第5話 浅香 彰

「あ、詩生しお君と華月かづきさんだ。」


 ミーティングが長引いて少し機嫌が悪くなってた所に、娘の麻里子まりこを連れた佳苗かなえが迎えに来てくれた。

 一歳になったばかりの麻里子を抱えてゴキゲンな俺は、佳苗と並んで表通りを歩いている。



「え?どこに。」


「ダリアの前。」


「…見えねー。」


「もう…しょうちゃん。メガネ外してるからよ…」


 そう言って、佳苗が俺にメガネを掛ける。


「ああ…見える。珍しく…ベッタリな二人が。」


 詩生君はくっつきたいんだろうが、華月さんはいつも数歩後ろを歩くタイプ。

 それが今夜は…腕なんて組んでベッタリだ。


「お似合いよね、あの二人。結婚しないのかな。」


「……」


 佳苗の言葉に無言で顔を見ると。


「ん?」


 佳苗は…首を傾げて俺を見た。


「いや…何でもない。」



 俺からしてみると…

 酒に酔ってたとは言え、華月さんのマネージャーを妊娠させた詩生君に、華月さんが戻っただけでも驚きだ。

 まあ、あれから酒は一滴も飲まないし、意外とクソ真面目な男ではあるからな。


 …でも神さんが許すとは思えねー。

 俺だって、娘の相手には詩生君みたいな男は選びたくねーよ。



「…彰ちゃんも、お酒に酔うと色々あったよね。」


 まるで俺の考えてた事を見透かしたかのように、佳苗が低い声で言った。


「…色々なんてなかったけど?」


「お酒飲むと見境なくキスしてたんでしょ?」


「……詩生君みたいに、全員が華月さんに見えるのよりはマシだったぜ?俺は相手を選んでたからな。」


「……」


「…何だよ。」


 佳苗は…意外と俺の事を解っている。

 そんなわけで、俺が何を言っても。

 俺が無言を通しても。

 佳苗にはバレてしまう事が多い。

 それはそれで…悔しい。


「男相手にキスしてたのに、妬いてんのか?」


 鼻で笑いながら言ってみる。

 俺の方が優位なんだぜ?って感じか?

 だが…


「そうだね。酔っ払って素直になった彰ちゃんが、どんな事を囁きながらキスしたんだろうって思ったら、男の人が相手でも妬いちゃう。」


 いつになく低い声の佳苗。

 てか…


「な…なな何だよそれ…」


 つい、どもってしまった。

 囁きながらキス…とか…

 俺が何を囁いたって言うんだ…!?

 って、それって誰からのネタだよ!!


「でも別にいいの。昔の事だから。」


「…その言い方引っ掛かるな。ハッキリ言えよ。」


「言っていいの?」


 俺の前を歩いてた佳苗が、くるっと振り返って。


「許嫁と結婚するのは親孝行だって言った事とか、あたしの編んだセーターを要らないって他の女の人の家に置いて帰った事と」


「悪かった。」


 佳苗の言葉を遮って謝る。


 ああああああああ、ああ。


 そうだよ!!

 俺も酷い事をしたさ!!


 けど、詩生君みたいに他の女を妊娠させたりなんてしてねーのに!!


 …って。

 どれも『酷い事』って同じ括りか…。



「あたし、もし彰ちゃんが浮気したら…」


「しねーよ。」


「例えよ。」


「しねーのに例えなんて要らねーよ。」


「でも、もししたら…女優復帰してラブシーンするから。」


「…え。」


「ベッドシーンもやるから。」


「……」


「…なんで青くなるの?浮気しないんでしょ?」


 なんつーか…

 結婚してからの俺は…

 ハッキリ言ってモテない。

 希世きよえい君も、結婚してからの方がモテてるのに…

 なぜか俺は、モテない。

 まあ、浮気なんて…するつもりねーけどさ…


 今は可愛い娘にメロメロだし、佳苗も…たまにこういう恐ろしい事を言う以外は…

 可愛い嫁だ。


 だが…

 もしかして、俺って…

 尻に敷かれてんのか…?

 手の平で転がされてんのか…?



「詩生君と華月さん、色々あったからこそ…幸せになって欲しいな…」


 佳苗が俺に並んで、腕を組んで来た。

 …こいつが腕を組むのも珍しい。


「麻里子、ぐっすりね。」


 俺の腕の中で眠る麻里子を見て、佳苗が笑顔で俺を見上げる。


「…ああ。」


 色々あったからこそ…幸せに…か。

 …そうだよな。

 詩生君は詩生君で悩み続けて…自ら茨の道を選んでるわけだもんな。

 神さんがそうそう許してくれるわけがないって分かってても、それでも華月さんの事…愛して止まないんだもんな。


 詩生君の書く曲には、メッセージ性の強い物が増えた。

 それは世の中に対する事もあるけど…以前より、愛のこもった物が多い。



「詩生君と華月さんの赤ちゃん見てみたいな。きっとすごく可愛いよね。」


 佳苗は何気なく言ったつもりなんだろうけど…


「麻里子が世界で一番可愛い。」


 俺が真顔で答えたからか…小さく溜息をついて。


「…そっか…あたしは一番じゃなくなったんだね…」


 俺から腕を離して、前を歩き始めた。


「お…おいおいおいおい…娘に妬くなよ。」


「まあ、彰ちゃんも世界一じゃないから、いいけどね…」


 ムッ。


「何だよ。誰が世界一なんだよ。」


 しょーもない事なのに、ついムッとして低い声で問いかけると。


「父さん。」


 佳苗は笑顔でそう言った。


「……」


 ちくしょー!!


 言い返せねー!!

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