第16話 今日も平和な一日で。
〇二階堂 海
今日も平和な一日で。
18時過ぎには富樫とエレベーターに乗った。
今から帰るとメールをすると。
『沙都ちゃんと曽根君が帰りました。今夜は少しお料理頑張る』
と咲華から返信が。
『悪い。あの二人の事、すっかり忘れてた。二人とも…大丈夫か?』
そう返すと。
『曽根君は少し不機嫌そう。でも大丈夫。やっつけた』
「やっつけた?」
首を傾げて、つい…つぶやいてしまった。
「奥様からですか?」
富樫が首を傾げて俺を見る。
「ああ…沙都とトシが帰ったらしい。」
「…お二人に報告…」
「…忘れていた。」
「…ボス…」
富樫の苦笑いを視界の隅に入れながら。
『今日、富樫にも報告した。連れて帰っていいか?』
そうメールすると。
『何人でもどうぞヽ(´∀`)ノただ、リズちゃんが興奮して眠らないかも。パパ頑張って♡』
「……」
つい、スマホを眺めたまま口元を緩める。
ハッと気付いて富樫を見ると。
「いえ…私は何も…見ておりません。」
…見られてたか。
どうも最近、顔を引き締める事を忘れがちな気がする。
しかし、それが素の俺なら…
…これは、いい事だ。
「富樫、今夜何もないなら、うちに来ないか?」
駐車場に向かいながら言うと。
「えっ…私がですか?」
「ちゃんと紹介したい。」
「……」
富樫は少し感激したような顔を見せたが。
「しっしかし…頭より先に紹介していただくのは気が引けます。」
そう言って、顔を引き締めた。
「ははっ。それもそうか。でも俺がそうしたい。富樫さえ良ければ、来てくれ。」
車のドアを開けて言うと。
「……では、一度帰ってからお伺いします。」
少し…嬉しさを隠しきれないような顔で答えた。
「奥様は甘い物はお好きですか?」
「食べる事が大好きだから何でも喜ぶ。だが、甘い物は特に別腹だ。」
富樫の問いかけに笑いながら答えると。
「頼もしいですね。では、何か見繕ってお持ちいたします。」
富樫も普通に…笑顔になった。
「ありがとう。」
「では後ほど。」
…さて。
沙都はともかく…トシか。
あいつ、志麻や富樫とは、勝手に仲間意識を持ってる風だったからな…
一度話せばみんな仲間。みたいに思える所が…トシのすごい所だ。
人を観察し分析する二階堂の人間には、なかなか出来ない。
それが例えオフの時でも。
「ただいま。」
家に帰り着いて玄関のドアを開けると。
「ニカー!!会いたかったぜー!!」
相変わらずのトシが跳びついて来て。
「おかえり。元気そうだな。」
適当にそれをあしらいながら。
「沙都、おかえり。」
皿を並べている沙都に声をかける。
「海君もおかえりー。」
世界で大ヒットを飛ばし続けているシンガーとは思えない、可愛い奴。
ベビーベッドには、リズ。
座ったまま、咲華がどこかで買って来たタオル生地の人形を手にして遊んでいる。
「ただいま。」
頭を撫でると。
「あー。」
人形を掲げて俺に見せた。
「あ、おかえりなさい。」
咲華がリズの離乳食を片手にキッチンから出て来て。
「富樫さんは?」
俺の後にトシしかいないのを確認して言った。
「ただいま。一度帰ってから来る。」
咲華の腰に手を回して、いつものように額にキスすると…
「……」
「……」
沙都とトシが注目していた。
「…俺がやろう。着替えて来る。」
「あ、うん…ありがと。」
二人がいようがいまいが…もう、俺の中では、生活の一部だ。
咲華も…リズも…
咲華にキスする事も。
それから…
着替えて、ソファーでリズに離乳食を食べさせた。
俺のそんな姿が珍しいのか、トシは何枚も同じ写真を撮った。
咲華がちらし寿司をテーブルの真ん中にドンと置いた頃、富樫が飲み物と甘い物と花と風船を持ってやって来た。
「富樫武彦といいます。ご結婚おめでとうございます。」
富樫の挨拶に、沙都とトシは何かを思い出したように。
「おめでとう、海君、サクちゃん。」
「おめでとうっ!!ニカ!!サクちゃん!!」
とってつけたように、そう言った。
「ありがとうございます。あ…富樫さん、ベッド…すごく寝心地いいです。」
「それは良かったです。かなり吟味して選びました。」
「おかげで、横になったらすぐ寝てる。」
「う…海さんだって。」
「俺が先に寝たのは一度ぐらいだろ?」
「…だって、本当に寝心地良くて…」
「はいはい。ごちそーさまー。俺、もう腹ペコなんだけど。」
「……富樫、娘のリズだ。」
「はあああ…天使ですね…」
「本当だよね。リズちゃん、初対面の僕でも泣かずに抱っこされて…ほんっと可愛い。」
「咲華、富樫と沙都に一番美味い酒を。」
「はーい。」
「なっ!!ニカ!!俺には~!?写真いっぱい撮ったじゃないか~!!」
…幸せだ。
まだ、越えなくてはならない物が多くあるが。
俺は、今、この瞬間の幸せを強く噛みしめた。
これから訪れるであろう、高い壁や波を…
…大丈夫。
乗り越えられる。
〇
「すごく幸せそうだね…海君もサクちゃんも…」
僕がそう言うと、曽根さんは少しだけ唇を尖らせて。
「まあ…腑に落ちない部分もあるけど…」
ちびちびと酒を口にして。
「でもま…確かに…ニカのあんな幸せそうな顔、初めてだもんな。」
笑顔になった。
ちょっとした宴の後、海君はリズちゃんを寝かし付けるって二階に上がって。
もう…すっかりパパだ!!って、盛り上がった。
サクちゃんも簡単に片付けを済ませると。
「ゆっくり飲んで。おつまみが足りなかったら、冷蔵庫にあるから。」
そう言って、お酒をたくさんテーブルに置いて二階に上がった。
サクちゃんの作った和食は、何だか懐かしい感じがした。
ノン君と、さくらばあちゃんの味だ。
「私は…ボスが色々苦悩されているお姿をずっと見て来ましたので…今のボスの幸せが嬉しくてたまりません。」
海君の部下である富樫さんが、そう言ってグラスを掲げた。
宴の時も、終始海君の幸せそうな顔に涙ぐんでた。
…うん。
海君…色々あったもんね。
紅美ちゃんとも朝子ちゃんともダメになって…
海君が、愛しそうな目でサクちゃんとリズちゃんを見てる姿…ちょっと羨ましかった。
僕も…紅美ちゃんと別れて、もう…恋はいいやって。
そう思いながらも…たまに、寂しいなって思う。
今は歌う事に必死だし、今でも…紅美ちゃんを好きだから…他の人には目も気持ちも向かないけど。
海君は…出会えたんだよね。
それが、まさかのサクちゃんってのがすごいけどさ。
「ニカはガシに苦悩を告白してたのか?」
曽根さんのこういう所、すごいな…って思うんだけど。
富樫さんって、曽根さんより年上だよね。
しかも、ガシって。
海君の事も…ニカだもんなあ。
「いえ、プライベートな事は私が勝手に推測しておりました。仕事の面での苦悩は…私共の想像を絶する極地に立たされる事がたびたび…」
「そっか…海君、二階堂のトップだもんね。僕らには言わないけど、抱えてる事の規模が違うよね。」
「それでも…仕事に対しての愚痴や不満は一言も漏らされません。」
「あー…俺、グレイスに叱られたぐらいで辞めたくなるの、反省する…」
昔、みんなで温泉に行ってた頃の海君は引率の先生みたいで。
ちょうど桜花の高等部に体育教師として潜入してた時期だったから、本当に先生みたいで。
だから自然と『しっかり者』とかってイメージしかなくて。
だけど、こうして一緒に暮らすようになって…海君が育って来た環境を垣間見ることが出来たと言うか…
『だらしなくする事が出来ない。』
それは、海君には当たり前なんだろうけど…
息が詰まる瞬間って、絶対あるはずだよ…って心配だった。
それでも、ノン君とのバトルや曽根さんの天然さに揉まれたからか…
海君、以前よりずっとオンとオフの使い分けが出来るようになったし、笑顔も増えた。
ただ…みんなと居るのに孤独を感じさせる所は…どこかあったような気がする。
「咲華さんとご結婚されてからのボスは、本当に…今まで見た事のないような幸せなお顔でスマホを見られて。」
「えー…連絡取り合ってニヤニヤしてるニカって、ちょっと想像つかないなあ…」
「曽根さん、海君の幸せをいちいちそうやって不満そうに言わないの。」
「不満なんかないさ。ないけど…よりによってって感じじゃんか。もしキリと紅美ちゃんが結婚したら、ニカは紅美ちゃんとも家族になっちゃうわけだしさ。」
曽根さんがそう言った瞬間、僕と富樫さんは顔を見合わせた。
「本当だ…サクちゃん、知ってるのかな…海君と…」
「どうでしょう…しかし、ボスと紅美さんがお付き合いされていたのは昔の事ですし。今は、幸せなのですから構わないのでは?」
富樫さんの堂々とした言葉に、何だか…すごくスッキリした。
「うん…そうだよね。」
「私は、志麻に対しても後ろめたさは不要ですとボスに伝えました。」
「え~…ガシ、意外と冷たいなあ…」
曽根さんは唇を尖らせて言ったけど。
「二年以上、結婚を目の前にちらつかせていただけの男に同情できますか?」
す…
すごい…富樫さん。
「確かに…志麻には辛い現実かもしれません。ですが私は…志麻のせいで二年以上もの時間を待つだけで過ごされた咲華さんのご結婚を、心から祝福しております。」
パチパチパチパチ。
僕、つい立ち上がって拍手してしまった!!
確かに…しーくんには辛い現実かもって思う。
だけど…そうだよ!!
僕だって…紅美ちゃんの事、忙しさにかまけて蔑ろにして…
その結果、すごく不安にさせたり…二人の間に溝を作ってしまった。
サクちゃん、頑張ったんだよ。
二年以上もさ。
幸せになったって、誰も文句言わないよ!!
「富樫さん、僕の思ってる事、まんま言ってくれた。ありがとう。」
「い…いえ。ですが…これから多方面に挨拶される事で、色々困難も生じるかと思いますが…私は全力でサポートしたいと思っております。」
じーん。
もう…僕の中で富樫さんの好感度がぐーんとアップ!!
今まで、海君の部下の人。
いい人。
ぐらいにしか思ってなかったけど…
なんて男気に溢れるカッコいい人なんだろう!!
「僕も賛同します!!富樫さん、一緒に応援しましょう!!」
「ありがとうございます。心強いです。」
僕と富樫さんがガシッと握手をしながらそう言ってるそばで。
「もー…俺だって、幸せは願ってるのにー。」
唇を尖らせた曽根さんが。
「早くキリの反応見たいぜ…」
テーブルに突っ伏して、本音を漏らした。
〇二階堂 海
沙都とトシが帰って来て、富樫も招待して賑やかな夜になった。
普段より三人も多い事に少し興奮したリズは、予想通りいつもより目をパッチリとさせていた。
さすがにこれじゃあ…って事で、俺が先にリズを連れて寝室へ。
ベッドの上で二人で横になって、お腹を触っている内に…眠りそうになったリズ。
…ずっと見ていても見飽きない。
本当に可愛い。
「もうむず痒くないのか?」
唇を下げて歯を覗き込む。
「ひゃはっ!!」
それだけの事で、大げさに笑うリズ。
本当に…癒される。
しばらくして、リズは眠った。
リズをベビーベッドに寝かせて、今月のスケジュールを眺めていると。
「まだ飲みたそうだったから、ほったらかして来ちゃった。」
咲華が笑いながら寝室に入って来た。
「いいだろ。富樫も知らない仲じゃない。」
咲華は眠ったリズの顔を覗き込んで。
「…本当に人見知りしない子。」
小さく笑った。
確かに…
リズは、初対面の沙都とトシと富樫、誰に対しても笑顔だった。
「ちらし寿司、美味かった。」
スケジュール帳を閉じて、咲華に腕を伸ばす。
「ほんと?嬉しい。」
すると、咲華は素直に腕の中に来てくれた。
満たされた気持ちになりながら、そのまま咲華を抱き寄せて横になる。
「…来週、帰国してお互いの家族に会わないか?」
髪の毛を撫でながらそう言うと。
「……」
咲華は無言。
位置的に表情が見えない…横になったのは失敗だったな。
「まだ気持ちに踏ん切りがつかない?」
少しだけ身体を起こして、咲華の顔を覗き込むと。
「あ…ごめん…そうじゃないの。」
意外にも…咲華は赤い顔をしていた。
「そうじゃないとは?」
「…踏ん切りがつかないとかじゃなくて…これはその…」
「ん?」
「…腕を出されて…すごく素直にここに来た自分に…ビックリって言うか…」
「……」
「えっと…いいの。何でもない。来週ね?うん…来週帰…」
咲華の言葉の途中、唇を塞いだ。
あまりにも…咲華が可愛くて。
「…約束する。」
唇が離れて、小さくつぶやくと。
咲華は、何?と目で言った。
「咲華を不安にさせない。」
「…海さん…」
紅美との事を打ち明けて…それで解決ってわけじゃないのは分かってる。
これからも、俺達は紅美と顔を合わせる事がある。
その時、咲華が不安にならないよう…
俺の気持ちは、もう…全て咲華に向いてる事を、ちゃんと伝えていきたい。
「正直…もう、こんなに誰かを好きになる事はないと思ってた。」
「……」
「こんな事を言ってる自分に驚きだ。」
小さく笑うと、咲華も目を細めて。
「…あたし…」
俺の胸に顔を埋めて。
「…海さんの気持ちに…追い付けるかな…」
「…少しずつでいい。俺を知って、信じて欲しい。」
「続きがあるの。」
「ん?」
ギュッと俺のTシャツを掴んだ。
「追い付けるかな………って…昨夜思ったのに…」
「うん。」
「…今、同じ気持ちなんだなって思った。」
「………え?」
咲華の顔を見たくて離れようとすると、咲華は無理矢理俺の胸に顔を埋めたまま。
「恥ずかしいから、このまま言わせて?」
そうつぶやいた。
「……顔を見て聞きたいが…まあ、百歩譲ろう。」
髪の毛を撫でる。
「…富樫さんが…ね?」
「うん。」
「…今日、海さんが職場で指輪をして見せてくれた…って。」
「…うん。」
「あたし…それ聞いて…泣きたくなるほど嬉しかった。」
「……」
「あたし、たぶん…意外と面倒臭い女なんだと思うの。」
「……」
「だけど…一途だと…自分では思ってる。」
「…ああ。」
「だから…正直、こんなに早い展開で…海さんに気持ちを持って行かれるなんて…自分でも驚いてる…」
「……」
俺に、気持ちを持って行かれる…?
「…つまり、俺の事を?」
頭をギュッと抱き寄せて、耳元で問いかける。
「…好き…」
「…もう一回。」
「……好き。」
「もっと聞きたい…」
「…大好き…」
もう、死んでもいい…という表現は好きではないが…
それぐらいの気持ちが湧いた。
俺がそれほどに想っているなんて、自分で驚きだ。
「…幸せだ。」
俺がそうつぶやくと、咲華は少しだけ顔を上げて…笑顔を見せてくれた。
「…うちの父さん…難癖つけると思う…」
「殴られる覚悟はある。」
「殴らせない。」
「ふっ…」
「あたしだって…海さんを守りたい。」
「……」
「ほんとよ?」
咲華を抱えて仰向けになる。
俺の上に乗った咲華は少し恥ずかしそうな顔をしたが。
「…しまったな。あいつらに、強い酒を渡しておけば良かった。」
俺がそう言って笑うと。
「大丈夫。置いて来た。」
咲華は…
「…静かに…しよ?」
そう言って、俺の首筋に唇を落とした。
…静かになんて。
無理だろ(笑)
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