第2話 「な…何これ…」
〇桐生院咲華
「な…何これ…」
あたしはシャワーを浴びながら…愕然としてた。
だって…
これって…
「あたし…」
ザーザーと頭からシャワーを浴びながら。
あたしは…左手を呆然と見た。
左手の薬指に…指輪…
これ…
どういう…事?
あたし…
結婚…した…とか?
「…まさかね…ないない…」
とりあえず指輪はそのままにして、あたしは頭をガシガシと洗った。
…一ヶ月前…しーくんに別れを告げた。
そして…会社も辞めた。
一人で旅に出たいと言って、父さんには猛反対されたけど…
おばあちゃまに背中を押されて…
あたしは、来た。
来たけど…
いきなり、まさかの展開だよ~…
夕べは…自分らしくない事をしたくて。
カジノで遊んだ。
遊びまくった。
欲が無かったのが良かったのか…
あたしは、周りが驚くほど…たった数時間で、お金持ちになってしまった。
それで、近くにいた人達と…飲みに行った。
小さな、お店。
お店の前にあった赤いバラのドライフラワーが、すごく印象的だった。
みんな、あたしがカジノで大儲けしたって分かってるのに、全然…たかりもしないで。
反対に、何しに日本から来たのかって聞かれて。
失恋旅行だ…って、正直に言ってしまうと…
「それは新しい恋をするしかない!!」
って…
「……」
何となく…記憶が蘇って来た。
新しい恋をするしかないって言い張ってた皆さん。
そこには色んな人がいた。
…そう。
色んな人が…いた…ね…
例えば…貴金属を売って歩いてる人とか…
「……」
左手の薬指を見つめる。
もしかして…あたし…
あの人からコレ買ったのかな…
それから…
何にでも、どんな文字でも彫れる!!って言ってた彫り師さん。
「……」
ど…どうする?
この指輪外して見たら、名前とか日付とか…
ドキドキしながら指輪を外して内側を見てみた。
だけどそこには何もなくて…
「は~……」
少し…安心した。
確か、他にも…占い師さんだとか…毎日その店に通ってるっていうピザ屋さんだとか…
健康食品を売ってる人とか…学校の先生とか…
本当に、色んな人がいた。
あたし、その人達とすごく意気投合して…
乾杯…何度もした…かも。
う…
その後は…?
〇二階堂 海
俺はスマホを手にしたまま固まって。
続いて…自分の左手の薬指を確認して…ソファーに倒れ込んだ。
スマホの画面には、俺と桐生院咲華が満面の笑みでお揃いの指輪を見せている画像。
俺は…
酔っ払って…結婚してしまったのか!?
そして、それを嬉しそうに写真に撮って…待ち受け画面に設定したと言うのか!?
「…すみません…シャワー…お先にいただきました…あと…タオルもお借りしました…」
遠慮がちな声に少しだけ振り向くと、身体にバスタオルを巻いた桐生院咲華が脱ぎ捨てた服を拾い集めている。
「ああ…いいえ…」
視線を壁に移して、頭の中を整理しようとした。
何から話そう。
俺達、結婚したんですね。
…いやいや、違うだろ…。
「…シャワー、されますか?」
「…とりあえず、そうします。その後で…色々話したいので、少しお待ちください。」
「…はい…」
腰にバスタオルを巻いて立ち上がると、桐生院咲華は少し位置をずらして…俺に通り道を作った。
「……」
無言で通り過ぎながら、脱ぎ捨てた服を拾い集める。
しかし…本当に…
こんな事…誰にも言えない。
適当にシャワーを済ませてリビングに戻ると、桐生院咲華は…自分のスマホを手にしてわなわなと震えていた。
ちなみに…すでに服を着ていて。
こんな時なのに、少しガッカリした気がする。
…軽い現実逃避だな…
「…そこには何が?」
まだ少し濡れた髪の毛をかきあげながら問いかけると。
「あっ…え………あの…」
かなり…動揺した様子だ。
俺は、自分のスマホを手にして。
「…俺のは…待ち受けがこれになってました。」
笑顔のツーショットを見せる。
…どこから見ても、カップルだ。
「…あたしのは…」
桐生院咲華は俺の待ち受けは大した事ないと言わんばかりに…
「…動画?」
「…信じられない…あたし…」
渡されたスマホの画面を見ると…
『あたし達、結婚しまーす!!』
『結婚するぜー!!』
「えっ…」
俺と桐生院咲華が…婚姻届にサインをしている…
それから、次の動画を再生すると…
『海さん、幸せになろうねー!!』
『咲華、今日から二階堂咲華だ!!』
…教会…
俺が…桐生院咲華を抱き上げている…
『やっと結婚出来たー!!』
『あははははは!!』
『笑うなんてひどーい!!』
『悪い悪い……ごめん…』
『ん……』
目を…見開いた。
俺は…桐生院咲華と…
かなり濃厚な…キスを…
「……」
言葉を失くしながらも、次の動画を再生すると…
「はっ…」
「えっ!!他にまだ入ってたんですかー!?」
どうも…その存在を知らなかったのか、桐生院咲華は慌てて俺の手元からスマホを奪おうとしたが…
条件反射でつい…かわしてしまった。
「わ…悪い…つい…」
空振りに終わって、つんのめった状態になってる桐生院咲華は、恨めしそうな顔で振り返って。
「な…何の動画が…」
「……」
一時停止を押したまま、スマホを返した。
それを手にした桐生院咲華は…
『あん…っ…あっ…』
『はっ…あ…』
「!!!!!!!!!」
真っ赤になって顔を上げると…
「どうしてこんなのーーーーーー!!」
「うわっ!!」
俺に、スマホを投げつけた。
それをキャッチして、ついでに…倒れかけた桐生院咲華も抱きかかえた。
「大丈夫ですか?」
抱きかかえたまま顔を覗き込むと…
「あーん!!」
…あーん…?
聴き慣れない声に、二人で顔を見合わせる。
声がしたのは…ソファーの後…
「……」
桐生院咲華から手を離して、そこを見ると…
「………え。」
そこには…バスケットに入って泣いている赤ん坊がいた…。
「こ…この子はいったい…」
バスケットの中で火がついたように泣きじゃくる赤ん坊。
俺達があれだけ大騒ぎ(目覚めてからの騒動)してたのに…
「今まで、ずっとここで寝てたのか…?」
俺が眉間にしわを寄せてつぶやくと。
「ああ…どうしたのー?」
狼狽える俺とは反対に、桐生院咲華は赤ん坊を抱き上げて。
「お腹すいたのかな?それともオムツかな?」
赤ん坊の顔を見ながら言った。
「…君が連れて?」
「まさか。でも…もう何があっても不思議じゃない感じだから…」
…確かに。
「…誘拐してない事を祈りたい。」
俺はそう言うと、スマホを手にして赤ん坊の捜索願が出ていないか調べた。
…とりあえず、誘拐はしていないようだ。
「トートバッグにミルクが入ってる…あと…離乳食のレシピ…」
どうやらバスケットのそばにあるトートバッグに、ミルクや紙オムツが入っているようだ。
「…えーと…何か食べさせて…オムツ交換もした形跡が…」
「え?」
「…あたしは記憶がありませんが…」
「…俺にもないです。」
「……」
「……」
…全く…
本当に、全く記憶がない。
俺は、こんなに記憶を失くすほど、酔った事はない。
…誰か夢だと言ってくれ。
とは言っても、赤ん坊に罪はない。
桐生院咲華に抱かれて少しは泣き止みはしたものの、まだ少し愚図っている赤ん坊。
「待ってね…すぐ作るからね…」
桐生院咲華は赤ん坊にそう言うと。
「少しお願いしていいですか?」
赤ん坊を俺に手渡そうとした。
「えっ。」
「とりあえず、ミルクを作ります。」
「…分かりました。」
小さな頃は、空や泉の面倒を見た。
姪っ子の夕夏の子守も、した事は…ある。
大丈夫だ。
自分に言い聞かせながら、桐生院咲華の手から赤ん坊を引き取る。
「……」
小さくて柔らかい。
その存在を手にして…俺は少し苦しくなった。
…俺は…紅美との子供を死なせてしまった。
紅美と別れた時、決めた。
一生結婚も…子供を持つ事もない、と。
………酔っ払って結婚したなんて、どうすればいいんだ。
幸い少し落ち着いた赤ん坊をソファーに寝かせ、写真を撮る。
そして、それをデータファイルに照合させた。
「……」
リストが出て来た。
赤ん坊の名前は『リズ』…生後六ヶ月。
そして…
俺の…
養女!?
〇桐生院咲華
「…つまり…」
あたしはミルクを『リズ』ちゃんにあげながら…海さんに言った。
「…あたし達は結婚して…このリズちゃんは…あたし達が引き取って娘って事に…?」
「…そのようです。」
海さんは頭を抱えて、腕の中のリズちゃんは、すごい勢いでミルクを飲んでる。
…お腹すいてたんだなあ…
もっと早く自己主張すれば良かったのに…
って…
寝てたんだっけ。
あんな騒動(…目覚めてからのアレコレ)の中でも。
…寝太郎で食いしん坊って、何だか親近感…
「この子…孤児って事ですか?」
「……」
「……」
「……」
「あの…」
問いかけに無言の海さんの顔を覗き込む。
海さんは表情も変えず、リズちゃんをじっと見て。
「…そうですね。孤児です。」
低い声で言った。
…言いたくない何かがあるみたいだけど…
この子、『あたし達の子』って事になってるんだよね?
だったら教えてくれないと!!
…って、夫婦の実感なんてないけど…
でも、こうなってしまった今…リズちゃんが頼れるのはあたし達だけなのよ!?
海さんがスマホでさっさと調べたって事は…
二階堂関連なのかな…
…事件に巻き込まれた人の子供…とか?
…でも、二階堂は一般人を巻き込まないよう最善を尽くすって聞いたから…
「…何か悪い事をした人の子供ですか?」
他意はないけど小声で言うと。
「……」
無言の海さんは、視線をリズちゃんからあたしに上げた。
…表情は…変わらない。
うーん。
二階堂の人って表情読めないなあ。
しーく………
…もう、関係ない。
だってあたし…結婚しちゃったし。
「…正直に?」
「お願いします。」
「……」
海さんはそう言ったものの…またしばらく無言になった。
だけど待つ事に慣れてるあたしは、リズちゃんにミルクをあげ続けながら言葉を待った。
時々目が合うと、あたしの事穴が開くほど見入るリズちゃん。
ふふっ…可愛いなあ…
ミルクを飲み干して、ぷはーって顔をしたリズちゃんに笑ってると。
「…この子の両親共に、二階堂が追っていた事件の犯人です。」
海さんがリズちゃんを見ながら言った。
「…その両親に人質にされ…」
「酷い。」
眉間にしわを寄せてキッパリ言うと、腕の中のリズちゃんが少しビクッとした。
「あっ…あ~ごめんね。大丈夫。」
顔を近付けて笑顔で言うと。
リズちゃんはニパッと笑顔になった。
…か…可愛い…
その可愛らしさに、つい頬擦りしちゃう。
「…その子は…志麻が助け出しました。」
「………」
…え?
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