第3話 今日は…父さんも母さんも

 ★『BEAT-LAND Live alive』


 桐生院きりゅういん 咲華さくか



 今日は…父さんも母さんも、あたしの双子の兄である華音かのんも…ステージに立つ。

 今までも観た事がないわけじゃないけど…華音のステージは初めてで。

 それでなくても今日のイベントは特別な気がして…出るわけでもないあたしが、すごく緊張してる。


 …本当は今日…しーくんも一緒にここに来れたらなあ…って思ったけど。

 彼は本当に忙しい人で。

 昨日、仕事の後で少し会えたのも…久しぶりだった。


 婚約して八ヶ月。

 もしかして…結婚の事、忘れてない?って思っちゃうほど…あたし達の間で、結婚の話題が出ない。


 しーくんがわざとそうしてるのか…ただ忙しいからそんな余裕がないのか…

 …彼を選んだのはあたし。

 少しの時間でも会えるなら、いいじゃない。

 会える時間は少なくても…

 会うと、あの…あたしの大好きな笑顔で、あたしの事…大好きだって言ってくれるんだもん。


 …うん。



「あー…お兄ちゃん大丈夫かな。」


 華月かづきが、まるで自分の事みたいにドキドキしてる。

 その隣できよしも…


「ノン君、余裕かましてたけど…本当はどうなのかな。」


 胸に手を当てて言った。


「おばあちゃま、何か飲み物要る?」


 あたし達より遅れて来たおばあちゃまに問いかけると。


「ううん。今はいいわ。もう始まるし。」


 おばあちゃまは…柔らかく笑った。


 …いつも可愛いけど、今日はいつもに増して…スッキリした顔に思える。

 母さんと双子みたい。

 ふふっ。



 それから…間もなくして…会場の灯りが落ちた。


「始まる…」


「ドキドキするね。」


 華月と顔を見合わせてると…


『BEAT-LAND Live alive…Ten,Nine,ignition sequence start Six,Five,Four,Three,Two,One,all engine running,Lift off!!』


「わっ…」


 幕が落ちて…華音かのん紅美くみちゃんと沙都さとちゃんが、飛び跳ねた。


「あー!!どうしよう!!お兄ちゃんがカッコいい!!」


 華月がそう言って、隣にいるおばあちゃまの手を握った。


「ほんとね。華音、カッコいい。」


 おばあちゃまも、目をキラキラさせてる。


 聖も『やっべー!!』なんて言いながら、自分の頭をくしゃくしゃしてる。


 …うん。

 すごい…みんなカッコいい。


 華音が…あんなにキラキラしてるの観ると嬉しくなった。

 本当は音楽の道に進みたかったのに、ずっと表立って言えなかった華音。

 コッソリのつもりでもあたしは全部知ってる。

 高校時代のゴーストギタリストも、大学時代のそれも。

 だから本当…こうやって楽しそうにギターを弾いてる華音…

 涙が出ちゃいそう。



 DANGERは三曲で終わって、華音がステージを下りて…紅美ちゃんとの噂を週刊誌にリークした曽根を殴って…抱き合ったりして。

 バカじゃない?って、ちょっと笑えた。


 そして次は…華月の彼氏、詩生しお君がボーカルをするDEEBEE…

 DEEBEEも文句なく一曲目からカッコ良かった。

 詩生君とは聖も仲がいいから、二人はよくDEEBEEを聴いてる。

 割とキャッチーな曲が多くて、あたしにとっては実は両親や華音のバンドの曲より聴き易い。


 二曲目が始まって…これはあたしも初めての曲で。


「新曲かな?」


 誰にともなく問いかけると。


「俺も初めて聴く。」


 聖もそう言った。

 華月は…


「……」


 両手で口を覆って…泣きそうな顔してる。

 え?と思って…歌詞をよく聴くと…


 …あー…詩生君…

 すごい!!

 華月へのラブソング!?


 あたしはそれを聴いて…華月が羨ましくなって…

 …しーくんに、会いたくてたまらなくなった。





 ★『BEAT-LAND Live alive』


 桐生院 華月



「新曲かな?」


「俺も初めて聴く。」


 お姉ちゃんと聖がそう言った曲は…DEEBEEの新曲。



 今日の大イベントが始まる前に、どうしても詩生しおに会いたくて…

 普段、あたしから会いたいなんて滅多に言わないんだけど…

 今日は、家を出る前にメールした。


『ステージの前に少しだけ会えない?』


 すると…


『ルームまで来て』


 すぐに…そう返信が来た。


 あたしも一応ビートランド所属のモデル。

 お姉ちゃんと聖とで、開場より少し早めにビートランドに来て。

 二人とロビーで別れて、DEEBEEのルームに向かった。


 ドアをノックすると、すぐに詩生が顔を覗かせて。


「八階に行こ。」


 あたしの手を取った。


「おいおい、スタジオで何する気だ?」


「時間までに終わらせろよ。」


「大丈夫。ああ見えて詩生は早い。」


 ルームの中からそんな声が聞こえて。


「うっせーな。早くねーし。てか、スタジオでしねーし。」


 詩生は笑いながらそう答えた。



 エレベーターで八階に上がって、いつもは賑やかなこの階も…今日は静かだった。

 詩生達が使い慣れてるスタジオに入ると…詩生はすぐにあたしの両手を持って…


「…華月…」


 自分の口元に…あたしの手を近付けた。


「…緊張してるの?」


「ああ。らしくねーけど…めちゃくちゃ緊張してる。」


 それは…本当にすごく珍しい気がした。

 いつもライヴは楽しみで仕方ないって言うのに…


「…見てるよ?」


「ああ…」


 詩生がゆっくりと…あたしを抱きしめて。


「…しっかり…見ててくれよ…」


 耳元で囁いた。


 そして…


「今日、俺…おまえのために歌うから。」


 って…


「…え?」


「新曲、おまえのために書いた。」


「……」


 すごく…驚いた。

 あたしのために…新曲を?


「あ…ビックリした…でも、嬉しい…」


「…おっちょこちょいで~額が広くて~って歌だけどな。」


「も…もうっ!!」


 詩生から離れてポカポカと胸を叩くと。


「あっ…」


 腕を取られて…そのままキスされた。


 …詩生は幼馴染で…ずっと知ってるのに…

 恋人って関係になって、もう…気持ちが止まらない。

 詩生の事…大好き…



「ちゃんと聴けよ?」


「…額が広くてって歌じゃないならね。」


「ちゃんとシリアスに書いてるって。」


「…照れくさい。」


「ふっ…」


 もう一度…長い長いキスをして…


「…よし。充電バッチリ。これで最高のパフォーマンスが出来る。」


 詩生はそう言って…あたしの大好きな笑顔になった。




「素敵な歌ね。」


 おばあちゃまが、あたしの肩に頭を乗せて言った。


「…うん…」


 やだな…泣きそう…

 ほんとに…

 …詩生…

 あたし達、もう何があっても…



 平気だね…。






 ★『BEAT-LAND Live alive』


 桐生院 聖



 大事にしたいのに傷付けた

 まだ幼かった俺の愛は真っ直ぐなのに間違ってばかりで

 この手に抱きしめたら壊れてしまいそうな花を

 いつだって胸の中にしまってた


 見えないものは 形のないものは

 きっともろいから

 だけど約束する 永遠を誓う

 そのために俺が強くなる事を


 守りたいものは何よりも極上のその笑顔

 風に舞う花びらのように 夢の中でも俺を癒す

 今夜隣にいてくれるなら極上のその唇で

 風に舞う花びらのように 夢の中でも口付けて


 誓うよ この想いを永遠に捧げる事を



「……」


 隣にいる華月は、もう…今にもダム決壊。

 二人の間には…色々あったもんな。

 華月が詩生のファンに階段から突き落とされて、歩けなくなったり…

 詩生が酔っ払って華月のマネージャーを妊娠させたり…

 ほんっっ…と…それでもお互いずっと好きだったって言うんだからー…

 ま、もう永遠に一緒だよな。


 でも、華月は相当辛かったはずだ。

 過ぎた事とは言え…他の女を妊娠させた詩生を、ちゃんと許せたのか?って。

 連絡がつかない夜なんかは、不安なんだとも思う。

 疑ってしまう自分と…どれだけ戦っただろう。


 それでも…こうやって詩生が誓いの歌を歌って。

 心から嬉しそうな華月を見ると…こりゃもう安心していいのかな。


 …羨ましいぜ。



 俺は…長年想い続けた泉と、付き合い始めて一年半。

 友達の延長みたいな感じで上手くやってる…つもりだけど…

 俺が社長になって。

 泉も仕事で渡米の回数が増えて。

 気が付いたら、一ヶ月連絡取ってなかったり。

 気が付いたら、二ヶ月以上会ってなかったり。

 それでも会えばホッとする俺もいるんだけど…

 …あいつはどうなのかな…



 ちくしょー。

 詩生のラブソングが…恨めしいぜ。



 トップバッターのDANGERも、今ステージの上にいるDEEBEEも。

 俺にとっては幼馴染的な存在の面子ばかり。

 みんなキラキラしてて…ちょっと羨ましかった。

 昔から漠然と父さんの跡を継ぐのは分かってたけど…

 それがあったから、夢を持たなかった…って言うのもある。


 俺だって、姉ちゃんや親父を見てたら…音楽業界に興味は湧いた。

 …少しは。


 だけど、敢えて楽器を手にする事もなかった。

 ハマるのが怖かったし。

 父さんが残した物…ちゃんとやり遂げなきゃだもんな…



 …だけど。

 俺の実の父親が高原のおっちゃんと知って…

 もしかして、俺もサラブレッドだったんじゃ?なーんて思った。

 母さんも昔歌ってたって聞いたし。

 …ま、持ち腐れもいっか。


 今日…

 高原のおっちゃんが歌うのを…初めて見る。

 俺はそれを見て…



 …どう思うんだろ。

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