いつか出逢ったあなた 39th

ヒカリ

第1話 「…母さん。」

 〇東 瞳


「…母さん。」


 墓前で手を合わせて…そして…ゆっくりと墓石に触れる。


『BEAT-LAND Live alive』が終わって…少し気が抜けたみたいになったけど。

 イベントの後、知花ちゃんに。


「これからもよろしく。お姉さん。」


 って…抱きつかれた。


 …ああ…妹なんだ…って。

 あたし、今更ながらに思った。

 …母さんとジェフの間に生まれたグレイスの事は、今も妹って認めてないのに。


 11歳違いの妹、グレイスは。

 ジェフがあたしと母さんに暴力を振るっていた頃…ジェフがどこかに連れて行った。

 グレイスの事は溺愛してたものね…ジェフ。

 あたし達の事が憎くて暴力を振るう姿は、見せたくなかったのかもしれない。


 ジェフの暴力で心身ともに病んでしまった母さんを迎えに、父さんと渡米した時…

 グレイスの行方は…分からなくなってた。

 元々あの子とは関係ない。って拒み続けてたあたしは、その後のグレイスの行方なんて…気にもしていなかった。


 …尖ってたし、歪んでた…あたし。


 あの子だって、傷を受けなかったわけじゃないのに。

 母親から引き離されて…寂しかったはず。


 当時のあたしには、グレイスを思いやるほどの気持ちの余裕もなかった。

 ジェフの暴力から、どうやって逃げ出そうか…

 そればかりを考える日々だった。

 それに…もうあの頃の事は思い出したくない。


 それが本音。


 人に話せるほどにはなった今も、どこか…胸の片隅に暗い影が落ちる。

 あれを越えたんだ。

 あたしは大丈夫。

 そう言い聞かせる反面…

 部屋の隅にうずくまった…誰かの姿が浮かぶ。



 グレイスの所在を知ったのは…

 父さんの部屋で、アメリカ事務所のスタッフの名前を見ていた時だった。


「…このグレイスって…」


 問いかけたあたしに。


「おまえの妹だ。」


 父さんは、何てことないって言い方で答えた。


 まず…生きていたんだ…って思った。

 その次に湧いたのは…なぜか嫌悪感。

 なぜ…ビートランドに関係するの?って。



 ジェフが逮捕された後、施設に入っていたグレイスは…二十歳になるとそこを出て、音楽業界に足を踏み入れた。

 マネージャー業から音響スタッフまで…様々な事を学んで…

 …30歳の時、ジェフが亡くなったのをきっかけに、自らビートランドの採用試験を受けに来た…と。


 施設を出た後のグレイスをずっと探していたらしい父さんは、あたしには内緒で渡米するたびに会っていたらしい。

 まあ…聞いても腹を立てるだけだったかもしれないから…それは正解だわ。



 …知花ちゃんの事は、SHE'S-HE'Sを体験して…彼女の声をずっと聴いて。

 その声に共鳴させるように歌って…

 すごく…すごく、知花ちゃんが以前より近くなった。

 さくらさんは今回限りって事だったけど、あたしはこれからもSHE'S-HE'Sで歌って行く事になった。

 それは、すごく光栄な事だし…自信にもなった。



「あたし…SHE'S-HE'Sのメンバーになっちゃった。」


 墓石からは何の応答もあるわけないけど、あたしはここに来るたびに話しかける。

 施設に会いに行かなかった分も…何かがあってもなくても、ここに通う。


「母さんのトリビュートアルバムで一曲歌って、父さんからは再度ソロシンガーとしてデビューしないかって…嬉しい話をもらってたんだけど…」


 確かに、あの歌は…気持ち良く歌えた。

 だけどあたしの気持ちが持続しないとも思った。

 一人で歌うには…相当な覚悟と労力がいる。


 SHE'S-HE'Sもかなりハードではあるけど…

 何より、あたしは知花ちゃんの歌に惹かれているのだと思う。

 彼女と歌いたい。

 彼女が認めてくれた、あたしでいたい。

 そう…強く思うようになった。



「…父さん、泣いて泣いて泣いて…笑ってたよ。」


 小さく笑いながら、空を見上げる。


「母さん…ありがとう。」


 そのつぶやきがどこにも届かないとしても…


「…ありがとう。」


 あたしは…繰り返した。


 空にいる母さんが、笑顔であるように。

 勝手にそう思うだけのあたしがいたとしても…

 それもまた、きっと母さんは…許してくれるはず…って。


「…いつか、グレイスに会いに行くわ。」


 そう言ったあたしの頬を。


 風が…通り過ぎた。

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