第26話 「…別れた?」

 〇華音かのん


「…別れた?」


 咲華と映画に行ってた華月とのメールを読んで、つい…声に出してしまった。


「何。誰が別れたの。」


 まだ、紅美と二人のルーム。

 俺は眉間にしわを寄せて。


「…咲華と志麻、別れたらしい。」


 低い声でつぶやいた。


「えっ?あんなにラブラブだったのに?」


 紅美も…驚いた。



 俺は華月に『理由聞いとけ。帰ったら詳しく教えてくれ』と返信する。

 すると、華月からOKサインの絵文字が返って来た。



 30分前。

 まだ俺が一人だった時に、志麻から電話があった。


『すみません。今…話して大丈夫ですか?』


「ああ、何だ?」


『咲華に…メールしても返信がなくて…』


 らしくない事を聞いた気がした。


「…おまえ、今日本か?」


『いえ…ドイツに居ます。』


「……」


 志麻は、一度現場に出向くと…一週間や二週間…

 長い時は一ヶ月以上、咲華には連絡して来ない。

 あいつ、よく待ってられるよなー。って、感心してたんだが…

 志麻が、メールをして…

 咲華がそれに返信しない?

 で、それを気にした志麻が俺に電話をして来る?


 ………おかし過ぎるだろ。



「電話してみたか?」


『…繋がりません。』


「まったく…あいつ、よくベッドの上に投げっ放しにしてたりするからなー。後で折り返すから、待ってろ。」


『…お願いします…』


 声が…おかしな感じがした。

 志麻、仕事が忙し過ぎて、病んでんじゃねーか?



 咲華は今日、華月と映画。

 この時間なら、茶でもしてるだろうと思って電話したが…

 電源入ってねーし。


 ちょうどそこで、紅美が来た。

 儀式のようにキスをして、ギターの手入れを始める紅美を見ながら…

 華月にメールした。


『咲華の携帯繋がんねー』


『部屋に放置してるらしいよ』


『志麻からメールが届かないって連絡があったぞ』


『…ビックリ…お姉ちゃん達…別れたんだって…』



 ………はっ?



 志麻の様子から考えて…

 振ったのは咲華だよな…

 どう見ても、咲華が志麻に夢中だったのに。


 …ま、婚約して二年以上…

 なかなか結婚に踏み込まない志麻に、咲華が呆れても…仕方ないよなー…



「…ちょっと電話してくる。」


 紅美にそう言うと。


「早く帰って来てねー。」


 俺を見上げた紅美が…


「……可愛いな。おまえ。」


 紅美の頭を抱えるようにして…キスをする。


「…もう…電話行けなくなるよ?」


「別に、どーでもいーし。」


「またまた…どうせ気にしちゃうんだから、さっさと行っておいでよ。」


「……」


 ちっ。

 紅美にはバレるか。


「続きは後でな。」


「はいはい。」


 ルームを出て、小さく溜息をつきながら志麻に電話をすると…


『はい。』


「……」


 こいつ…スマホ手にして待ってたのか?

 今、コールしなかったぜ…



「…おまえら、別れたのか?」


 とりあえず…切り出してみる。


『…全部…俺が悪いんです…でも…』


「…諦められねー…って?」


『…はい…』


「ちゃんと話し合って別れたんじゃねーのかよ。」


『…咲華は…話し合うチャンスをくれませんでした…』


 あの、咲華が。

 揉め事が嫌いで、博愛主義の咲華が。

 話し合いもなく、志麻を振った。

 おかしな話だな。

 ついでに、俺に向かって『私』じゃなく『俺』って言ってる志麻も。

 どー考えても、いつもの調子じゃねーよな。


「…おまえ、大丈夫なのか?」


 別れたっつっても…妹の男だったし…

 親友である海の部下でもある。

 つい、心配してそう声をかけると…


『…どうにか…なってしまいそうです…』


 予想外の言葉…


『情けない事に…こんな気持ちになったのは初めてで…自分で…どうしたらいいか分からなくて…困っています。』


「……」


 二階堂の者は、二階堂の者としか…だもんな…

 恋愛経験の少ない俺でも、同情するぜ。


 …でもなー…

 志麻が今まで咲華をほったらかしにしてたのを…俺は知らないわけじゃない。

 誕生日も、クリスマスも、何かとイベントの日はことごとく、志麻は不在だった。

 そんな男、女から見たらつまんねーよな。

 俺でさえ、記念日には気を使うぜ?

 て言うか…

 俺は張り切るけどな。


 頭をガシガシと掻いて。


「今夜色々探ってみる。」


 そう言ってみると。


『…お手数かけてすみません…』


 本当に…あの志麻か?と疑ってしまうぐらい…

 情けない声が聞こえた。





「おーい、片割れ。」


 俺がそう声をかけると、振り返った咲華は露骨に嫌な顔をした。


「そりゃないだろ。」


「…この事、みんなには…」


「言わねーよ。」



 基本、咲華は俺達家族の中で、一人だけ生活スタイルが違う。

 唯一のOLだ。

 みんなより、家を出るのが早い。



 昨日、華月と映画に行った咲華。

 俺は志麻からの電話と華月からの報告で、志麻と咲華が別れた事を知った。

 しかも、もう二週間も前に。


 華月に『理由聞いとけ』ってメールして。

 二人はあの後、晩飯も食って…20時頃帰ったらしい。

 俺が帰ったのは、22時頃。

 咲華はすでに部屋に入っていて。

 華月は大部屋でテレビを見ながら俺を待っていた。


「お兄ちゃん遅いっ。」


 21時頃帰るって連絡したからな…

 華月は盛大にブーイングしたが、土産のシュークリームで機嫌が直った。


 家族のボードを見ると、親父と母さんは風呂。

 聖はまだ帰ってない。


「…で?どうだって?」


 華月に紅茶を入れてやって、向かい側に座る。


「んー…いい加減待ち疲れたっつーの。って、笑ってた。」


「…らしくねーな。」


「でしょ。」


 辛い時も笑う。

 それは咲華らしい。


 が…


 待ち疲れた?

 いやいや。

 おまえ、相当我慢強いクセに、何言ってんだ?



「志麻は未練タラタラだったぞ。」


「うーん…だって…お似合いだったもんね…」


「志麻はやたらと自分が悪いって言い張ってたが…浮気でもしたか?」


「……」


 あ。

 やべ。

『酔った勢い』が一番のNGワードだと思ってたが…

『浮気』もダメなのか。


 俺が首をすくめてると。


「…そう言えばね?」


 華月が顎に人差し指を当てて言った。


「お姉ちゃん…傷心旅行にでも行くかなーって言ってた。」


「傷心旅行?」


「うん。それも、失恋って。」


「……」


「お姉ちゃんから振ったんだよね?なのに失恋って、どういう事なのかなって。」


 志麻は仕事第一。

 咲華は…常に仕事に志麻を取られている気持ちだったのかもな…

 人のふり見て…じゃねーけど…

 俺、人のスタジオ付き合ったりすんの、ほどほどにしとこ。




「おまえ、いつからこんな事してんだよ。」


 咲華を助手席に乗せて、車を発進させる。

 今朝、咲華はいつも通り家を出た。

 俺は、そんな咲華の後をつけた。

 と言うのも…


「お姉ちゃん、最近仕事行ってないんじゃないかな…」


 華月がするどい事を言ったからだ。


「なぜ。」


「この間、着替えを持って出かけてるの見ちゃったの。」


「…着替え?」


「うん。最初はジムにでも行くのかなって思ったんだけど、定時で帰って来たから…あれ?と思って。」


「……」



 俺が後をつけると、咲華はバスに乗った。

 そして…

 競馬場の前で降りた。


「…競馬場は初めて。」


 俺に見つかった咲華は、かなり肩を落としてうなだれた。


「仕事は。」


「……」


「休んでんのか?」


「…辞めちゃった。」


「……」



 それから…無言で車を走らせた。

 咲華とドライヴなんて、初めてだ。

 正直…むず痒い。

 でも、咲華の調子が悪いと、俺の調子も狂う。

 これが麗姉と誓兄にもあったって言う、双生児疾患ってやつだろうか。



「紅美ちゃんとは上手くいってる?」


 咲華がそう口に出したのは、つけっぱにしてたラジオから母さんの歌が流れて来た時だった。


「まあ絶好調だな。」


「ふふっ。ごちそうさま。」


 そう言いながらも…俺と紅美の関係は、まだ公表していない。

 知ってるのは…咲華と華月と聖と沙也伽…

 後は、海の向こうにいる沙都と曽根と…海ぐらいか。


 と言うのも…

 紅美に男が出来たって事を薄々勘付いた陸兄が…


『今日はどこで仕事だ?』


『昨日遅かったのはどこに行ってた?』


『誰とどこで飯食ってる?』


 と…細かくチェックするようになったらしく。

 その鬼気迫る口調に、なかなか言い出せないらしい。

 俺としては、別にいいんじゃないかなって思うけど…

 紅美の中で踏ん切りがつかねーなら…と思って。

 俺も、うちの両親にはまだ打ち明けてない。


 早いとこ打ち明けて…結婚にこぎつけたいんだけどなー。



「おっ、そうだ。あいつ今日取材でこっち来てるつってた。合流しよ。」


「もー。わざとこっち来たんじゃない?見せびらかすつもり?」


 咲華に唇を尖らせられながらも。

 俺は紅美が取材を受けてるという木工所を目指した。

 そこは紅美が贔屓にしている木工所で。

 昔から、そこで世界に一つだけの自分のオリジナルギターを作っているらしい。

 俺は割と何でもいい方だから、今持ってるギターを自分で改造して使ったりするが…

 オリジナルってのが…紅美らしくて好きだ。



「取材中に邪魔じゃないの?」


「見るだけだし、別にいーだろ。」


 木工所に着いて、二人で中に入る。

 紅美はギターと一緒に撮影されている所だった。



「はーい、OKです。お疲れ様でした。」


「ありがとうございました。」


 どうやらタイミング良く終わった所らしい。

 俺と咲華は、入り口で紅美が俺達に気付くのを待った。


「あっ。」


 割と早い内に俺達に気付いた紅美は。


「わー!!なんでここに!?」


 嬉しそうな顔で駆け寄った。


 …あー。

 抱きしめてキスしてー!!

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