第4話 早乙女 詩生

「あー、わりい。待たせたな。」


 待ち合わせたダリア。

 約束の時間は六時。

 ミーティングが少し長引いて、俺が到着したのは七時過ぎ。


「ううん。これ飲みながら本読んでたから。」


 そう言って、華月はカップを指差してテーブルに置いてる本を目配せした。


 本は…

 高原さんの自伝。


「何回目だ?」


「詩生だって何回も読んだクセに。」


 …そう。

 ビートランドの者なら、高原さんを知る者なら、絶対何回も読んでしまう。

 高原さんの…愛のこもった一冊。

 全部を赤裸々に綴ってるわけじゃないけど、そこには常に愛があって…

 Live aliveを思い出させる。



「うちで飯食わねー?華月と待ち合わせてるって言ったら、母さんが一緒に食わないかってさ。」


「えっ、いいの?」


「すき焼きらしい。」


「行く。」


 華月は真顔で本をバッグにおさめると。


「おばさまに連絡してね。」


 首を傾げて言った。


 …華月は、今日も可愛い。



「あ、母さん?俺。今から華月と帰る。」


 華月と帰る。って、自分で言ったクセに少し照れた。

 いや、顔には出さねーけど。


『ダリアにいるの?』


「今出たとこ。」


『分かった。気を付けてね。』


 一人暮らしをしてた時期もあるけど、華月との関係が戻ってからはずっと実家暮らし。

 俺が華月んちに行く事は少ないが…華月はよくうちに来る。

 両親共に華月を気に入ってるし、弟のそのも妹の千世子ちよこも結婚して家を出てるから、俺と華月は甘やかされっぱなしだ。



「先週、きよしと飲みに行った。」


 並んで歩きながらそう言うと、一瞬『えっ』て顔をした華月。


「あ、俺は飲んでねーから。」


「ううん。そうじゃなくて…聖、何も言わなかったなと思って。」


「言ってねーだろうなと思って、今言った。」


「…そっか。」


 彼女と別れた事を華月が気にしてた。って話した時点で…

 たぶん、聖は俺と飲んだ事を華月には言わない気がした。

 まあ、いちいち誰と飲みに行ったとか…話すか話さないかは人それぞれだけど。

 聖は…どうかな。

 俺は華月には全部話すけど。



「…どした?」


 突然、華月が腕を組んで来た。

 華月からくっついて来るなんて珍し過ぎて。

 俺は少し腕を脇に寄せた。

 その手、離すなよ。的な感じで。


「…あたし達は…大丈夫だよね…?」


「…何か不安か不満が?」


 顔を見ながら言うと。


「不安も不満もないよ。でも…近くにいる恋人同士が別れちゃうと、明日は分からないのかな…なんて思っちゃう。」


 華月はうつむき加減にそう言った。

 明日は分からない…か。


「まあ、生きてると色んな事があるから…確かに明日は分かんねーだろうけどさ。」


「ほら…」


「まだ続きがあるってば。」


 俺は空いてる方の手で華月の鼻をギュッとして。


「明日もし自分が死ぬような事があっても、俺の華月への気持ちは変わんねーよ。」


「…死ぬだなんて、縁起でもない…」


「一番最悪な事態で例えただけさ。死んでも俺の気持ちはずっと華月にあるし、見えない物になったとしても付きまとってやる。」


「…ストーカー…」


 華月が小さく笑って、少しホッとする。



 華月は…俺のファンが原因で、足を怪我して歩けなくなった時期がある。

 モデルなのに立つ事も出来なくて…自殺未遂も起こした。

 だけどそれを克服しかけた頃…

 華月に怪我を負わせた負い目と、華月への気持ちが複雑に入り乱れて…潰されそうになってた俺は。

 …酒の勢いで…華月のマネージャーをしてた絵美さんと…寝てしまった。


 絵美さんだ、って認識なんてなかった。

 華月だと思ってのそれは…当然だけど、覚えていなくても裏切り以外の何ものでもない。

 その上、絵美さんは妊娠したし…流産もしてしまった。


 華月と絵美さん。

 二人を傷付けた俺に絵美さんは…華月を取り戻してくれと言った。

 絵美さんもまた…華月を裏切ったという罪に押しつぶされそうになっていたからだ。


 許してくれるわけがない。

 華月だけじゃない。

 桐生院家の全員から、そして…俺の行動のあさはかさに呆れた両親からも。


 だけど…

 まさかの展開で、華月は俺を受け入れてくれた。

 少しずつだけど、周りにも認めてもらえるよう頑張ってるつもりでもある。


 が…


 今みたいに、華月が心細い顔をすると…俺もまだまだなんだって思う。



「俺の一日の頭の中、おまえに見せてーよ。」


 耳元でそう言うと。


「…近いよ。」


 華月は少し体を引いた。


「キスしたい。」


「…詩生、うちの父さんに感化されてる?」


「彼女がこんなに可愛かったら、誰だってそうなるさ。」


「…母さんの気持ちが分かる…」


 相変わらず引け腰になってる華月の耳元に、無理矢理キスをする。


「写真撮られたら…」


「俺達公認じゃん?」


「そうだけど…」


「嫌か?」


「……いじわる。」


「ははっ。」



 くっつきながら家に帰ると。


「もー、遅かったわね。」


「待ちくたびれたぞ?」


 親が二人並んで飲んでた。


「もう飲んでんのかよ。」


「こんばんは。お邪魔します。」


「じゃ、華月ちゃんはこっちね。」


「何で二人で華月挟むんだよ。普通俺の隣だろ?」


「どうせくっついて帰ってたんだろ?少し離れろ。」


「ふふっ。」


 まあ…いいか。



 それから、両親と華月と四人で。

 すげー楽しい晩飯を食った。

 華月はずっと笑いっぱなしで。

 うちの親、もしかして…俺の事気遣って華月を大事にしてくれてんのかな…って思った。



「華月ちゃん、お父さんの新しいミュージックビデオ見た?もう…感動作だったわね。」


 なぜか親父と俺が洗い物をする羽目になって。

 ソファーで母さんと華月が並んで、別腹に甘い物を入れながら語り合ってる。


「見ました。もう…母さん愛され過ぎって言ったら、母さん、あれはみんなに向けて作った歌だと思うって。」


「えー?そうかなあ?」


「うちの父さん…ああ見えて、愛に溢れた人だから。」


「…そうね。それは本当、よく分かるわ。」


 そう言った母さんの肩に、華月が嬉しそうに頭を乗せる。

 俺は少し驚いたが…母さんはめちゃくちゃ笑顔になって。

 俺の隣で、親父も嬉しそうな顔をした。



 …俺達、いつか。

 こんな風に…家族になれるかな。

 て言うか。



 もう、なってるよな。

 華月んちもうちも…

 愛に溢れた家だから。

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