそこで…早乙女の妹と二人でいた男。


 …ふーん…


 朝子と彼女は…何となく似てる気もするけど…

 ま、似てても似てなくてもいいよね。

 二人は結婚するんだから。



「彼氏?あたし…彼氏いないけど。」


 朝子にそう返すと。


「え!?」


 朝子は目を真ん丸にして驚いた。


「あ、でも友達だから。全然険悪な別れ方なんかしてないよ。」


 …うん。

 険悪にもならなかった。

 あたしが…一方的に…だったし。



「縁があったら、またくっつくかもしれないしね。」


 母さんが苦笑いしながらそう言ったけど。


「どーかなー。あいつとは友達でいる方が合ってる気がする。うん。」


 あたしは自分に言い聞かせるみたいにして…そう言った。


 …友達になんて…なれないのに。




 朝子が結婚…

 それはあたしにとって、眉をしかめるほどの衝撃だった。

 あたし、どこかで朝子を見下してたのかもしれない。

 兄貴と別れた今、朝子に良縁はない…ぐらいに思ってたのかも。


 酷いな…。



 …結婚…

 憧れなんて…


「……」


 あたしは軽く唇を噛みしめた。

 ベッドに仰向けになって、腕を目の上に置く。


 …本当はさ…ずっと憧れてるんだよね…

 結婚。

 美男美女の両親の、穏やかな雰囲気って言うか…

 静かな中にも、そこにすごく強い愛情があるって分かる夫婦。

 仕事のパートナーとしても信頼し合ってるからこそ生まれる、誰よりも強い絆。


 …あたしには、そういう人は現れないだろうな…って思いながらも。

 あたしが自然体で笑っていられる誰かが…って。

 うっすら。

 本当に、うっすら…期待してた。



 早乙女に恋した時は…ただ本当に初めての恋で、結婚なんて期待はなかったけど。

 …聖は…

 友達っていう枠から一歩出て、あたしに歩み寄ってくれた。

 大口開けて笑い合って、だけどそんなあたしを好きって言ってくれて。

 料理も下手だし、がさつだし…今一番好きな事が銃の手入れだなんて、口が裂けても言えなかったけど。

 聖は…

 仕事に熱心なあたしの事も、好きだって言ってくれた。



 …ええい!!

 もうこうなりゃ一生独身か、アメリカかドイツか…現地の有能な人間と結婚するからいい!!


 結婚って誰でもいいわけじゃないけど、あたしには誰でもいいのかもしれないもん。

 そうだよ。

 姉ちゃんだって…

 相手を選んだから、仕事は減らす事になったし…

 ゆくゆくは、きっと…二階堂の仕事は辞めると思う。


 それなら、あたしは…

 一般人とは結婚しない。




 相手の事…



 どんなに、どんなに…好きでも。

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