入学編第四話 意志
聖装竜機の試運転を終えた竜機操縦士育成学校四期生の生徒たちは、自分たちの教室に戻り、セフィターの話を聞いていた。
だが、ラノハは未だ現実が受け入れられておらず、生気のない目で自らの机を見つめている。
故にラノハは、セフィターの話を全く聞けていなかったのである。
ラノハがそのような様子になっている間に、セフィターの話はもう終盤まで来ていた。
「……今日はここまでだ。言っているように、明日から聖装竜機操縦の授業が本格的に始まる。それに伴い、歴史を中心とした通常科目の授業も始まるからそのつもりで。では、寮に住む者以外は帰ってくれていい。私は寮の鍵を持ってくる」
セフィターはそう言い終わると、教室を出ていった。
セフィターが教室を出た直後、先程まで静かに話を聞いていた生徒たちが一斉に喋り始め、教室は生徒たちの声で満たされた。
中でも、ミリアに話しかける生徒が多かったが、ミリアはそれらをあしらいカバンを持ってラノハの元へ向かう。
そしてミリアは、ラノハの肩をトントンと叩いて声をかけた。
「ラノハ。帰ろ?」
だが、ラノハはミリアの方を向かない。よほどショックが大きかったのだろう。今のラノハからは、燃え盛る炎のような気迫が全く感じられなかった。
肩を叩いても反応が返って来なかったミリアは、ラノハに気づいてもらうためにもう一度肩を二回叩いて、また声をかける。
「ラノハ?聞いてる?帰ろうよ」
しかし、ラノハはそれでも反応を示さなかった。
少しムッとしたミリアは、自らの顔をラノハの顔の位置まで下げ、人差し指でラノハの頬をツンツンとつつきながら声をかけ続ける。
「ラ、ノ、ハ。か、え、ろ?」
これでも反応を示さないラノハに対して、流石にカチンときたミリアは、人差し指をラノハの頬に押し込んだ。
これにはラノハも流石に気づき、生気のないその目をミリアに向ける。
「……気づいた?」
ミリアは軽く微笑みながら、優しい目をしてそう言った。その微笑みはとても可愛く、周りいた生徒たちが、男女問わず見惚れてしまうようなものだった。
ラノハは見惚れこそしなかったものの、少しだけ目を見開いてミリアを見つめた。
そしてようやく、ミリアに対して言葉を返す。
「……どうした?というより、いつの間に俺は教室に戻っていたんだ?」
「……覚えてないの?リーハー先生が明日からのことについて説明してたんだよ?まあ、聞こえてないとは思ってたけど……」
「……じゃあ、もう帰るのか?」
「……それを言いに来たんだけど。っていうかずっと言ってたよ?帰ろって」
「……悪い」
「分かれば良し!……取り敢えず、帰ろ?今日は家にお父さんいるから、色々相談したらいいしさ」
「そう……だな……」
ラノハはゆっくりと椅子から立ち上がり、自分のカバンを持つ。
そしてミリアと共に教室を出ようとすると、他のクラスメートたちがミリアを引き留めようと声を上げた。
「えー!?もっとミリアちゃんと話したいよー!」
「俺も俺も!俺ら寮生だからなー……。一緒に帰れねえし……」
「っていうかここにいるほとんどが寮生でしょ。王都に住めてる人なんて、極々僅かだし」
生徒たちが言うように、竜機操縦士育成学校は王都近くの山に建設されている。ルマローニ国に気づかれないため、そしていざという時に王都を守るためである。
竜機操縦士の数はとても少ない。それ故に、生徒であろうとも緊急事態となれば戦わなくてはならないのだ。
だからこそ、自宅から通学できる者は限られており、王都に住んでいる者のみとなっている。
もっとも、王都の土地価格は高く、住める人は裕福層ぐらいなので、寮生の方が圧倒的に多く、自宅から通う者はラノハとミリアを含め六人しかいない。これでも今年は多い方である。
ミリアは、そんな寮生たちの引き止める声に対して言葉を返す。
「ごめんね。今日はラノハのためにも、早く帰りたいんだ。行こ、ラノハ」
ミリアは寮生の生徒たちに申し訳無さそうに微笑み、そう返した。
これにより、そこにいる生徒たちの大半がミリアを引き止めることを諦めたが、たった一人だけ、諦めていない者がいた。
「ミリアさん。少し待ってくれ。ミリアさんとまだ話したい人がこんなにもいるんだ。ラノハくんに先に帰ってもらって、残ってくれないか?」
「ごめんホーブくん。流石にこの状態のラノハを一人で先に帰らせられないよ」
ミリアはホーブという生徒に断りを入れ、ラノハと共に帰ろうとした。
しかし、ホーブはまだ諦めず、ちらりとラノハを一瞥しながらミリアに声をかけ続ける。
「なぜ彼に構うんだい?彼はこの竜機操縦士育成学校に入学しておきながら、あろうことか聖装竜機を動かすことができなかった出来損ないじゃないか。そんな彼と関わっても意味がないと思うけどね。それより僕らの友好関係をもっと深めたほうが有意義だと思うのだが、どうだい?」
出来損ない。
ホーブはラノハのことをそう評した。
この発言に、ラノハとミリアは怒りを露わにした。
その怒りのまま、ラノハはホーブに殴りかかろうと腕を振り上げ、声を上げた。
「誰が出来損ないだ!俺は!」
「ラノハ、駄目!落ち着いて!」
しかしすんでのところで、ミリアがラノハを止めて宥めた。
それによりラノハは自分が退学候補者であるという事実に気づき、問題を起こしてはまずいと手を引いた。
そしてミリアはラノハに続けて声をかける。
「……ラノハ。先にこの教室を出て、校門前で待っててくれない?大丈夫。すぐに行くから」
「……別に先に帰ってもいいんだぞ。俺は一緒に帰る必要なんてないんだからな」
「ううん。流石に放おっておけないないよ。だから待ってて」
「いや、だから……」
「待ってて?」
「……分かった」
ラノハは自分が馬鹿にされたのに腹がたっただけで、一人で帰ること自体に抵抗はなかった。
しかし、最終的にミリアに押し切られてしまった。
そのときのミリアが、表情は笑っていたのに何故か少し怖かったのが原因である。
ラノハは本能的にここは引いたほうがいいと理解し、ミリアの言う通りに先に教室を出た。
ラノハが教室から出て、この教室の声が聞こえるところである廊下から姿を消したことを確認したミリアは、ホーブの方に向き直り口を開いた。
「……ラノハを馬鹿にしないで。これ以上ラノハを馬鹿にするなら、たとえ相手が誰であろうと、許さない」
「……なぜなんだ?なぜ彼ばかりに……。彼みたいな出来損ないなんかより、僕の方が……!」
「ラノハのことを出来損ないなんて言葉で呼ばないで!」
ミリアはホーブに対して怒号を上げた。それは、普段のミリアからは想像もできないような荒々しい声だった。
ホーブのみならず、その他の生徒たちも皆一様に驚いた。
そんな様子は物ともせず、ミリアは更に声を荒らげる。
「ラノハは出来損ないなんかじゃない!ラノハは私たちの家に来たときから今の今まで血の滲むような、ううん、文字通り血みどろの努力を重ねてきたの!剣においても!体術においても!十年間、ずっと!生身の近接戦闘で、今この場でラノハに勝てる人はどこにもいない!」
「なんなんだ……。なんなんだ彼は……!?ミリアさんは、僕が……!」
「私にとってのラノハは、家族だよ。……ラノハは私のこと家族と思ってないし、認めないと思う。それに関係性としてはまだ幼い頃からの知り合いぐらいだし……。でも、それでも、いつかなってみせる。本当の意味での家族に。それが、私の意志」
ミリアが言葉を言い終えた後、教室は静寂に包まれていた。
ホーブもまた、放心状態となっており、一言も喋らない。
そんな静寂を破ったのは、他でもないミリアだった。
「……ラノハ待たせちゃってるから、帰るね。じゃあ、また明日」
それに対する返事は、生徒の誰からも返ってこなかった。
それをミリアは全く気にせずに教室を出て、ラノハの元まで急いだ。
教室に残された生徒たちは、セフィターが寮の鍵を持ってこの教室に返ってくるまで一言も喋ること無く、ただただその場に立ち尽くしていた。
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