入学編第三話 白黒

 扉の奥にあったのは、全三層になる円柱型の倉庫だった。各層ごとにいくつもの扉があり、その扉一つ一つに三桁の数字が描かれている。

 セフィターは潜った扉をすぐ横にあった掌を置く機械に手を置き、しばらくしてから生徒たちを連れて、扉からその倉庫の中の中心に向かう。

 その道中、生徒たちは何かが開く音を聞きながら、キョロキョロと周りを見て歩いていた。

 当然だ。ここにあると察したのは、今から自分たちが乗る機体だ。自分たちの半身とも言えるようになる機体がここにあると思うと、気にならないわけがない。

 まあ、ここでも一人だけ、目線を全く動かさず、無言でセフィターについて行っている者がいるのだが、そこはお察しであろう。

 そして中心に着いた時、ラノハとセフィターを除いた全員が顔を真上に向けた。

 そんな生徒たちの目に映ったのは、三層各階に二十ずつある扉と、白く光り輝く太陽、そしてその光を遮ろうとしている薄黒い雲であった。

 倉庫の天井が開いていたのである。

 これはセフィターが扉を潜ってすぐに掌を置いたので開いたものだろう。

 鳴っていた音は、天井が開く音だったのである。

 セフィターは、空の情景を見てそれに目を奪われている生徒たちに向かって口を開いた。


「静粛にして、こちらを向いてくれ。これからこの場所について説明する」


 セフィターがそう言うと、生徒たちはすぐにその方へ向いた。

 そして、セフィターからの説明を待つ。

 全員が自分の方を向いたことを確認したセフィターは、一つ咳払いをしてから話し始めた。


「皆も察しているとは思うが、ここは聖装竜機の格納庫だ。一人一人の聖装竜機が、ここに保管されている。君たちの聖装竜機も同様だ」


 セフィターはそう言って両手を広げ、今自分たちがいる一階にある倉庫を示す。


「この一階に、君たちの聖装竜機が保管されている。席順、つまり自己紹介を行った順に番号が101、102、103……となる。オタールが101、スパルドが102、モートゥが103……といった具合だ。それぞれの倉庫にはロックがかけられている。そのロックを解除するにはホーリーエネルギーが必要だ。私がここに入る際にしたようにな。試しに見せるから見ておくように。……オタール。君の倉庫を見本に使わせてもらってもいいか?」


「……好きにしてください」


「助かる。では、始めるぞ」


 セフィターはそう言うと、ラノハの聖装竜機が保管されている101と書かれた扉の前に立ち、そのすぐ横にあるもうお馴染みの機械に掌を置いた。

 すると、また白い光が発生し、その光が台を伝って扉までいった。

 扉に描かれている線が徐々に発光していき、101という数字にも光が灯る。

 全てに光が灯った時、扉が開いていった。

 そしてその中にあるラノハの聖装竜機が、扉が開くに連れ、少しずつ、少しずつ、その姿を現し始める。

 そして、ラノハの聖装竜機がその姿を完全に現した。

 ラノハは、これから自らが乗る聖装竜機を見て、思わず口角を上げた。

 やっとここまで来たのだ。これで、邪装竜機を壊せる。奴らを殺せる。これは、その為の第一歩だ。

 今のラノハの中では、憎悪と復讐の炎がより一層燃え盛っていた。

 そんなラノハの様子に気づいたミリアは、ラノハに声をかけようと近づく。

 しかし、その行動はセフィターの声によって遮られてしまった。


「このように、ホーリーエネルギーを流し込めば開くことができる。他の者たちも、自分の番号が書かれた扉を開けてみろ。開けることができたら、その扉の前で待機するように」


「「「「はい!」」」」


 生徒たちは、セフィターの指示に従ってそれぞれ自らの番号が書かれた扉へと向かう。

 生徒全員が各々のところへ向かったことを確認してから、セフィターはラノハに声をかけた。


「オタールもここで待っておいてくれ。決して、無断で聖装竜機に乗ることなどないようにな」


「……はい」


 セフィターはラノハにそう言うと、先程までいた倉庫の中心に向かっていった。

 ラノハは一刻も早く聖装竜機に乗りたかったのだが、ラノハは自分がこの竜機操縦士育成学校の生徒であることを自覚している。それに、ここはまだ焦るような場面ではない。ここはまだ、復讐の第一歩にすぎないのだから。それ故に、教師であるセフィターの言うことを素直に聞いたのである。

 ……もっとも、これが素直だと言い切ってしまうことはできないが。はい、と言う前に少し間隔が空いたのが良い証拠である。

 ラノハは目の前にある自らの聖装竜機を凝視する。

 その聖装竜機は、ラノハが十年前に見た邪装竜機と比べると、明らかに装甲が薄く少ないが、空気抵抗が少ない機体であった。

 ラノハがこの機体に魅入っていると、セフィターの声が聞こえた。その声で、ラノハは現実に引き戻された。


「皆、自分の機体を確認できただろうか!一人一人の要望通りに製造したつもりだが、実際に動かしてみて、不備があるなら申し出てくれ!修正するからな!」


 セフィターの声がこの倉庫内に響く。

 セフィターは普段、あまり大声などをだす人間ではない。それでもこの大きい倉庫内ですべての生徒たちに伝えるために、声を張らなければならなかったのだ。

 セフィターは声を張ったまま、話を続ける。


「聖装竜機の動かし方は難しくない!ホーリーエネルギーを聖装竜機全体に行き届かせ、イメージするんだ!例えば歩きたかったら、脳で実際に足を動かし歩くことを考えるだけで、聖装竜機は動く!ただし、ホーリーエネルギーが聖装竜機全体に行き届いていなければ、動かすことができない!しっかりとホーリーエネルギーを行き届かせろ!まずは私がいる中央辺りまで歩いてきてくれ!」


 生徒たちはセフィターの言う通りに聖装竜機に乗りホーリーエネルギーを各々の機体全体に行き届かせ、動かそうと試みる。

 すると一人、また一人と聖装竜機が歩き始め、セフィターの元へと向かって行った。

 生徒たちがセフィターの元にどんどん集まってきて、ついに歩いている聖装竜機がいなくなった。


「全員いるか?……オタールがいないな。少し様子を見てくる。君たちはここで待っていてくれ」


「「「「はい」」」」


 セフィターは生徒たちにそう告げ、ラノハがいる101倉庫に向かう。

 ミリアは、セフィターが行った方向、つまりラノハがいる101倉庫の方に目を向けた。

 本来ならば、ラノハがいの一番に出てこなければおかしいのだ。

 ミリアは、ラノハが復讐に囚われていることをよく知っている。だからこそ、早く聖装竜機に乗って戦いたいはずだ。

 なのになぜ、ラノハはあそこから出てこないのだろうか。

 ……まさか――


「クソ!!クソが!!何なんだよ!!なんで!!」


 ミリアがそこまで考えていた時、ラノハの叫び声が聞こえた。

 ミリアはセフィターからの待機指示を無視し、聖装竜機を動かして一目散にラノハの元へと向かう。

 ミリアがラノハの元に向かったのを見て、他の生徒たちも数秒遅れてミリアの後を追った。

 ラノハの元に着いたミリアが見た光景。それは――


「なんで動かねえんだよ!!」


 聖装竜機に乗ってはいるが、それを動かせていないラノハの姿だった。


「動け!!動けよ!!クソッ!!クソッ!!」


 何度も何度も、ラノハはこの言葉を繰り返す。

 そんなラノハの姿に、ミリアを含めた生徒たちは呆然として、言葉を発することができなかった。

 生徒たちよりも少しだけ前にラノハの様子を見ていたセフィターは、少し間が空いたがラノハに対して声をかけた。


「……オタール。聖装竜機から降りろ」


「動け!!動け!!」


「オタール。聞いているのか?早く聖装竜機から降りるんだ」


「動け!!動けって言ってるだろうが!!」


「……降りろと言っているのが聞こえないのか?オタール」


 セフィターが発したその声は、相手を黙らせるような迫力があった。

 ラノハはセフィターのその声によって言葉を発することは無くなったが、代わりにセフィターの方を今にも殺さんとする目で睨みつけた。

 だが、セフィターはその目に一切臆することもなく、ラノハに問うた。


「……オタール。お前はなぜ自分が聖装竜機を動かせないのか、分からないのか?」


「……分かんねえよ」


「……一つ、言っておく。今のお前では聖装竜機どころか、聖装馬ですらも動かすことができない」


「な!?なんでだよ!?ここに入学できたんだから、聖装竜機を動かせなきゃおかしいだろうが!!」


「……自分で考えろ。今のお前では、教えたところで無意味だ。それに、聖装竜機を動かせない者はこの竜機操縦士育成学校に必要ない。早急にここを去ってもらう」


「……は?」


「分からないか?つまり、お前は退学だということだ」


 退学。その言葉が言われた瞬間、周りが静寂に包まれた。生徒たちは誰一人として、何も言おうと思わなかったのである。

 だが、そんな空気を無視して、セフィターは話を続ける。


「しかし、入学した直後に退学はできないのでな。必然的に猶予が設けられる事となる」


 セフィターはそう言って、右手の人差し指を立てた。


「一ヶ月。それがお前に与えられる猶予の期間だ。一ヶ月後に聖装竜機を動かせなければ、お前の退学が確定する。退学をしないためには、聖装竜機を動かすしかない」


 セフィターはそう言い終えると、他の生徒たちに聖装竜機を直すように指示した。

 ラノハはその間、未だ現実を受け入れられず、一言もしゃべること無く、ミリアに無理矢理降ろされるまで聖装竜機を降りることもなかった。

 こうして、ラノハの復讐の第一歩は、想像を絶して盛大に躓いたのであった。

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