第17話 朝起きると、沙都とトシはリビングの床に転がって眠っていた。

 〇二階堂 海


 朝起きると、沙都とトシはリビングの床に転がって眠っていた。

 富樫は『今夜はお誘いありがとうございました。ボスの幸福と美味しい和食で私も幸せいっぱいです』とメッセージを残して帰っていた。


「あ、おはよ。」


 足元に転がってる野郎二人をものともせず、咲華は朝食を作ってくれていた。


「おはよう…悪いな。」


「大丈夫。予想はしてたから。」


「いい匂い。何だ?」


 後ろから抱きしめて、咲華が手にしている物を覗き込む。


「ふふっ。これ?」


「あー、リズのか。」


「パパいやしいね。」


「…夕べ食い足りなかったからな…」


 小声で言いながら、耳を甘噛みすると。


「………ばかっ…」


 咲華は真っ赤になって離れた。


「……」


「……」


 ふと、見下ろすと。

 沙都とトシが同時に目を閉じた。


 こいつら…寝たフリか‼︎



「来週帰国するための準備、進めていいか?」


 ベビーベッドでおとなさくしてるリズを抱えて、咲華から離乳食を受け取る。


「あ…うん…あたしは何をすれば?」


「家族の誰とも連絡取ってないのか?」


 華音は結構マメに連絡を取るタイプだと思うが…

 そう言えば、咲華がここにいる間、誰かと連絡を取っているのを見た事がない。

 時差の問題があるとしても…


「…一ヶ月、放っておいてって出て来たから…」


「ご両親がよく許してくれたな。」


「父さんは大反対したけど、おばあちゃまが行け行けって言ってくれて。」


「ふっ…さくらさんらしい。」


「…強くなりたいから、一ヶ月は誰とも連絡取りたくないって言ったの。」


「……」


「…おかげで、すっかりたくましくなった気がする。」


 咲華は元々たくましかったよ。

 言いかけて…やめる。


 たくましくなかったら…二階堂の男とは付き合えない。

 いつ帰って来るか分からない、連絡も取りにくい状態になる事が多い二階堂の男相手に…二年以上待ったんだ。

 十分…強い。



「帰ったら、お互いの家族に挨拶をして…」


「…うん…」


「リズの喜びそうな所に行こう。動物園とか水族館とか…」


「わあ、楽しそう。」


 俺と咲華がそう話してると。


「俺も行きたいっ!!」


 トシが飛び起きた。


「……」


「……」


「つ…ついて行っても…いいかな~?」


「…曽根さん…家族の邪魔っ…」


 遠慮がちに懇願するトシの隣で、沙都もゴソゴソと起き上がった。


「曽根君達は帰国予定ないんでしょ?」


 咲華が沙都に『ご飯?トースト?』と聞いて、キッチンに向かう。


「それが、来週から少しオフが取れたんだもんねー、沙都君。」


「うん。僕らも帰国しようかなって話してたとこ。」


 その言葉に首をすくめた俺の後で。


「わ~、みんなで行けたら楽しそう。」


 咲華が嬉しそうに声を上げた。




 〇二階堂 海


「あ、兄貴。おっはよー。」


「えっ。」


 本部の自室に入ると。


「何、その困り顔。」


「…困り顔なんてしてないぞ?」


 泉が…いた。

 その後ろで、目を細めている富樫が口を動かした。


『頭と姐さんもいらしてます』


 …何事だ?



「いつ来たんだ?」


 腕を組んで来た泉を見下ろしながら言うと。


「さっき…兄ちゃん、何かつけてる?」


 泉は俺に近付いて匂いを嗅いだ。


「何もつけてない。」


「なんか…夕夏みたいな匂いがする。」


「……」


 視線だけを富樫に向けると、これまた富樫は目を細めて苦笑いをした。

 泉は…耳より鼻がいい。

 今朝、離乳食は食べさせたが…ミルク役は沙都が買って出た。

 子供特有の匂いでもするのだろうか。



「ところで、三人揃って連絡もせずに来るなんて、何かあったのか?」


 親父はいつも突然来るが、泉が来る時は事前に連絡が入る。

 泉は意外と人気者だ。

 どこの現場でも欲しいと言われる。

 あ、女としてではなく、戦力として。



「ところが三人じゃないんだなー。姉ちゃんも来てる。」


「え?空も?」


 ますます何事かと目を細めると。


「じいちゃんから会いたいってラブコールがあったんだって。今なら比較的暇だし、家族が揃って会いに行けるんじゃないって事で来た。」


 全く…

 なぜそういう事を、こっちにいる俺に先に言わないかな。

 突然来られても大して驚かないのを知っていながら、親父達は俺を驚かそうとしてるのか…いつも突然やって来ては。


『驚いたか』


 と、笑いながら言う。

 もう何年も、毎月やられると…さすがに驚かないって。


 ふと気が付くと、富樫が瞬きを多くしながら俺を見ている。

 少し首を傾げると、富樫はさりげなく自分の左手の薬指を右手で指差した。


 …あ。

 したままだ。



「久しぶりね、海。」


 そこへ、母さんもやって来た。


「驚いたか。」


 …親父も。


「ああ。驚いたね。揃ってやって来るなんて。」


 そう言った俺に、『な?』なんて言いながら母さんと笑い合う親父。

 そこで…急に言う気になった。


「親父、母さん。」


「ん?」


「なあに?」


「…泉。」


「え?」


 富樫が目を見開いて、背筋を伸ばす。

 その姿がなぜか滑稽に思えて…緊張が飛んだ。


「俺…結婚した。」


 左手の薬指をヒラヒラと見せながらそう言うと。


「……」


「……」


「……」


 三人は口を開けて俺を見た。

 するとそこに…


「おはよ。」


 ドアを開けて入って来た空と。


「お久しぶりです。よ、海。久しぶり。」


 続いて入って来た、夕夏を抱えたわっちゃん。


「あっああ…あっ…」


 泉が狼狽えて二人に駆け寄って。


「どしたの、泉。」


 空に笑われてる。


「にっににににに…」


「に?」


「兄ちゃんがっ!!」


「…何。兄貴なら、そこにいるけど。」


 親父と母さんは、相変わらず俺を見てポカンとしたまま。


「わっちゃん、空。俺…結婚したんだ。」


 二人にもそう告白すると。


「………えっ!?」


 二人は同時に声を上げた後。


「…誰と!?」


 今度は…全員が声を揃えて言った。



 ……息ピッタリだな。





「もしもし…咲華?」


 あれから…当然だが、質問責めにあった。


「相手は!?」


「いつ!?」


「まさか…できちゃった婚!?」


「本部の人間!?」


「なぜ早く言わない!!」


 …ごもっとも。



『あ、海さん?珍しいね。こんな時間に。』


 確かに…

 いつもは用があっても、メールがほとんどだ。

 ましてや、家を出たのは一時間前。


「忙しいか?」


『え?今?』


「ああ。」


『沙都ちゃんと曽根君がリズちゃんと遊んでくれてるから、お掃除もお洗濯もはかどってる所。』


「そうか…」


『…何かあったの?』


「…実は…」



 質問責めにあった俺は。


「じいさんの所に行くんだろ?その時に説明する。」


 そう言った…が。


「紹介してよ。」


 母さんが力を込めて言った。


「……」


 俺がそれに対して無言でいると。


「先代の所で紹介してもらおう。」


 親父がそう言って。


「あ、それいいね。」


「大賛成。」


「楽しみ。」


「……」


 全員が…期待の眼差しだった。


 いや…

 期待じゃなくて…


『嫌とは言わせない』


 だな…。



 そんなわけで…


『えっ…ご家族の皆さんが…?』


「ああ…揃ってる。この際だから、紹介していいか?」


『…あ…あたし、ちゃんとした服がないけど…』


「いつもの服でいいよ。」


 咲華はいつも…白か生成色のシャツに、ふわっとしたスカートといういでたちだ。

 緩く編んだ髪の毛が、これまた…可愛い。

 とてもシンプルで、俺は好きだ。



『…緊張しちゃう…』


 咲華の小さな声。


「大丈夫。」


『…だってあたし…』


「……」


『…印象…悪いと思うけど…』


 それは…志麻と別れたから…という意味か。

 …別れた理由は、俺も知らない。

 だが、今俺達が幸せな事には変わりないんだ。

 それをちゃんと話そう。



「ずっと隣にいるから大丈夫。」


『……』


「俺を信じて。」


『……分かった。』


「30分後に帰るから。リズの支度も頼むよ。」


『うん…じゃ、また後で。』



 電話を切って大きく息をつく。


「ボス…頼もしいです。」


 背後から声を掛けられて驚くと、富樫が目を輝かせて立っていた。


「なっ…ず…ずっといたのか?」


 俺の問いかけに、富樫は静かに瞬きをしただけだった。


「…テンパってるらしいな。俺は。」


 苦笑いしながら髪の毛をかきあげると。


「テンパってなどおられませんよ。周りの事など、もう気になさっておられないだけです。」


 富樫は…自分の言葉に酷く納得したように、頷いた。




 〇二階堂 泉


「おお…夕夏も来てくれたのか~。」


「ひーじーちゃっ。」


「まあ、上手にお喋り出来るようになったわね~。」


 目の前で、じーちゃんとばーちゃんが夕夏にメロメロになってるんだけど…

 あたし達は…

 今から兄貴が連れて来るであろう『兄貴の結婚相手』に、若干緊張してた。


 特にあたしは…

 少し機嫌が悪い。


 だってさ…結婚だよ!?

 人生の大イベントじゃん!!

 それを…

 家族に内緒でって、どういう事ー!?


 あたし達が乗り込んだ事自体がサプライズだったはずなのに、兄貴にサプライズ返しをされて。

 …若干…父さんの元気がない。

 もう…父さん、兄貴の事大好きだからなー…

 って、あたしもなんだけど。



「…兄貴、付き合ってる人いたの?」


 姉ちゃんが小声で聞いてきた。


「あたしは聞いてないよ…」


「俺も初耳だ…」


 わっちゃんにぐらいは相談してるのかと思ったけど…

 まさか、誰も知らないなんて。


「…もしかして、華月の兄ちゃんなら知ってんのかな。」


 兄貴の親友になったという…華月の兄なら。


「なるほど…でもまあ…もうすぐ来るから、それを待とう…」


 姉ちゃんとわっちゃんとでコソコソと話してると。


「海が…結婚…」


 母さんが、感慨深そうな声で言った。


「…朝子と色々あったから…結婚に夢は持たないかと思ったけど…良かったわ…」


 え。

 えええええええ!?


「内緒で結婚されてたのに、良かったの?」


 母さんの隣に並んで、小声だけど凄んで言ってしまうと。


「今から紹介してくれるじゃない。」


 母さんは、思い出したように笑顔になった。


「でも…」


「海が選んだ人なら、母さんは大賛成。あの子の薬指に指輪が光る日が来るなんて…あっても遠いと思ってた。」


「……」


 それを言われると…確かにそうなんだよね…

 あたし…

 てっきり兄貴は、今も紅美を好きなんだと思ってた。

 今はもう友達だって言ったとしても。

 だって…あたしだけが勝手に思ってるのかもしんないけど、兄貴と紅美って結構ドラマチックだったと思う。

 単なる好きだけじゃ、くっつけない関係だったもん。


 あたしはたぶん、兄貴の相手が誰でも…内心いい気はしないんだ。

 朝子とは元々が決められた関係だっただけに、兄貴の気持ちは朝子に向いてないのは何となく分かってたから、家のための結婚って感じで。

 それはそれで、納得だったんだよ。

 兄貴の気持ちがそこにない方が。

 それに、安心してた。


 兄貴が紅美を想っても…もう紅美は兄貴に戻らない。

 なぜなら…

 華月の兄と付き合い始めて、超ラブラブだって聞いたから。

 ま、それもまだシークレットみたいだけど。

 誰に聞いたかってのも、あたしも言えないけど。


 なのに…

 兄貴…

 結婚…


 ガーン。


 いや…いいんだけどさ…

 兄貴の幸せだから…

 いいんだけどさ…



「…泉、顔に出過ぎ。」


 姉ちゃんに肘で突かれて、尖った唇のまま姉ちゃんを見る。


「…だって…あたし達の知らない女に…兄ちゃん取られるなんて…」


 まだ、紅美か朝子が良かったよー!!


「ブラコンなのは知ってたが、筋金入りだな…」


「うるさい、わっちゃん。」


 ブツブツとそんな会話をしてると…


「遅くなってごめん。」


 廊下から、足音と共に…兄貴の声が聞こえて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る