第8話 東 圭司

「やっほー。」


 俺が風呂屋の前で、出て来た女性陣に手を振ると。


「帰るぞ、知花ちはな。じゃ、みんなまた明日。」


 かみがすげー早口でそう言って、まるで知花ちゃんを荷物みたいにズイッと抱えて帰って行った。


「……」


「……」


「……」


「…相変わらずね、千里。」


 俺らが唖然として神の去った方向を見てると、ひとみが首をすくめて言った。


「ついでに、みんなでご飯食べて帰ろうって思ってたのに。」


「あー、無理だよ。神、知花ちゃんと家に居るのが好きなんだから。」


「あれで婿養子なんて…信じられない。」


「むしろ我慢してる嫁さんが偉い…」


 最後の京介の言葉に。


「知花ちゃん、我慢してるのかな?」


 瞳が俺を見る。


「俺から見たら、結構神の事を手の平で…」


「知花は機嫌損ねると神さんもタジタジだからね…ま、お似合いの夫婦よ。」


 結局、四人でご飯を食べて帰る事にした。

 どこに行く?って話して、神のお気に入りの香津こうづに行こうって事になった。

 神いないのにね。



「ねえ、千里ってまだ老眼かけないんだって。」


 瞳がそう言いながらビールを飲んで。


「あー、神って透視できるぐらい目がいいって自慢してるもんねー。」


 俺がそう言うと。


「バカじゃないの…」


 瞳は前髪をかきあげた。


「新聞も読むって。」


 聖子ちゃんが京介に言うと。


「俺だって読むぜ?」


「スポーツ欄だけでしょ。」


「何言ってんだ。ちゃんと読んでる。」


「官能小説って言うんじゃないでしょうね。」


「う…」


 さすが聖子ちゃん。

 京介の事、よく分かってる。

 確かに、事務所に置いてあるスポーツ新聞の官能小説読んでる読んでる。

 でもあれは…


「…神だって読んでるんだぜ?」


 まるで、鬼の首をとったみたいな顔をして、京介が言った。


「…まさか圭司も読んでるの?」


 瞳が少し嫌そうな顔した。


「えー、そりゃあ読んじゃうよ。だって面白いもん。」


「あれは男なら誰でも読む!!」


 いや…京介、そんなに力込めて言わなくてもさ…


「でも今のやつは官能じゃねーよ。純愛的な…」


「あんたが純愛物なんて読む?所々にエロい言葉が出て来るんじゃないの?」


「……そうでもない。大したエロさはない。」


「間があった。」


「本当だって。」


 京介と聖子ちゃんのやりとり、面白いなあ。

 まるで高校生だよー。


「繊細な話なんだよねー。」


 酢の物を口に入れながら、俺は語り始める。


「『あの時マサ子は』って小説なんだけどさ、家同士が決めた結婚が当たり前の時代の話でね。」


「そうそう。相手に愛はなかったんだが、マサ子は家のために婿を取るんだよな。」


「だけどマサ子には、想い人がいてさ…たった一度のキスの思い出を大事にしてるんだよ。」


「…別に官能小説じゃなさそうじゃない。」


 瞳がコリコリといい音を立てて、何かを食べて言った。

 …何かな?

 そのいい音。


「だから言っただろ?俺だって純愛にキュンと来るんだよ。」



 …でも昨日のには、とかってワードは出て来たかな。

 純愛なのに、たまにあんなワードが出ると、そこだ‼︎いけ‼︎とか思っちゃう俺は汚れてるかなあ?


 たぶん、俺は『あの時マサ子は』のマサ子に同情しちゃってるんだよ。

 だって、本当に…なんて言うんだろう…

 気の毒。

 そう、気の毒な話なんだよ。


『あの時マサ子は』の前の連載は、ほんっっとにドギツイ官能小説で。

 毎日イカされる主人公が大変だなーって読んでた。

 京介は結構ギラギラした目で読んでたけど(笑)

 神は…鼻で笑ってたっけ。



「で、何の話だっけ?」


 瞳が食べてるいい音がナマコだと知って、ちょっとガッカリ。

 俺、好き嫌いはあまりないけど、ナマコは苦手なんだよねー。

 神はここのナマコは絶品って言うんだけど。


「えっと…何だっけ…」


 言いだしっぺだったはずの瞳が覚えてなくて、ちょっと吹いた。

 老眼の話だったよ!!

 でも聖子ちゃんも思い出せないみたいだから、黙ってよっと。



「そう言えば、お風呂でミトちゃんに会ったよ?」


 刺身をいただきながら言うと。


「あっ!!圭司!!まさかサントスって言ってないでしょうねー!!」


 うわあ~…

 俺より先に京介が残念な顔をしたもんだから、バレバレ!!


「もー!!コードネームが使えないじゃないのー!!」


「えっ!!何それ!!カッコいい!!」


 俺が『コードネーム』に反応すると、京介と聖子ちゃんが。


「…瞳さん、毎日大変だね…」


 口を揃えてそう言った。


 なんでー!?

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