最終話 〈誰か〉

〈ミハル〉の意識が最初に見たのは、目前で黙然と亡くなる〈誰か〉の姿だった。

 それは〈ミハル〉の見知らぬ他者だった。

 それでも〈彼〉は、その〈誰か〉の死を悲しみ、悔やみ、救いたいと強く願った。

〈彼〉は時代と場所を超えて、様々な他者のカント野を渡り歩いた。そして彼らと少しずつ自分の願いを共有した。一人一人の行動は些細なことだった。振り上げたこぶしを静かに下ろす。客が喜ぶ料理を作る。電車で席を譲る。友人に本を貸す。親しい相手に電話をかける。寝坊せずに仕事へ行く。子供に綿アメを渡す。親の話を聞く。大声を出す。笑う。泣く。怒る。悲しむ。〈彼〉はほとんど何も干渉しなかった。〈彼〉はただ、他者の大脳の刺激として一瞬そこを間借りしていただけだ。そうして幾億の意識がさしたる理由もなく接続された。〈彼〉はもはや人格を成していない。ただ2mA以下の微弱電流として人と人をつないでいく。明確に何が起こったのか、おそらく誰にもわからないだろう。程なくして(しかし実際には永遠とも思える時間が経過していたのかもしれない。だがそれは人間の感覚にとっては、やはりほんの一瞬にしか感じられない)あの日の〈誰か〉の命が救われた。


〈彼〉はその〈誰か〉の顔も名前も知らない。

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カンティック・ジャンクション 遠野よあけ @yoake_tono

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