第2話 「何だったんだ?」

 〇二階堂 陸


「何だったんだ?」


 高原さんが最上階に向かった後、戻って来た光史こうしに問いかけると。


「……」


 光史は少し無言になった後。


「…なあ、二階堂ってさ…小さな頃から色んな訓練受けたりするんだよな?」


 俺の問いかけは無視かよ。って思う事を聞いて来た。


「まあ…そうだな。俺は15でこっち来たから、全然受けてねーけど…中途採用って形になったしきなんかは、すげー勉強も武術なんかもやらされてたしな。」


 そうは言っても…俺と織はIQが高い。

 そんなわけで織はかなりの短時間で二階堂のそれに追い付いた。


「織んとこの子供達は?」


「ま、一般家庭のようにはいかないよな。織んとこの子もそうだし、敷地内にいる面々はみんな小さな頃から特訓受けてるよ。それが何だ?」


 光史は腕組みをして、難しい顔。


「言えよ。」


「…さくらさん、最上階に連れてってくれって言ってさ。」


「ああ。」


「ポケットから何かを出して、鍵開けた。」


「…あ?」


「しかも、自分が開かないようにしてたってさ。夕べはステージを見に来たんじゃなくて、会長室に何かを取りに入って…鍵を開けられなくして、今返しに来たんだよ。」


「……」


 それは…すごく…


「…義母さん…二階堂の人間だったって事か?」


 あてはまる気がする。


「耳の良さもそうだけど、知花以上に技術を持ってるって聞いたし。」


「…だからか?俺が麗と結婚するって言った時、親父…最初かなり嫌な顔したし…」


「したし?」


「…普通は一般人が二階堂に入るなら、とことん調べ尽くすはずなのに…桐生院家については調べなくていいってお達しが出たって周りの奴らが言ってたのを聞いた。」


「……実はさ。」


 光史が溜息をつきながら…


「さくらさんが、丹野さんの事を思い出しかけてた時に…言った言葉の中で不可解な事があってさ。」


 伏し目がちに言った。


「不可解な事?」


「…『一般人だけでも外に出せ』…って。」


「…何だそれ。」


「誰かに指令を出されたって感じなのかなと思って。」


「……」


 俺と光史は、そこで言葉を失くした。

 義母さんは…二階堂の人間…?


「…でも今は、そんな事考える時じゃねーよな。」


 俺が顔を上げてそう言うと。


「…全くだ。」


 光史も前髪をかきあげて…少し笑顔になった。


「ルーム行って打ち合わせようぜ。」


「ああ。」


「里中さんを唸らせるステージにしなきゃな。」


「当然。」



 ルームに行くと、もう全員揃ってて。


「遅いよ二人ともー。」


 聖子が眉間にしわを寄せた。


「ステージ前にしわ作んなよ。」


 光史がそう言って聖子の眉間に指をあてると。


「あんたらがそうしたんじゃないのっ。」


 聖子は光史の額を張り倒した。


 あはは。と笑いが起きて。

 だけど…みんな少し緊張してるのは…言わなくても分かる。


 今日は…全力で高原さんと義母さんの幸せをサポートすると同時に…


「俺達は今日、新生SHE'S-HE'Sとしてみんなの前に出る。」


 光史がそう言うと、みんなの背筋が伸びた。


「里中さんに鍛えられたおかげで…ここまで来れたんだ。あの人にも恩返しのつもりで、最高のステージを作り出すぞ。」


 …本当に。

 俺達は今日…生まれ変わる。


 新生SHE'S-HE'Sに、客席は…



 度胆を抜くはずだ。




 〇里中健太郎


『BEAT-LAND Live alive、開始時間が迫りました。館内のアーティストは全員会場に向かってください』


 事務所のロビーでその館内放送を聞いた俺は、ゆっくりと立ち上がってエスカレーターに乗った。


 SHE'S-HE'Sのプロデューサー…か。


 歌で成功しなかった俺は、アメリカで好き勝手に色んな事を学んだ。

 一人っ子の俺に夢や期待を馳せていたであろう両親には…本当に申し訳なかったと思う。

 向こうで…結婚を意識した女性もいたけど。

 俺には結婚は向いてないな。

 と、サックリ諦めた。


 今年帰国してみると、親父もおふくろも…当然だけど…

 老人だった。



「もう、うちには子供はいなかった事にしてたから、何も気にするな。」


 嫌味とも今後のエールとも取れる親父の言葉。

 本当…不甲斐ない息子だな…と、反省しきり…


 が。


 俺の修理業は意外と当たった。

 音楽屋でも匙を投げた物を直すんだ。

 口コミで広がった噂で、全国各地からかなり難しい物が届いたりもした。

 それを直すのも楽しくて、毎日休みなく働いた。


 が…


 おふくろが…体調を崩して、病院通いを余儀なくされて。

 バスじゃ辛い…ってんで、タクシー。

 だがそれもなかなか高くついて遠慮するおふくろ。

 そこで一念発起した俺は、車の運転免許を取るべく自動車学校に入校。

 そこでの…桐生院さんとの出会いだったわけで…


 それにしても、彼女には驚かされた。

 女性でここまでの知識を持ってるなんて…

 彼女が独身なら、間違いなくプロポーズしたはずだ。

 俺のパートナーとして、一緒に電子基盤の改善を追及しよう。なんて…


 だが残念な事に、彼女には神千里というスターな旦那がいる。

 …本当に残念だ。



 桐生院さんと自動車学校帰りに、エルワーズでお茶しながら電気系統の話をしている最中に。

 高原さんと神が来て…

 その翌日、高原さんがうちの店に来た。

 うちの店っつっても…自宅だけど。

 スタッフは誰もいない。

 俺が一人で細々と色んな物の修理をしてるだけだ。


 その高原さんの登場に…親父は震えながらお茶を出した。

 若い頃、Deep Redの大ファンだった親父。

 特に朝霧さんには何をされてもいいぐらいの勢いで好きだった。


「知ってたら連れて来たのに。」


 高原さんはそう言って笑ったけど、親父は『血圧が大変な事になりますんで…』と、ペコペコと頭を下げた。

 だが、いつまで経っても若々しい高原さんに感化されたのか…

 いつも家でテレビと新聞しか相手にしてない親父が。

 何を思ったのか…ウォーキングを始めた。

 …まあ、身体にいい事だ。

 高原さんの若さに感謝だ。



 その高原さんは何をしに来たのかと言うと…


「聞いたぞ。おまえ、向こうでいくつかバンドをプロデュースしたんだな。」


 懐かしい話を持ち出した。


「あ…あー…しましたけど…サッパリ売れなくて。」


「音源聴かせてもらった。良かった。あれが売れなかったのは、おまえのせいじゃない。」


 そして高原さんは…


「うちで働かないか?」


 夢のような話を…してくれた。

 プロデュース業と、空いた時間で修理屋も…

 しかも修理屋にはビートランド内にスペースを設けて何人かスタッフをつけるから、そいつらを育ててくれ、と。

 もちろん、会社員という安定した職業に…両親は手放しで喜んだ。

 …俺、まだやれるのか?って不安はあったけど…


「自信を持て。おまえの好きなようにやっていいから。」


 高原さんは…俺を全面的に信用してくれた。


 …期待に応えたい。

 …が、いきなり言い渡されたのは…


「SHE'S-HE'Sを生まれ変わらせてくれ。」


 …嘘だろ!?って思ったが…

 俺は…俺のやり方で、今日まで数回のリハで…SHE'S-HE'Sを生まれ変わらせたつもりだ。

 後はあいつら次第。

 …ステージ、楽しませてもらおう。



 〇浅香聖子


 朝からめっちゃ戦闘モードで。

 何なら少し息抜きがしたいぐらいだったんだけど…

 ハリーからタイムテーブルの追加分を見せられて。

 もう…あたし、戦士な気分になった。

 だけどこの長丁場…あたし達の出番までその戦闘モードが持つ!?って思ってたら…


「あの…」


 まこちゃんの娘で、我が息子彰のお嫁さんである佳苗が遠慮がちにルームにやって来た。


「あらー、今日も可愛いわね。」 


 あたしは佳苗の頭をなでなでして言う。


「女優引退して暇じゃない?彰にほったらかしにされるようだったら、いつ復帰してもいいんだからね?」


「えっ…いえ…すごく優しいですよ…?」


「あー、気ぃ遣わなくていいのよ。」


 彰は…誰に似たんだろう!?

 ほんっっっと、冷たい奴!!

 ま、勝手に許嫁って決めてたあたし達も悪いのかもしれないけど…

 もー、佳苗に冷た過ぎ!!

 なのに入籍したのには驚いた。



「彰…あんた、佳苗の事…ちゃんと好きなの?」


 婚姻届を見せられた時、京介と二人して眉間にしわを寄せた。

 だって…それまであたし達は、彰がケバイ女を連れて歩いてる所や…

 女子大生っぽい子に腕を組まれてるのを何度も見てたから…


 佳苗とは親が勝手に決めた許嫁って事で終わっちゃうのかなー…って思ってたんだけど。


「…好きじゃなきゃ結婚なんてしねーよ。」


 その言葉に、あたしは久しぶりに息子を抱きしめた。


 ああ!!

 まこちゃんと親戚になれる!!


 って。



 それに、佳苗可愛いんだよね~。

 うちの娘の音ときたら…無駄に背は高いし…(あたし似)

 16とかぐらいまでは、男をとっかえひっかえ…

 あんたには貞操はないのか!!ってぐらいだった。


 だけど、これまた親の企みで許嫁だったセンの次男の園ちゃんと奇跡的に付き合い始めて…

 結婚だよ!!結婚!!


 ビックリするぐらいあっさりと、彰も音も結婚してしまった!!

 しかも、親の思惑通りに!!



「まこちゃん、佳苗来たよ。」


 ルームの奥でヘッドフォンして鍵盤の練習してるまこちゃんの背中を叩いて言うと。


「え?あ、来たんだ。」


 まこちゃんは立ち上がって佳苗に椅子を出した。


「佳苗ちゃん、久しぶり。」


「彰にいじめられてないか?」


 センと陸ちゃんにそう言われて、佳苗は何だか…余裕の笑顔って言うか…

 少し雰囲気が変わった気がする。


「来て大丈夫だったのか?体調悪いって言ってたけど。」


 いまだにまこちゃんが子だくさんのイメージはないんだけど…

 あたし達の中で一番の、子供6人!!

 鈴亜りあが6人も子供産むなんて思わなかった!!(しかも佳苗の下には三つ子と双子だよ!!)


「うん…それが…」


 佳苗は少しモジモジした後に。


「妊娠…しました。」


「……」


「……」


 あたしとまこちゃん、んっ。て口をしたまま…顔を見合わせて。


「えっ!?」


 同時に大声を上げてしまった!!


「おめでた!?」


 あたしがそう言って佳苗の肩に手を掛けると。


「うっ…はっ…はい…っ。」


 佳苗は大きな目をさらに大きくした。


「わー!!まこちゃんがおじいちゃんだなんてー!!」


 まこちゃんに抱きついて叫んでしまうと。


「あはは。聖子だって、おばあちゃんだよー。」


 もう…こんな時も、癒し系な笑顔。


 あー!!

 戦闘モードバリバリで、どうかなあって思ってたけど…

 嬉しいニュースとまこちゃんの笑顔に癒されたー!!


 佳苗!!

 まこちゃん!!

 ありがと!!


 …あたし、頑張れるよー!!




 〇島沢真斗


 ルームの隅っこで自分の世界に入り込んでると、誰かに背中を叩かれた。

 振り向くと聖子がニコニコして。


「佳苗来てるよ。」


 って…


 先週、体調が悪いって言ってたのに…と思って椅子を出して座らせると…

 …まさかの妊娠報告。

 まだ入籍して二ヶ月だけど…

 えーと…

 つい頭の中で、いつ?いつ出来た?って…考えてしまった。


 まあ…許嫁だったし…

 彰君も佳苗も派手な事はしたくないとかって入籍しただけで、結婚式はしていない。

 僕としてはー…佳苗の白無垢とかウエディングドレス姿、見たかったんだけど…

 …本人達がそう言うんだから、仕方ないか…って。



「わー!!まこちゃんがおじいちゃんだなんてー!!」


 聖子が大袈裟にそう言って、僕に抱きついた。


「あはは。聖子だって、おばあちゃんだよー。」


 40代で孫かあ…

 あ、光史君はとっくにおじいちゃんになってる身だけど。



「えー?佳苗ちゃん、おめでとう。いいなあ、まこちゃんも聖子も…」


 聖子に抱きつかれたままでいると、知花が本当に羨ましそうな顔をして首を傾げた。


「あたしも早く孫が欲しいなあ。」


「いやー、あんたに『孫』って似合わないわ。」


「そんなの言ったら二人だって。」


「光史君も入れたら三人だね。」


「いや、光史はもうお爺ちゃんの貫録たっぷりだぜ。佳苗ちゃん、おめでとう。」


「来月は好美も出産するからな…孫二人目だぜ。おめでとう、佳苗ちゃん。」


 陸ちゃんと光史君も輪に入って来て。


「あ…ありがとうございます。」


 佳苗がペコペコと頭を下げる。


「いいなあ…」


 知花は何とも言えない顔をして、それを連発…

 …知ってる?

 今日イベントなんだよ?

 本番だよ?


「華音、全然彼女連れて来ないし…女の子に興味ないのかなあ。」


 知花は本気で孫が欲しいのか、佳苗に『何か月?出産予定日は?』なんて聞き始めてる。

 そっか…知花の孫となると…ノン君かサクちゃん…華月ちゃんが結婚しなきゃだけど…

 サクちゃん、婚約はしたものの…なかなか結婚式の日取りとか決まらないみたいで。

 本当に結婚するのかな…?って、ちょっとその辺は誰も聞けずにいる。


 となると…


「華月ちゃんが近いんじゃ?」


「……」


 知花は唇に指をあてて『んー』って考えた後。


「セーン、詩生君と華月って、結婚の話どうなってるのかなあ?」


 スタジオから戻って来たセン君を捕まえて、何やら質問攻め。



「ともあれ…佳苗、おめでとう。今日は彰君のステージが観たいのは分かるけど、身体に無理するなよ?」


 本当は…もっと大っぴらに優しい人と結婚して欲しかった…なんて、口が裂けても言えないけど。

 佳苗は昔から彰君一筋だったもんな…


 …うん。

 一番の幸せだよ。

 好きな人と結婚出来るなんてさ。


「うんうん。身体が一番よ。悪阻が酷かったりしたら、彰に八つ当たりでも何でもしてストレス発散するのよ?」


 僕の言葉に後、聖子が頷きながら言って。


「…浅香さんは餌食になってたんだね…」


 僕が目を細めて笑うと。


「だって、子作りする時男は気持ちいい思いはするけど、痛い思いはしないでしょ?八つ当たりぐらい受け止めてくれなきゃね。」


 聖子らしい笑顔で言った。

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