第6話 「わー、彰君上手くなったねー。」

 ★『BEAT-LAND Live alive』


 浅香京介



「わー、しょう君上手くなったねー。」


 アズが隣でそう言ってくれて…若干肩の力が抜けた。

 …彰のライヴは欠かさず映像でもチェックしてるが…今日みたいな特別なステージでヘマしやしねえか…って…

 ほんっと、心臓に悪い。


 おとは聖子に似てよく喋るから分かり易いが…

 彰は誰に似たのか(俺という説もあるが)無口にもほどがある無口。

 まあ…酔えば喋るが親とは飲まない主義なのか、一度も俺と聖子で乾杯以上の物はない。


 …酔い潰れるまで飲んで、言いたい放題腹の内を聞かせて欲しいんだけどな…


 まあ、親に早く死なれた俺は、彰への接し方もよく分からないまま。

 仕方ねーよな。

 分からないんだから。

 と思ってたが…


 15ぐらいから一人暮らししてたって言ってるアズは、結構、息子のえいとベタベタするんだよな…

 一人息子の映は若干目を細めながらも、されるがまま。

 …いい親父にいい息子って思う。

 俺はそこまで出来ねーや。

 …いや…しようとしなかった…が、正解か…。



 で。

 今日の彰は…


 …うん。

 なかなかカッコいい。


 親バカなんだよな…俺。

 口が裂けても言わねーけど、うちの息子が一番カッコいいって心の中では絶賛してるもんな。


 子作りに関しては、聖子と意見が割れて揉めた時期もあったけど…

 さらには悪阻が酷くて、すっげー八つ当たりもされたけど…

 こんなカッコいい息子を産んでくれたんだもんな…

 あ、聖子に似て美人でズケズケ物を言う娘も。



「…映、Deep Redのステージも立つんだよな?」


 アズの耳元に寄って問いかけると。


「そーなんだよ。もう、俺のがドキドキしてるんだよねー。」


 アズはいつもの口調。


 映は…ゼブラさんのサポートとして高原さんに呼ばれた。

 ちなみにギターは…神んちの華音が。

 

 俺と朝霧もミツグさんのサポートでスタンバイする事になってて。

 一応…セットリストは全曲頭に入れたし…朝霧とも打ち合わせはしたが…

 何しろ、ぶっつけ本番。

 ドラムセットが三つも並ぶステージなんて、今までの周年イベントでもなかったぜ?

 そんなわけで、少し緊張してる自分がいる。



 DEEBEEが大歓声の中ステージを捌けて、続いて神が無理矢理プロデュースさせられてるBackPackが出て…

 まさかのゼブラさんとミツグさんの孫達だというサプライズ。

 

 続いて、他の事務所からアイドルグループやアコースティックユニット、ダンスグループが出たが…ステージを見損ねた。

 SHE'S-HE'Sのテーブルが盛り上がってるのが気になって、そっちに気を取られたからだ。

 …聖子の奴、いくつんなってもアイドル好きだよな。

 俺としては、少し面白くなかったりもする。

 相手が、ただのアイドルだとしても。



「そろそろ控室行こうか。」


 アズに言われて、客席を出る。

 控室に入ると、ステージ袖にいた神が遅れてやって来た。



 元々SAYSってスリーピースのバンドでやってた俺は、SAYS解散後、なぜか神に目を付けられて…F'sに誘われた。

 …最初は敷居が高くて仕方なかったんだよな…

 だってさ…

 世界のDeep Redのマノンとナオトがメンバーって聞いて…

 嘘だろ!!って言ったぜ俺は…

 そんなバンドで叩けるか!!って。


 て言うか、高原さんに直接『朝霧さんとナオトさんをください』って直訴したっつー神を、バカじゃねーか!?って思った。


 だけど…


 や…やってみたい…

 そう思った俺の猛特訓が…あの日から始まったんだ。



 朝霧さんとナオトさんは、ツアーがキツイって事で脱退したけど…

 今もレコーディングには参加してくれる。

 神には一度も礼なんて言った事ないけど…

 今じゃめちゃくちゃ感謝してる。


 …俺を、F'sに誘ってくれてサンキューって。

 俺に…目を付けてくれて、サンキューって。



「さ、行くぜ。」


 神が相変わらずクールに顎をしゃくった。


「……」


 こんな大イベントでもいつもと変わんねーのかよ。


 小さく笑うと。


「なんだよ。ビビッてんのか?」


 神が俺の背中を叩いた。


「んなわけねーだろ。いってーな。」


 俺も神の背中を叩き返す。


「ははっ、京介緊張してるんだね。」


「あ?何でだよ。」


「だって、神の背中叩くなんて、初めてじゃん。」


「……」


 アズに余計な事を言われて…少し緊張した。


「さー、もしかしたら俺には最後のF'sになるかもしれないんだから、ぶっとぶようなやつ頼んだぜ?」


 ベースの臼井さんがそう言って、俺とアズと神は。


「まだまだ引退なんてさせませんよ。」


 同時に、そう低い声で言った。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 島沢尚斗



「はあ!?」


 ステージ袖。

 隣で驚いた顔をしている千里を見て。


「ぷーっ!!!!」


 俺は腕で口を塞いで笑いを我慢した。


「な…ナオトさん!!知ってたんすか!?」


 千里は眉間にしわを寄せて俺に詰め寄る。


「悪い悪い…おまえにもサプライズって言うか…ふふはははは!!」


 何を知ってたかと言うと…

 BackPackの麻衣子がゼブラの孫で…多香子がミツグの孫だって事。

 娘が音楽活動をしている事を言いだせない…と、ゼブラの息子の友季ゆきが相談に来た。

 そして、イベントがあるって聞いたんだけど…と。


 本当なら、こんな大イベントにプロ志向じゃないバンドは出さない所だが…

 そこはDeep Redの祖父を持つ二人に大サービスって事で。

 麻衣子と多香子に直接会長室を訪ねさせて、ナッキーに頼みこませた。


 サウンドを聴いてみると…まあ、まずくはない。

 ルックスがいい分、見た目だけでも数年はイケるかもしれない。

 これに技術がもっと備われば…


 て事で。

 金の卵と偽って、千里に丸投げした。

 ま、それでも千里は俺達じゃ気付かないような細かい所まで見抜いて、個々に指導もして見る見る上達させてくれた。

 …さすが、何でもこなせる男だ。



 千里が必死で育ててくれてる間、俺とナッキーとマノンは。


「仕事もしてないジジイに、夢を奪う権利なんてないって言ってやれ。」


 笑いながら、二人にそう言っていた。


 でもまあ…今のステージを見たら、あいつらも反対なんて出来ないよな。

 我が孫のキラキラした姿なんて…冥途の土産にするにももったいないぜ。



 BackPackの後は、他の事務所からのゲスト。

 まずは歌って踊れる六人組が出て。


「きゃー!!アユムー!!シンゴー!!」


 …おいおい…聖子が盛り上がってどうする…



 普段ビートランドでは見ないようなゲスト達の登場に、客席は大賑わい。

 ゲスト本人達は『ビートランドで歌えるなんて…』って恐縮してくれてたけど、とんでもない。

 テレビに映らない日はないぐらい、活躍してる面々だ。



「千里、そろそろ控室行けよ。」


 BackPackをねぎらった千里に、俺がステージを見ながら言うと。


「ああ…はい。ナオトさんも少し座って下さい。出番、そんなに遠くないっすよ。」


 千里は、いつの間にか持って来ていた椅子の背を叩いて言った。


 …全く。

 ナッキーがこいつに全てを託したいって言う気持ちが分かる。



「頼んだぜ。」


 千里の肩に手を掛けて言うと。


「万全に温めておきます。」


 ステージの事じゃねーよ。って思いながらも…

 俺は千里に頷いた。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 島馬とうま 麻衣子まいこ(BackPack ギター担当)



「……何なんだおまえら。」


 ステージ袖に引っ込むと、あたしらのプロデューサーの神さんが腕組みをして待ってた。


「うっ…」


 多香子と二人、肩を寄せ合って…怯える。


 だって…神さん…

 その名前とは裏腹に、超怖い!!


 最初、絢と春香と美佳は『F'sの神千里って、あのイケてる親父よね?』って盛り上がってたけど…

 途中、あまりにもあたしらが自由過ぎるから…

 神さん、キレた。

 とんでもなく怖かった。


 親にもあんなに叱られた事がないあたしらは、あの夜みんな眠れなかったって言った!!


 だけど…反省したんだ。

 真剣に音楽と向き合ってる人達に対して…あたしら、すごく失礼だったんだよ…


 音楽してる事を認めてもらいたい。

 許可して欲しい。

 ただそれだけの事だったのに…ここまで大きな事になって…

 …でも確かにここまでやらなきゃ、うちのじいちゃんは許してくれないはず!!

 頑固者だもん!!


『それだけ』の事に付き合わされた神さん…怒るよね…

 高原さんにも朝霧さんにも、島沢さんにも内緒だぞ!!って言われてたけど…

 あたしらも、ちょっとそれ楽しみにしてたし…


 怯えるあたしと多香子をよそに…


「神さーーーーん!!」


 絢と春香と美佳は神さんに抱きついた…!!


「うおっ…!!何なんだ!!くっつくな!!」


「あたし!!すごく震えたけど…感激しました!!」


「神さんのおかげです!!」


「あの感動、一生忘れません!!」


 三人は…泣きながらそんな事を言って。

 神さんは小さく溜息をつくと…


「…あんなんでデビューできると思うなよ?もっと練習しろ。下手くそが。」


 低い声だけど…ちょっと優しい感じでそう言って、三人の頭を順番に軽く叩いた。


 そして…


「おまえらもだ。」


 あたしと多香子に近付いて、パコンパコンって続けて頭を叩かれた。


「はっはいっ!」


 あたしら、背筋を伸ばして大きく返事をする。


「あたし、神さんに着いて行きます!!」


 自然と…多香子と同時にそんな事を言うと。


「俺に着いて来れるわけねーだろーが。ふざけんな。」


 神さん…すごくそっけないけど…


「さっさと着替えて客席でちゃんと観ろ。」


 いつもみたいに顎をしゃくりながらそう言って。


 最後には…


「初ステージ、お疲れさん。」


 …少しだけ…鼻で笑いながら言ってくれた。



 バタバタと控室に駆けこんで…


「ちょ…ちょっと…あたし、ヤバい。」


「あたしもだよ…」


「大人の魅力ってやつ…?」


「あ~…何も考えずに抱きついちゃった…」


「神さん…あんなにカッコいい人だったなんて~…」


 あたしら五人…

 完全に…


「神さんが歌う姿、目に焼き付けなきゃ!!」


 ノックアウトされてしまったのよ…。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 東 圭司



「さーて、そろそろだねー。」


 控室にあるモニターを見て、ストレッチを始める。

 ゲスト枠はBackPackが一曲だったけど、他の事務所からやって来たイキのいいアイドルみたいな人達は、二曲ずつ。

 俺としては、DANGERももう少しあっても良かったんじゃ?って思うけど…

 まあ、俺ら以降が長いからねー。


 ちなみに、F'sの後には丹野 廉さんの遺作PVが流されるんだよ。

 昔一回だけセレモニーで流れたなあ。


 あの時、俺はちょっと衝撃的過ぎてポカーンて感じで…

 だってさ、俺みたいなミーハーなギターキッズには、浅井 晋ってギタリストが朝霧さんの次に神様だったのに。

 その神様を映像で号泣させるとか…

 すごいじゃん!!


 って事で…俺の丹野 廉デビューは他の人達より遅かった。

 今日はそれがまた見れるって事で、たぶん俺泣いちゃうなあ。

 俺より先輩だけど、若くして亡くなってるからさ…

 絶対志半ばってやつだよね…


 会った事もない人だけど、俺、月並みな言葉で言うと…丹野さんの分もこのステージ楽しむよ。

 ボーカルじゃないけどさ。



「よし。行くぜ。」


 神の言葉で、俺と京介と臼井さんは控室を出てステージ袖にスタンバイ。

 第二ステージではゲスト枠の最後のグループが客席に手を振ってる。

 メインステージには幕が降りてて、神以外は板付き。


 神と京介が背中を叩き合ったり、臼井さんのまさかの引退宣言?に三人で反対したりして。

 ギターを担いでステージに向かおうとすると…


「アズ。」


 神に呼び止められた。


「え?何?」


「…高原さんに…最高のステージを見せようぜ。」


「……」


 何だか…いつもみたいに『当たり前じゃーん』って言えなかったよ。

 だって神…


「…緊張してんの?」


 首を傾げて問いかけると。


「…らしくねーよな。」


 神は何度も小さく頷いた。


「……何かあった?」


 もうすぐ始まっちゃうけど、つい…問いかけたよ。

 だってさ…こんな神、初めて見るもん!!

 俺が肩に手を掛けると、神は小さく笑って。


「…駄々をこねる子供みたいな気持ちと、とんでもない大きなプレゼントをもらってプレッシャーを感じてるってとこかな。」


 よく分かんない事を言った。


 でも…笑ってる。

 笑ってるって事は…大丈夫だね!!



「最後の曲さー、昔みたいに跳ぼうよ。」


「バカか。臼井さんを殺す気か?」


「聞こえてるぞー。」


「死にますよね。」


「跳んでやろーじゃねーの。」


「…マジっすか…」


「ほら。跳ぶよ?いいね?」


 俺は神の頭をくしゃくしゃっとして、親指を突き出した。


 一足先にステージに立って、袖にいる神を見る。

 …俺達ずーっと一緒だって約束したじゃん?

 これからもさ…

 俺、ずーっと神と一緒にいるよ?



 …さあ、幕が上がるよ!!

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