第2話 高津薫平

「わー、カッコいい曲だなあ。」


 そのミュージックビデオを観て、俺は小さくつぶやいた。


 膝には言葉は話さないけど、尻尾をクルクルと動かして応えてくれている風な猫の『おはじき』が寝てる。

 いや、寝てはいないか。

 応えてくれてるんだから。



 歌ってるのはかみ 千里ちさと

 二階堂にかいどうとは親戚になる桐生院家の婿養子。


 神 千里には、俺と同じ歳のモデルの娘がいる。

 面識はないけど。

 おまけに、志麻さんの婚約者も…神 千里の娘だ。

 ギターはあずま 圭司けいじで、ベースはその息子のあずま えい


 東 映と言えば…

 …朝子の結婚相手。



 今や二階堂を抜けて、高津の家とも疎遠となった俺だけど。

 何となく…情報は入る。

 たぶん俺の情報も、瞬平はどうか分からないけど…両親は知ってるんだろうなあ。



「おはじき、この男が朝子の旦那だってさ。」


 テレビ画面を指差して言ってみるも、おはじきは目も開けてくれなかった。

 まあ、興味ないよな。



 二階堂にいる頃は、テレビは世界情勢や…ニュースを得るためだけの物だった。

 こうやって、のんびりと紅茶を飲みながらミュージックビデオを観るなんて…皆無だ。

 まあ、器用に色々やってのけてた人達はどうか分からない。

 二階堂も昔と変わって、プライベートは自由になった。って、浩也さんから聞いた事がある。

 だけど少なくとも…瞬平はガチガチな古い二階堂の人間ぽかったかも。



「音楽って楽しいのにな。」


 おはじきの喉を触りながら独り言。



 浩也さんの言う通り、昔に比べれば二階堂の体制も厳しくはなくなったのかもしれない。

 かしらの奥さんの双子である二階堂 陸さんは、ギタリストとして外に出ている人だ。

 二階堂に生まれながら。



 俺達は二階堂に仕えるために教育されてきた。

 他の夢なんて持たない。

 二階堂の者は二階堂のためだけに生まれ育つんだ。

 小さな頃は一緒に遊んでた泉とも、10歳を境に『泉お嬢さん』と呼ぶ羽目になった。

 …一緒にも遊べなくなった。

 俺達の『訓練』が始まったからだ。



 小さな頃は…楽しかった。

 俺の双子の兄、瞬平しゅんぺいと…二つ年上の志麻さんと、その妹の朝子。

 そして…二階堂家の次女である泉。

 とりわけ、同じ歳の俺と瞬平と泉は、まるで三つ子だって言われてた。

 朝子は、いずれ二階堂を背負って立つ海さんの許嫁だったから、俺達から見ると別格だったけど。

 泉は二階堂家の娘だと言うのに…なぜか俺達と同等に思えていて。

 志麻さんと瞬平と俺の三人は、誰が泉をお嫁さんにするか。なんて…木登りで張り合ったりしてた。


 だけど泉が『お嬢さん』になって…その関係は終わった。


 実際、泉は…

 普段どうでもいい感じなのに、仕事になるとスイッチが入る。

 その高い能力を見せられた時…俺は嫉妬した。

 …誰かに妬くなんて俺にはない事なのに。

 俺が唯一、その能力に嫉妬させられたのは…志麻さんでも瞬平でもなく、泉だ。


 って…まあ、今ではそんな事どうでもいいけどさ。


 俺は二階堂を辞めたし、夢に向かってコツコツと色んな事をする毎日。

 夢のためだけじゃない。

 俺自身のためにも。


 神経を張り巡らせて銃を手にした日々が嘘のように、今の俺は平和な毎日だ。


 ただ…二階堂にいた頃のクセは完全には消し去れない自分もいて。

 それに気付いた時は、寂しいような悲しいような気持ちにもなる。



「……」


 サイドボードに置いてある手紙に目をやる。

 一昨日、帰って来たら郵便受けに入ってた。

 宛名も差出人もなかったけど、裏に赤い印。

 …母さんだ。


 母さんの名前は『こう』といって…昔の記憶がない。

 記憶はなくても、小さな頃から叩き込まれた何かは残るようで。

 母さんは二階堂の人間じゃないのに…二階堂の能力のような物を持っている。


 優しくて美人で、だけど時々ふっと遠くに目をやって…誰かを探してるように辺りを見渡す。

 その仕草がずっと気になってた。

 そして、俺には緑色、瞬平には青がソウルカラーだと言ってその色を与えられ続けた事。

 それも気になって…

 独自で調べた。


 母さんの過去。


 すごく大変だった。

 ブロックされまくってたし。

 そこまでして隠さなきゃならなかった母さんの過去。

 少なからずともショックは受けた。

 でも納得がいく事も多かった。


 …関係ないよ。

 今は母さんは二階堂の人間で…

 昔の記憶はないんだから。



 俺が二階堂を辞めて、瞬平とは縁が切れてしまったけど…

 父さんと母さんが気にしてくれてるのは分かってる。

 俺は誰とも縁が切れたなんて思ってない。

 あれから…誰にも会っていないとしても。



「…優しい歌だね…おはじき。」


 二曲目を聴きながら、おはじきに言うと。

 やっと顔を上げてテレビを見て…俺を見た。


「もう一人じゃない…だってさ。」


 そうだよ。

 誰も…一人じゃないんだよ。

 寂しさを感じるのは、何かを欲してるから。

 そんな時は…思い出せばいいんだ。

 自分の大切な人達の事。


 目を閉じて…最初に浮かんだ人の事。



「…寝よっか。」


 おはじきにそう言って、膝から退席してもらう。


 俺の小さなお城はとても快適で。

 二階堂を懐かしむ事もない。


 ただ…


 みんなには…


 ずっと生きていて欲しいって。


 自分の額にうっすらと残る傷痕を見るたびに…強く思うんだ。

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