第4話 「おい、まさか緊張してるとか言うんじゃねーだろうな。」

 ★『BEAT-LAND Live alive』


 神 千里



「おい、まさか緊張してるとか言うんじゃねーだろうな。」


 いつも威勢のいいBackPackを前に仁王立ちして言うと。


「き…緊張…っ?こここれは、武者震いってやつです…っ!!」


 春香が声を震わせて言った。


 …冗談だろ、おい。

 心を入れ替えてからは、あれだけしっかり練習したのに…


「かっかかか神さん…あたし達…ほっほほ本当に…バカで子供でした…」


「何だよ今さら。」


「と…トップから…すごいバンドが…立て続けに…二つも…」


「あー、稼ぎ頭になってもらわなきゃ困る奴らだからな。」


「そ…そんな人達と…同じステージなんて…」



 …やれやれ。

 スタジオで『あたし達サイコー!!』って連発してたのは、どこのどいつだよ。



「おまえらは、上手くやろうなんて思わなくていい。」


 俺は五人を前にして言う。


「いつも通り、楽しくやりゃいーんだよ。」


「楽しく…」


「そ。余計な事をごちゃごちゃ考えんなよ?」


「……」


 五人は顔を見合わせて、バラバラに頷いた。

 …ま、もうどうにでもなれってやつだな…



 DEEBEEが終わって、客席は大拍手に包まれている。


「あっ、神さん…」


 ステージ袖に走って戻って来た詩生しおが、俺に気付いて汗だくで前髪をかきあげた。


「ずっと…ここに?」


「ああ。」


 詩生は俺の後ろにBackPackを見付けて、俺が詩生の歌を聴いてなかったと思ったらしい。


「…そうですか。」


 少しがっかりしたような詩生の胸を、拳で一突きする。


「強くなれよ。」


「…えっ?」


 詩生は驚いたように顔を上げた。


「みんなの前で誓ったんだ。華月に永遠の想いを捧げるってな。そのためにも、ちゃんと強くなれ。」


「……」


 俺の言葉に詩生は真剣な目をして。


「はい。見てて下さい。」


 ハッキリと…そう言った。


 …ぶっちゃけ、相手が誰でも面白くないのは確かだ。

 父親としてここに立ってるなら…仏頂面をしたかもしれない。


 だが。

 俺はビートランドの一員として、ここに居て。

 詩生の、一先輩として。

 その姿を見届けたいとも思った。


 ポンポンと詩生の肩を叩いて、通り過ぎる。


「DEEBEE、お疲れ。よくやった。」


 えい希世きよしょうにハイタッチをして、俺について来てた詩生にも振り返ってハイタッチする。


 こいつらには…もっともっと這いあがってもらわなきゃ困る。

 華音のいるDANGERと、切磋琢磨しながら…

 もっともっと高みを目指して欲しい。



「よし、BackPack、出番だ。」


 俺と同じく…客席よりこっちに居たがったナオトさんがそう言うと。


「…頑張るよ。」


「うん。楽しもう。」


 五人はそれぞれそんな事を言って。


「行って来ます!!」


 俺に笑顔を向けた。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 朝霧あさぎり 真音まのん



「次は新人バンドや。」


 俺がDeep Redのテーブルでそう言うと。


「へー…今の内にトイレに…」


 ミツグがそう言うて立ち上がった。


「おいおい。一曲だけやし、観てやれや。千里が育ててるんやで?」


 ミツグの袖を持って言うと。


「ああ?一曲我慢出来なかったら、おまえどう責任取ってくれるんだよ。」


 ミツグはしわくちゃな顔で言った。


「年寄りかっ。」


「年寄りだよ。」


「オムツして来いや。」


「それだけはまだしたくない。」


 それでも何とかミツグを座らせて…BackPackの演奏が始まった。


「ぶはっ…元気はいいけど…こりゃ千里も育てるの大変だな。」


 ゼブラとミツグは大げさに笑うて言う。


 …確かに。

 金の卵や言うて千里に預けたが…別にさほど金の卵でもない。

 まあ技術的にはそこそこイケるが、ちいと千里には酷やったかな~…


 実は…千里にも知らせてへんが…

 このBackPackには…


「……ん?」


 何かに気付いたんか…ゼブラが目を凝らす。


「んんんん?」


 ついには椅子から立ち上がって、数歩前に出た。


「おいおい、ボケ老人だと思われるから座れよ。」


 ミツグがゼブラの腕を取る。


「…ミツグ、ギターとベース…見てくれ。」


「あ?ギターとベース……えっ?」


 ミツグはゼブラの腕を取ったまま、そのまま…二人ともずんずん前に…進み過ぎやないか?

 ついにはステージの前まで行ってもうた二人に。

 ステージの上から、ギターの麻衣子とベースの多香子が笑いかけた。


「麻衣子!?」


「多香子!?」


 BEAT-LAND Live alive最初のサプライズは…

 ギターの麻衣子がゼブラの、ベースの多香子がミツグの孫って事や。


 聞けば、ゼブラもミツグも身内には音楽の道には進んで欲しくはないそうで。

 確かに、俺らの身内がバンドマンで溢れ返ってるいうのに、二人のとこに業界人は誰一人おらへん。


 が、やっぱ自分のジジイがDeep Redやって知ったら、業界に興味を持つ孫かておるわけで。

 麻衣子と多香子は、コソコソとバンド活動してたわけやな…


 それがこのたび、このイベントの話を口の軽いジジイらに聞いて、ステージに立ってバンドをする事を認めてほしい…と。



『Deep Redのベース、ゼブラの孫の麻衣子です!!おじいちゃん!!あたし、バンドしたいの!!』


『同じくDeep Redのドラム、ミツグの孫の多香子です!!おじいちゃん!!あたし頑張るから!!応援して!?』


 ハツラツとした曲が終わって、マイクを持った二人がそう言うと。


「はあ!?」


 ステージ袖で、目も口も大きく開けとる千里が見えて…

 俺は腹を抱えてわろた。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 高原夏希


 いよいよ始まった…俺にとって、最後となるイベント。

 BEAT-LAND Live alive…

 俺はその様子をモニタールームから眺めた。


 紅美・華音・沙都・沙也伽のDANGERは、ほぼライヴ経験がないにも関わらず…

 トップバッターとしての役割を、十分すぎるほどに務めてくれた。


 幕が落ちると共に飛び跳ねたフロントの三人。

 自分にもあんな頃があった…と、胸が熱くなった。


 何より…四人は楽しそうだった。

 華音のこんな顔は初めて見る。

 俺を『なちゅ』と名付けて両手を広げて駆けて来た幼い華音が、もうこんなに大きくなったのか…と思うと感慨深い。


 誰からも慕われる姉御肌の紅美と、誰をも笑顔にする愛されキャラの沙都。

 それに…俺達Deep Redがアメリカに行くキッカケを作ってくれた、ダリアのマスターの姪である沙也伽。

 色んな困難や苦悩を乗り越えて、よくここまで育ってくれたDANGERには…賞賛の気持ちしかない。



 続いてステージに上がったのはDEEBEEだ。


 デビュー当時、蛙の子は蛙…とは言われなかった。

 ビジュアルだけだとか、親の七光りだとか。

 今思えば、散々だった気もする。


 俺は長い目で見据えて、DEEBEEをオーディションで合格させた。

 勝手な批評で潰れるようならそれまでだと思っていたが…

 千寿の息子の詩生、聖子と京介の息子の彰、光史の息子でマノンの孫である希世、そして…瞳と圭司の息子…俺の孫でもある映。

 四人は酷評を糧に練習を重ねた。


 見た目だけとは言わせない…と、楽曲のアレンジを何度も聴いてくれと持って来た。

 決してダメなわけじゃなかった。

 何かが足りないだけだった。

 その何かを自分達で見つけろ。と課題として放り投げたが…四人は見事にそれを克服した。


 四人が見付けた物。

 それは、確固たる自信。

 …頼もしいバンドに育ってくれた。



 そして…サプライズのステージだ。

 BackPackには、ゼブラとミツグの孫がいる。

 麻衣子と多香子は二人からイベントの話を聞いて、事務所にやって来た。


「あたし達、デビュー出来ないとしても…バンド活動は続けたいんです!!」


 そう言った二人は真剣な目で。

 それはもはやジジイなゼブラとミツグには似てないが…どこか遠い昔に出会った事がある光を放っているような気はした。


 アメリカに行くと決まった時、当時付き合っていた彼女と別れるんじゃなく…結婚という選択をしたゼブラ。

 売れるかどうか保証もないのに…ゼブラを信じてついて来てくれた菜々子ちゃんには頭が下がる思いだった。


 渡米して事務所の近くの病院で看護婦をしていたキャシーと、お互い一目惚れで恋に落ちたミツグ。

 彼女もまた…ビートランド設立によって帰国する俺達について、母国を離れてくれた勇気ある女性だ。


「おじいちゃん、身内から業界人を出したくないって言い張ってて…」


 BackPackの麻衣子と多香子が言ったそれは、ゼブラとミツグからいつも聞いていた。

 俺達はまぐれで成功したが…と。

 夢断たれてこの世界を追いやられた人物を、多々見て来た俺達には…二人の気持ちが分からなくもない。

 だが、夢を持つのは自由だ。



 麻衣子と多香子がステージの上から二人にコメントをした。

 曲の途中で孫たちに気付いたゼブラとミツグは、ステージの前まで行っている。

 俺からは背中しか見えないが…

 きっと、泣いてるんだろうな。


 そして…

 モニターに、ステージ袖で口を開けてそれを見ている千里が映って…笑った。

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