第5話 「……」

 ★『BEAT-LAND Live alive』


 朝霧光史



『BEAT-LAND Live alive…Ten,Nine,ignition sequence start Six,Five,Four,Three,Two,One,all engine running,Lift off!!』


「……」


 トップバッターのDANGERを、俺は客席で観た。

 て言うか、SHE'S-HE'Sのメンバー全員がここにいる。


 インパクトのあるオープニング。

 SEを使うだ使わないだで昨日まで悩んでたようだが…結局誰もが予想だにしなかったアナウンス。

 これは…高原さんの声か?

 少しブレ感のあるテレフォンボイスからの曲入り。

 そして一音目で飛び跳ねた三人。


 …鳥肌が立った。



 うちの次男である沙都さとは、普段は癒し系…自分の息子を捕まえて癒し系も何もないかもしれないが、本当に癒し系で。

 身長はいつの間にか朝霧家で一番ののっぽになってたが、ハーフの瑠歌るかの血を濃く引いて瑠歌以上にハーフな顔立ち。

 ルックスは申し分ないのに残念なほど頭が悪くて…だが、むしろそれが個性として存在した。


 沙都が笑うと、周りもみんな笑顔になる。

 俺の息子とは思えない…本当にいい子だ。


 そんな沙都が、驚くほど力強いベースを弾いている事に驚いた。

 聴いた事がないわけじゃない。

 だが…ライヴを生で見るのは初めてだ。

 籠の中で遊んでいた鳥が、大空に放たれたような自由さを感じる。


 ドラムの沙也伽さやかは、長男希世きよの嫁で。

 俺と瑠歌の結婚を企んだ、ダリアの誠司さんの娘。

 希世から『妊娠させた』と聞いた時は憤慨したし、沙也伽の今後を思うと目の前が真っ暗になったが…

 産まれてみると孫の廉斗も可愛くて仕方なくて。

 今となっては…全てが『良かった』で済まされる。


 ボーカルの紅美ちゃんは陸の娘で…彼女は自分の生い立ちを思い悩んで家出をした時期があった。

 紅美ちゃんの家出と沙也伽の出産。

 DANGERのデビューはどうなる事かと思ったが…

 今、このステージに立っている四人。

 見事に…みんなに刺激を与えてくれている。


 …特に…

 神さんと知花の息子である…ノン君。

 センのクリニックに通ってると聞いた事はあるが…

 どうして今まで隠れてたんだ?

 これほどの腕前があるなら、とっくに世界に行ってても不思議じゃない。


 しかも…コーラスも完璧だ。



「ちょっとちょっと…お宅の息子、いい音出してくれるじゃないの。」


 聖子が後ろから俺の脇を突きながら言った。


「全くな…いい刺激になる。」


 …本当に。



 俺達は今日、こんなインパクトのあるトップバッターで始まる強力なイベントのトリを務める。

 さくらさんと瞳さんは、それぞれ身内の席にいるのを確認した。


 …全員で…

 ビートランドを揺らすぞ。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 二階堂 陸



『Yeah!!』


 紅美と沙都と華音が飛び跳ねた後…紅美がマイクで叫んだ。

 俺と紅美は、他の蛙親子の中で一番…セッション経験があると思う。

 プロになる気があるなんて思わなかったから、基本的な事は何も教えてない。


 生後二ヶ月で実の父親に背中を刺された紅美。

 娘として引き取った時、肺の機能に何かしら影響が出るかもしれないと聞いて…最初は少し過保護にし過ぎた。

 特に麗は紅美に付きっきりで…紅美が歩き始めた時も肺に負担がかかるんじゃないかって…


 ふっ…マジ、俺ら過保護だったな。



 思い切って、身体を鍛えさせようって提案した時…麗は反対したっけな。

 女の子なんだから、強くならなくていいって。

 あの時は凄まじく夫婦仲が険悪なったよなー…

 俺は麗の反対を押し切って、紅美を二階堂の道場に通わせたし…歌も歌わせた。

 おかげでかどうかは分からないが…

 紅美は本当に…元気でハツラツとして、伸び伸びと育った。


 …生い立ちを…知られたくなかった。

 だが、紅美は思わぬ所からそれを知って…家を出た。

 あれからずっと、家族の間に溝が出来てた。

 …不甲斐ないよな。



 それが…先月。

 紅美が、一人の男を連れて帰って来た。

『一般人と付き合ってる』なんて、いつかは…と思いながらも思った以上にショックを受けてた俺は、その男の訪問に…

 内心、泣きたい気分だった。


 顔色の悪い、目つきの悪い男。

 今すぐ出て行けと言わんばかりの気持ちを押さえて、言葉が出るのを待ってると…

 その男は…紅美の実の父親、関口亮太に父と弟を殺された…と。


 …衝撃だった。


 しかし彼こそが…紅美の傷をかさぶたどころか…きれいに治してくれた。

 ガンで余命わずかだという…久世くぜ慎太郎しんたろう

 彼がいなかったら…彼との出会いがなかったら…

 今、紅美はこのステージに立ってないし…俺達との再会もなかっただろう。


『なんで人って、傷付くと…幸せを忘れるんだろうな…って、すげー思った…。辛い事、ばっかだったな。でも、越えられなくてもがいてる今、おまえの周りには…おまえを愛してくれる人は一人もいないか?どんなに小さくても、幸せだと思える事を、おまえ…忘れてないか?』


 あの日の久世君の言葉は…俺にも響いた。

 紅美が傷付いてるのに…何かしらアクションを起こして今までの事全部を否定されるのが怖かった。

 なんて弱い親父だよ。


 俺が出来るのは…DANGERのサポートぐらいだと思って、紅美の代わりにスタジオに入った。

 …俺らしくなかったよな。

 絶対周りも思ってたはずだ。

 俺がガツンと言わないなんて…って。


 それほど…怖かった。

 完全に紅美を失う事が。



「……」


 ふいに…隣にいる光史がタオルを差し出した。

 …泣いてるの、バレたか…



 気が付いたら…うちに入り浸りだった沙都とバンドを組んでた。

 道場の帰りに寄り道してたダリアで仲良くなった沙也伽も加入して…とは言っても、小中学生のスリーピースバンドなんて知れたもんだ。

 だが、三人は遊びながらでも本気だった。

 俺のクリニックには来ないのに、センの所には入り浸ってる華音を迎えて…

 DANGERはホンモノになった。


 …紅美はもう…

 自分の居場所を見つけたんだな…。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 早乙女千寿



 トップにDANGERを推した俺としては…若干プレッシャーもあったけど。

 DANGERは…見事だった。


 たぶん俺達メンバー全員が、参観日のような気分になっているとも思う。


「……」


 陸がDANGERのステージを見て泣いて、光史が無言でタオルを手渡した。


 …ほんと、良かったよ。

 一時期、紅美ちゃんが家出してしまって…

 その時の陸の様子は、どう声をかけていいものやら…って感じで。

 あえてみんな普通にはしてたけど、陸と…紅美ちゃんの伯母にあたる知花の心労は尽きなかったと思う。


 色んな事を越えての、このDANGERのステージには…俺にも熱くこみ上げるものがあった。



 紅美ちゃんと一緒に俺のクリニックに通ってた華音。

 あいつ…本当にズバ抜けて上手くなった。

 紅美ちゃんがいない間も、自分は自分のできる事をやるしかないからって、欠かさず練習に来た。

 俺が教える事なんて、そんなにないってぐらい…もう弾けてたんだけどな…


 最初は『ノン君』って昔みたいに呼んでたけど、何回目かの時に…


「そんなに優しく呼ばないで下さいよ。俺、早乙女さんには厳しく教えてもらいたいんで。」


 真っ直ぐに俺の目を見て言った。

 …本音を言うと、少し寂しかったな。

『しぇん』って呼んでくれてた、はるか昔。

 ノン君サクちゃん…双子の二人はとてつもなく可愛かった。


 アメリカの光史の部屋で、みんなで一歳を祝った。

 歩く瞬間も目の当たりにした。

 SHE'S-HE'S全員の初めての子供って感じで。

 みんなが父親であり母親の気分を味わった。


 それが…初等部に入った頃に、神さんから線引きを言い渡されて。

『早乙女さん』って呼ばれた時は…少なからずともショックだったのを覚えてる。


 …ははっ。

 もう俺も年だな。

 こんなに最高のパフォーマンスをしてる華音を見て、ノスタルジックになるなんて。



 DANGERのステージの後は…詩生しおのバンド。

 客席から登場するという、何とも生意気な感じがDEEBEEらしい気がした。


「…詩生君、少し顔付変わったね。」


 知花にそう言われて…


「そうか?」


 俺は少し緊張した面持ちで詩生に注目する。


 デビュー当時は見た目だけだって酷評されて、悔しがってたが…

 今はどんな評価をされても揺るがない自信をつけた。

 …今となっては…って言える話だが…

 あの失敗も、もしかしたら詩生にはプラスになった出来事なのかもしれない。


 当事者の華月ちゃんや、神さん…知花には本当に申し訳ない気持ちしかないけど…

 親バカと言われたらそれまでだが、これからの詩生を見てやって欲しいと強く思う。


 …知花は、早く孫が欲しいからか…

 詩生と華月ちゃんの結婚には大賛成のようだけど…

 問題は、神さんだよなあ。



「へえ…珍しいな。詩生のラブソング。」


「……」


 知花じゃないが…詩生はラブソングが苦手で。

 ファーストアルバムに一曲だけ収録したが、今思うと散々な出来だった。


「…華月に歌ってくれてるのかな。」


 知花が笑顔になった。


「…俺としては、華月ちゃんには当然だけど…神さんにも届いて欲しいな。」


 足を組んでそう言うと。


「間違いない。」


 全員が…そう言いながら頷いた。

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