第27話 「わー!!なんでここに!?」

 〇咲華


「わー!!なんでここに!?」


 華音に連れて来られた木工所で、紅美ちゃんの写真撮影があった。

 強い目をした紅美ちゃんを見てると…少し…複雑な気持ちになった。


 あたしのおばあちゃまは…すごく耳がいい。

 それは、母さんと華音にも遺伝してる。

 あたしの耳は、人並みだと思うけど…

 その分、なんて言うか…

 たまに、なんだけど。

 特別な何かが、発揮される事がある。


 それは、本当に…口では言いあらわせられないんだけど…

 高原のおじいちゃまと母さんの血の繋がりには…全然発揮しなかったと言うのに。

 あたしはあの日…

 しーくんのアルバムを見たあの日。

 しーくんと手を繋いで、首を傾げて笑っている朝子ちゃんの写真を見た途端。

 この二人は…血が繋がってない。

 そう思った。


 まだ赤ちゃんだった朝子ちゃんと…

 その次に写っていた朝子ちゃんは、違ってた。

 成長したから…っていうんじゃない。

 あきらかに、別人だった。

 そして…



「咲華、撮って。」


 ボンヤリしていると、華音があたしにスマホを渡した。


「あ、うん。」


 …小さな頃、華音はあたしみたいによく笑って少し天然で。

 性格までそっくり。なんて言われてた頃があるけど…

 あたしよりずっと繊細な華音は、周囲からの過剰反応でクールになった。

 特に…初対面の人に対しては、突き刺すような視線や冷たい態度を取ってしまう。

 だけど…


「もうっ、くっ付き過ぎ。」


「そうか?うちでは普通だぜ?」


「…ちさ兄を普通って認めてしまうノン君…」


「いいから。咲華、バッチリよろしく。」


 目の前で、紅美ちゃんと頬を寄せ合ってる華音。

 その笑顔に…あたしは小さく笑う。


 …良かったね。

 長年の片想いが実って。

 そして…こんな風に笑えて。


「撮るよー。」


 あたしはそう声をかけて、二人の様子を…


 パシャパシャパシャパシャ。


「あっ、咲華ちゃん、連写しちゃってるよ?」


「あら?軽くしか触ってないのに。」


「ったく…ボケてんのかよ。」


「いいじゃない。フォルダがツーショットばっかりになって。」


 不必要に連写して、華音の画像フォルダは写真用の笑顔の二人と、あたしに突っ込もうと呆れた顔…それから、あたしのボケボケ具合に自然と笑顔になった二人でいっぱいになった。


「…でかした。」


 フォルダを確認して、満足そうに華音が笑う。

 …父さんそっくり。



「これ、あいつらに送ってやろ。」


「えー?もっと普通のにしてよ。」


「見せ付けてーんだよ。」


「仕方ないなあ…」


 華音と紅美ちゃんの会話を聞きながら、あたしは木工所の中をぐるりと見渡した。

 木のいい匂い…


 初めて来る場所に、少し癒された。

 もしかしたら、今のあたしには…自分の知らない土地が必要なんじゃないかな。

 そう思うと、尾行されてたとは言え…華音に感謝。


 あたし…



 …旅に出よう。





 結局…華音と紅美ちゃんと三人で一日過ごして。

 あたしは旅立つ事を勝手に決意したし…一人で先に帰るって言ったんだけど、意外と華音はあっさり紅美ちゃんを事務所に送り届けると。


「フィナンシェ買って帰ろうぜ。」


 事務所の近くにあるエルワーズの前でそう言った。


 二人で並んで紅茶を選んだり、フィナンシェや人気商品のダックワーズを見てると。


「ノン君にサクちゃん?」


 声を掛けられた。

 振り返ると…


「あれ?一人でこんな所に来るんすか?」


 華音が珍しそうにそう言った。

 そこには、茶葉の袋をいくつか手にした早乙女さん。


「嫁さんに頼まれて。」


「へー。早乙女さん、お茶違いなイメージっすけど。」


「華月ちゃん用だ。」


 笑顔でそう言った早乙女さんに、あたしと華音は目を丸くした。

 華月のために…紅茶を?


「最近よく来てくれるから、俺と嫁さん調子に乗って華月ちゃんの好きな物リサーチしてさ…あっ、甘い物が好きって聞いたけど、特に好きなのって何だろう?」


「…華月はー…」


 あたしと華音、顔を見合わせて。


「シュークリームが好きです。」


「毎日食っても飽きないらしいっすよ。」


 笑顔になった。

 ああ…

 華月と詩生君、上手くいってるんだ。


 あたしとしーくん同様…同じ頃に詩生君が華月をお嫁さんにくださいってうちに来て、父さんに殴られた。

 華月達は婚約って形は取らなかったけど…何だか…二人の間にある空気がすごく穏やかで。

 あたしは…それをいつも羨望の気持ちで見ていたかもしれない。

 あたしも…あたしだって…って。


 …だから素直になれなかったのかな…



「…早乙女さん。」


 レジで早乙女さんと隣に並んで。

 あたしは声をかける。


「ん?」


「華月の事…可愛がってくださって、ありがとうございます。」


 そう言って、ノッポな早乙女さんを見上げると。


「…サクちゃんはずっと変わらず、いいお姉さんだね。」


 って、頭を撫でてくれた。


 …何だろ。

 しーくんと別れても涙が出なかったのに。

 早乙女さんに頭を撫でられて…少し泣きそうになった。


 それでもあたしは笑顔で。


「優等生ぶってるだけなんですけどね。」


 首をすくめた。


「サクちゃんにこれを一つ買ってあげよう。」


 早乙女さんが、レジの隣にあったピンク色のリボンの付いた缶を手にして笑った。


「えっ、そんな…」


「いいからいいから。」


「俺にはないんすか?」


「華音には似合わない。」


「ちぇっ。」


 早乙女さんにお店の前でお礼を言って、手を振って別れた。


 昔から…すごく優しくて穏やかな人。

 母さんのバンドメンバーの人達はみんな大好きだけど、早乙女さんは…何か独特な雰囲気があって…

 テンポも何だかあたしと近い気がして…

 一緒に居て落ち着ける人だなって思ってた。


 華月の事、すごく大事にしてもらえそう。

 早乙女さんにも、奥さんにも感謝だ。



「それ、中身何。」


 華音が、缶を指差して言った。


「何だろ。」


 助手席に座って、促されるがままに開けてみると…

 ハート形のクッキー。

『Be Happy』の文字入り。


「……」


 何てことないのに…あたしが無言になってしまうと。


「一ついただき。」


 運転席から手を伸ばして、華音がそれを口にした。





「…ちょっといいかな。」


 晩御飯の後。

 今日は珍しく聖も早く帰ってて、久しぶりに家族全員が揃ってる。

 そこであたしは…全部話す事にした。


「なあに?」


 母さんはみんなにお茶を入れながら首を傾げて。

 父さんは読んでた新聞から顔を上げた。

 華音と華月は…少し顔付きが真剣になって…

 …聖もどちらかから聞いたのかな。

 真顔であたしを見てる。



「あたし…彼と別れた。」


 背筋を伸ばしてそう言うと。


「…えっ?」


 少し間があって、母さんが身体を乗り出した。


「彼と別れた…って…志麻さんと?」


「うん。もう…待ち疲れちゃって…」


「……」


 あたしの言葉に、母さんは父さんの顔を見た。

 父さんは、あたしの目を見たまま…何も言わない。


「それと…会社も辞めた。」


「は?」


 さすがに…それには父さんが一番に反応した。


「何で会社を辞める必要がある。」


「…こんなの話しても、誰にもわかってもらえないかもしれないけど…」


 あたしは母さんが入れてくれたお茶を一口飲んで。


「毎日…同じ時間に起きて同じ時間に出社して、渡された仕事をこなして、時々残業して、家に帰ってご飯食べてお風呂に入って寝る。これが…あたしの日常。」


 ゆっくりと…話し始めた。


「そんな中で…彼と出会って恋をして…婚約して……」


「…お姉ちゃん…」


 華月が、あたしの腕に手を添えた。


「あたしは、ごく普通のOLで、ごく普通に生活してて。だけど彼は二階堂っていう特殊な環境に生まれ育った人で…それを理解してるつもりで、これからは結婚して新しい生活が始まるって…ずっと期待してたんだと思う。あたし、少し普通じゃなくなるって。」


 普通が嫌なわけじゃない。

 むしろ、どれほど幸せな事かと思う。

 あたしは、普通の中にいて…それでも普通に幸せな結婚が出来なかった。

 だから…憧れたんだと思う。

 しーくんみたいな…どこか影のある、素敵な男の人に。



「彼は仕事に誇りを持ってた。だから…待ち疲れたあたしの負け。正直…すごくダメージ大きい。別れたのに…一粒の涙も出ない。」


「…とっくに終わってたからじゃねーのか。」


 父さんが低い声で言った。


「…そうだよね。そうかも。でも、最後の電話で彼がチャンスをくれって言ったのを聞いて…もしかしたら…って、また思っちゃうあたしもいたの。できる事なら、やり直したいって…懲りもせず…また思っちゃった。」


「…やり直したいって思ったのに、別れて良かったの?」


 母さんが、言葉に詰まりながら問いかけた。


「…あたし…彼に対して物分りのいいフリばかりしてた。全然、あたしがあたしでいられなかった。」


「……」


「好きだから望みたい事もたくさんあったのに…望まなくていいって、自分で自分に蓋してた…」


 あたしが全然泣かないのに…

 隣で華月が泣き始めた。

 そんな華月の頭を、華音がポンポンってして。


「ま、もう決めたんなら新しい仕事探して、新しい男も見付けりゃいーさ。」


 小さく頷きながら言った。


「あー…しばらく恋はいいかな…まだ全然癒えてないし。」


「……」


「それで…あたし、少し旅に出たいんだけど。」


 本当は面倒な話は全部除いて、いきなりこれだけを切り出したしたかったんだけど。

 さすがに父さんに反対されるかなー…って思って、真面目に、正直に話した。

 だけど…


「どこへ。」


 父さんは…腕組みをして、とことん低い声。


「…さあ…どこか外国。」


「ダメだ。」


「千里…頭ごなしに言わないで。」


「だいたい、男と別れて会社を辞めて外国へ旅行だと?そんなの、隙だらけの自分を誰かに見付けて欲しいって言ってるようなもんじゃねーか。」


 父さんは斜に構えて、冷たい口調。


 …どうして…父さんはいつも、あたしにだけこんなに冷たいんだろう。

 華月には、もっと寛大って言うか…

 甘いのに。


 あたしが、業界人と恋をしなかったから?

 父さんのお気に入りと、出会わなかったから?

 考えてるとムカムカして来た。

 本気で嫌いなわけじゃないけど…今は少し離れたい。


 この家から。

 父さんから。

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