いつか出逢ったあなた 40th
ヒカリ
第1話 東 映
俺は
そのF'sには父親の
今日は新生F'sのミュージックビデオ撮影の日。
新生っていうのは…
結成から25年、F'sのベーシストとして確固たる存在を知らしめた
どうしても…どうしても、その臼井さんの後任としてF'sに入りたかった俺は、粘って粘ってやっと入らせてもらった。
新加入は初のF's。
平均年齢は、グッと下がった。
ただ、演奏の質もグッと下がった。なんて言われたくない俺は…
とにかく時間のある限り、ひたすら練習をした。
プライベートでは、漢字は一緒だが読み方が『ひがし』の
どちらも充実させてみせる。と、息巻く毎日。
…朝子には悪いけど、今はちょっとF's寄りかな。
俺が認めてもらわない事には…これからのF'sの活動に差し支える!!
『映。』
衣装の黒いスーツ。
朝子のお兄さんみたいだ…なんて思ってると、
『はっ…はい。』
『もっと胸を張れ。』
『…はい。』
ベースを持ち直して、胸を張る。
今回のミュージックビデオは、俺が加入してから神さんが書き下ろした曲。
…今までのF'sと違う…と感じたのは、神さんが俺の腕に合わせて作ってくれたんじゃないかと…
結成時のF'sには、世界のDeep Redのギタリストとキーボーディスト、
20年在籍された二人は、レコーディングには参加するとしてもツアーはやめる。と、一応脱退という形を取られた。
だが、ミュージシャンとしては現役なわけで…
『映、なんや一人だけ素人みたいな顔してるで?』
『俺はF'sなんだ!!って顔しろよ。』
『…は…は…はい…』
二人とも収録の際には、カメラの向こうでスタンバイされる。
それでなくても…親父はともかく、神さんと
超大御所の二人にも見つめられて…
自信家の俺も、さすがに…
「……」
すう…と、小さく深呼吸をする。
俺は、自信があってF'sに入らせてくれって頼みこんだんだ。
そして、その自信と腕を認めてもらえての今なんだ。
何も縮こまる事はない。
この状況を楽しまなくてどうする?
基本、F'sのミュージックビデオはだいたいシンプルだ。
ドラマ仕立ての物はほとんどない。
いつだったかバラードの曲に華月を使ったぐらいで、作品の大半がF'sが演奏している場面だ。
今日の撮影もとてもシンプルで…
四人で円になって演奏するだけ。
コーラスは主にドラム担当の浅香さんだけど、俺の加入で全員コーラスをする事になった。
DEEBEEではコーラスをしてなかったから…かなり特訓した。
『圭司、マイクの高さええんか?』
『OKっすよー。』
音源を流しながらの撮影じゃない。
ガチで演りながらの撮影だ。
だから…緊張もハンパないんだよな…
何でも出来る神さんは朝霧さんが抜けた後、ギターを弾きながら歌うスタイルになった。
これがまたカッコ良くて…
俺はスタジオでも何度見惚れたか分からねー。
『よし。やるぜ。』
神さんが低い声で言って、親父がイントロを弾き始めた。
そこに神さんのギターが絡んで…
俺は少し緊張しながらも…浅香さんのドラムと同時にベースを弾き始める。
一台のカメラが俺達の周りをゆっくりと回りながら、その様子を撮る。
イントロが始まって16秒。
この曲のこの瞬間に…俺はいつも鳥肌を立てるんだ。
全員で音を一つにして、俺と親父と神さんが跳び始める。
頭を振りながら、身体でリズムを取りながら…
この重低音…!!
F'sって、なんてサイコーなんだ!!って。
胸の奥がゾクゾクして止まらねー!!
そして、神さんの歌が入る。
あー…たまんねーよ…
見た目、こんな太い声してる人に思えねーのにさ。
しゃがれた声。
一度聴いたら忘れられないインパクト。
今日は二曲撮り。
二曲目の衣装は上着を脱いだだけ。
神さんのアコースティックギターと歌から入って。
さっきとは正反対の優しい曲。
スローな曲は苦手だったけど、この曲で好きになったって言ってもいい。
目が合った神さんが、少し笑ってくれたのが意外だった。
「ええんやない?」
撮り終わった物をみんなでモニターで見て、朝霧さんがOKを出した。
俺はスタッフが用意してくれたドリンクを飲みながら、繰り返される映像を眺めた。
…かっけーな…F's…
まさかここに俺がいるなんて、今も信じらんねーや…
そんな事を思ってると。
「映。」
神さんが、手招きした。
「はい。」
タオルを握りしめて近寄ると。
「ツアーになると、25曲ぐらいやるんだぜ?」
「……」
「このテンションで25曲やれる体力、作っとけよ?」
神さんは口元を緩ませて言った。
「…体力…ですか。」
当然だけど、若いし…親父や神さんよりは…と思って黙ってると。
「…神と京介、あれでも毎日軽く5km以上走ってるんだよ。俺はしんどいの嫌いだから走ってないけど…間違いなくツアーではバテてる。」
後ろから親父が小声で言った。
「…何だよそれ。親父も頑張れよ。」
振り返って小声で返すと。
「映だって、身体いじめるのは好きじゃないだろ?」
「……」
否定できなくて黙ってると。
「親子で走るのもいーんじゃねーか?」
神さんは俺達にそう言って、スタッフにタオルを渡すとスタジオを出て行った。
そんなわけで…
俺は今、事務所のジムで毎日身体を鍛えている。
それは意外と続いてたりもする。
と言うのも…
「映、最近たくましくなったね…」
飯の最中、俺の腕を見た朝子がそう言って。
俺は…すっかり気を良くしてしまったからだ。
映像が出来上がったら、真っ先に朝子に見せたい。
そう思いながら…
俺は今日もジムで走っている。
…親父と。
ホンモノのF'sになるために。
----------------
一曲目はNickelbackの『Because Of You』
二曲目は『Never Gonna Be Alone』を聴きながら書きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます