第5話 1023人目(2019年)
実のところ、予想できていたことだった。
こうなる可能性は高かった。星を事故から救ったことは、未来に大きな干渉を起こすことはない。だが、名花の事故は違う。彼女の生死は歴史の転換点となる。それが遠い未来とつながっていればいるほど、歴史を改訂することへの抵抗は大きいことは想定された。
いわば〈私〉の試みは、この世界の自然の法則に逆らうことだ。すんなりと行くとは思っていなかった。
〈私〉は星に対して誠実に接した。それは嘘ではない。しかし意識の片隅では、彼のことを〈一人目の星〉として認識もしていた。
そして今、〈私〉の意識は〈二人目の星〉のカント野で目覚めた。
新聞配達中の彼に、〈私〉は少し先の未来を囁く。
一度目と同じように、彼は道路標識を見た後、バイクの進路をいつもとは違う方向へ変えた。
そこから、〈一人目の星〉と同じようなやりとりを経て、出勤前の名花に出会う。
不気味なほどに、同じ展開をたどり直している。
〈……〉
意識でしかない〈私〉にとって、時間の経過の感覚は奇妙なものに思えた。
時間の跳躍を開始してから、既に長い時間が経っているが、そのことによって疲弊する感覚器官を今の〈私〉は持ち合わせていない。
何十人、何百人の星の大脳を間借りしてきたが、どのような方法をとっても、結果として名花は日中に死亡してしまう。正確な死亡時刻こそ違えど、何の因果なのか、彼女は必ずこの日に亡くなってしまう。
「なんだか、お前とは初めて話す気がしないな」
そんなことを星が口にしたのは、何人目の彼だっただろうか。
〈私〉にとってもそれは意外だった。繰り返し星の大脳を間借りするうちに、角と角がこすれあいお互いの形を丸く変えていくように、〈私〉と星の意識のつながりは太くなっていった。百人を超えるあたりから、星は自分の事故を回避する段階から〈私〉の声が聞こえるようになり、〈私〉をすぐに信用するようになった。
「〈ミハル〉の気持ちはわかるよ。誰だって、自分にできる〈良いこと〉があるなら、それを行いたいよな」
依然として名花の命を救うことには成功していない。ある時は通り魔に刺され、またある時は飲食店のガス爆発に巻き込まれる。星がどのような回避策を立てても、事態は好転しない。
「今の俺は、〈ミハル〉にとって何人目なんだ?」
〈1023人目だ〉
「そっか。お前も大変だなあ。でも、世界を救うためだもんなあ」
星はいつの間にか、〈私〉が説得するまでもなく、〈私〉の話に理解を示すようになっていた。
そしてまた、他にも〈私〉では説明のできない事象が起こり始めた。
2000を数えるほどの回数を繰り返すうちに、時折、星の住む家が異なっていることがあった。
最初は百回に一度くらいの頻度でそれは起こった。アパートではなくマンションだったり、名花と同棲していたこともあった。頻度は少しずつ高くなっていた。今では十回に一回はそれまでの星と何かが違う星が現れる。
「ゲームのようだ」と呟いた〈一回目の星〉の言葉を借りるなら、それは確かに、ゲームの初期設定を少しだけ変更したような状況に近い。あるいは、並行世界という概念も今の状況を説明するのに合っている。だとすれば、パラ憲法による時間跳躍は、〈私〉の研究による理解を超え始めている。
そんななかで、星が明らかに奇妙なことを口にした。
「〈ミハル〉はさ、二十年以上も時間をかけて、この時代にやってきたんだろう? 親友のためにそこまでできる奴はなかなかいないよ」
親友のため、という星の言葉が何を指しているのか、〈私〉はよく理解できず、そのことを訊ねた。
「テルマ、っていう昔馴染みのことを救いたいんだろう? 俺そういうのに弱いんだよね。心情的に。なあ、テルマってどんな奴なんだ?」
〈何を言っているんだ? テルマを、私が救う……?〉
テルマは確かに〈私〉の昔馴染みの親友だ。しかし、この計画の動機とは無関係の人間だ。第三次世界大戦とテルマは何も関係がない。
「第三次世界大戦? なにそれ。え、未来では戦争があるの?」
星の声はとぼけているようには聞こえない。
〈私〉は違和感を抱えながら、今回も名花を助けることに失敗する。
そして〈私〉は今回の星のカント野から離れていく。
『次』へと向かう私が思い浮かべたのは、2019年6月13日の風間星ではなく、2119年のパラ憲法改訂以降、再会していない、再会することもないかもしれないと思っていた友人テルマのことだった。
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