第7話 神 千里
「…あいつら、まだ入ってんのかな。」
京介が女湯を気にしながら言った。
「女性の方が長風呂じゃない?」
アズはのんきにそう言って。
「俺、サウナ行って来るねー。」
タオルを持って歩いて行った。
ほんの30分前。
明日の仕事の打ち合わせを終えたと同時に、
俺とアズと京介がエレベーターで二階に降りると…
ロビーに、知花と瞳と聖子がいた。
そして…
「あ、神さーん。今から隣の湯に入っていい?」
俺に許可を求めた。
「…あ?」
「ちょっと今日疲れたから、隣の湯でサッパリしたいねーって言ってたとこなの。」
瞳が知花の肩を抱き寄せて言う。
…そんな風に言われると、許可しない俺は了見の狭い男と思われそうで…
「…俺らも浸かって帰るか。」
アズと京介に言った。
本当は、ほぼ毎日一緒に風呂に入る知花を瞳と聖子に取られたような気がして…
気に入らねー。
けど…
悟られたくねー。
…バレてるだろうけど。
「こういうの珍しいよな。」
京介がコキコキと首を鳴らしながら言う。
「こういうの?」
「一緒に風呂だよ。おまえ、いつもすぐ帰んじゃん。」
京介とアズは、何かと言うとここの湯に浸かりに来る。
俺はジムの後は簡単にシャワーをして、家に帰ってからゆっくりと…
「家の風呂が好きだからな。」
自慢そうに言うと。
「嫁と風呂に入るのが好きなだけだろ。」
京介は目を細めて鼻で笑った。
「……」
それの何が悪い。
しかし言い返す気にもならない。
「それにしても、あいつら仲いいよな。いつも何話してんだろ。」
見えるわけもないのに、京介は壁の向こうを見上げる風にして言った。
「女が三人集まって話すって言ったら、そりゃあ…」
「そりゃあ?」
「…食い物の話じゃねーのか?どこそこのケーキが美味いとか。」
「ああ?神、自分の嫁さんいくつだと思ってんだよ。」
ムッ。
こいつ、ほんの数年前まで俺にも人見知りしてやがったのに。
急に慣れやがった。
「俺が思うに、事務所の若い男の話とかしてるんじゃねーかな。」
「…くだらねー。うちの嫁さんは若い男には興味ねーからな。」
それはもう、ありがたいぐらいに。
今、知花が一番興味津々なのは…
里中が直してる古いアンプ。
『すごいの。すごくレトロで真空管の抜けが他の物とは全然違って…』
なんて力説して、俺の目を細めさせる。
こうなっている時ばかりは、俺もさすがに嫉妬をせずに知花を里中に託す。
里中には。
『知花に惚れるなよ。手を出すなよ。変な気起こすなよ』
と釘を刺したが…
『彼女の知識と結婚したい』
なんて…バカな事をほざきやがった。
…ま、周りはどう思うか分からねーが…あいつらは同士だ。
超、オタクの同士だ。
「何だよ。聖子は事務所の若い男になんて興味あんのか?」
京介が聞いて欲しそうな顔をしてると思って問いかけると。
「あいつ、元々アイドルが好きだからな…」
京介は口元を歪めて言った。
…確か…
Live aliveの時も、ゲスト枠で出て来たアイドルに黄色い声援を送って目立ってたな。
「うちの事務所にいるアイドルはDEEBEEぐらいじゃねーか?自分の息子のバンドだろ?」
まあ、あいつらももうアイドルなんて年齢じゃねーけど。
「バンドマンとは限らない。映像に入った男が、もろに聖子の好みなんだ。」
「…そんなのいたか?おまえ、よく見てるな。」
なんだかんだ言って、京介は今も聖子にベタ惚れってわけか…。
俺と京介がそんな話をしてると…
「サウナで一緒になったから、連れて来ちゃったよー。」
アズが若い男を連れて戻って来た。
「…なんだよ…アズ…」
俺の隣で、京介が額に手を当てて小声で言った。
…察するに…
これが聖子のお気に入りの若い男か。
「あっ…おっ…おおお疲れ様です…映像の
「そうそう、ミトちゃん。でもうちの奥さん、サントスって呼んでたよ?」
「え…えっ?サントス?」
「あはは。外人みたいだよね。」
風呂の中に…アズの笑い声だけが響いた。
三都と書いて『みと』は、若い頃の『まこちゃん』を彷彿させる可愛らしさで。
「…安心しろ。おまえのが色男だ。」
小声で京介にそう言って。
「サントス、いくつだ?」
恐縮そうな顔でいる
「に…にっにににじゅう…なな…です…!!」
…見た目より年だな。
アイドルにするには遅咲き過ぎる。
「もー、神怖いよー。ミトちゃん、緊張しないでいいからね。このおじさん、そんなに怖くないよ。」
「いっいいいいえ…あの…皆さん…僕の憧れの人なんで…まさか…その…」
「えっ、ほんと?憧れてくれてんの?嬉しいなあ。」
おいおい…アズ。
空気読めよ。
約一名、極度の人見知りが居るのを忘れたんじゃねーだろーな。
案の定、京介は俺の隣で顔半分は湯船の中。
あー…早く帰りたいぜ…。
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