第34話 初夏の夜の夢

 その後真司が本格的に落ち込み始めたので、慌てて大野が慰めたり、五月が慰めようとしたりしたが結局真司の落ち込みようが本格回復するまでには至らなかった。

 それでも真司の提案で城内各所の視察は行った。

 廻ったのは屋上のジャガイモ・テンサイ畑や宿泊用に使える部屋の様子。

 記者会見や儀式が出来そうな一階の元店舗等の様子。

 地下のマーロン特製魔物肉加工場等だ。

 特に魔物肉加工場では大野が物欲しそうな目で色々物色していたのだが、今は責任者が不在という事で断った。

 まあマーロンが非番になれば色々出させることも出来るだろう。

 お土産に少しもたせてもいいかとユーエンは考えているようだ。


 問題は真司だった。

 普通に受け答えはする。

 必要なら提案もするし意見も言う。

 それは変わらない。

 ただ動きがロボットダンスなのだ。

 五月は前にもそんな真司の動きを見たことがある。

 ユーエンとこの城の件で話し合った後の、あの落ち込んだ真司の動きと同じだ。

 つまり、真司は酷く落ち込んでいる。

 元々真司ハーレム王説を五月は信じていない。

 条件反射でつい嫌な顔はしてしまったけれど。

 五月の事も会うまでは男性だと思っていた位だし、女性と知っても別に手を出したりもそんな素振りすらも感じなかった奴なのだ。

 それはそれで五月としては別に思うところも無い訳ではないのだけれども。


 それはユーエンに対しても同じだと五月は思う。

 この城の件に取り組むようになったきっかけはユーエンが真司を選んだ結果。

 逆ではない。

 この件に真司が取り組む事を決断したのもユーエンの美貌とかそういう理由ではないだろう。

 五月は知っている。

 真司は根本的にお人よしだ。

 助けを求められると『人のため』ではなく『困っているのを見るのが嫌な真司自身のため』に行動を起こし、『物事が上手くいくのを見たい真司自身のため』に成功させようとする。

 おまけに『策を弄する自分』は大嫌いだが『必要に応じて策を弄する』こと自体は嫌ってはいないという矛盾した性格だ。

 しかも自分自身の損害は無視する癖に他人が真司の行動でちょっとでも失敗したり傷ついたりするとすぐ落ち込むという変な方向にナイーブな奴だ。

 率直に言ってかなり面倒くさい。

 某北大学で美女4人を従えたハーレム王、というのもそういった真司の行動が色々反応してしまった結果だろう。

 そう五月は思う。


 そして五月の性格は真司と違い絡め手を得意としていない。

 やるなら正面から情報・物量を全力投入して殲滅戦。

 それがモヒカン様である五月のスタイルだ。

 ゲーム内では無論そうだし先程のワインの件もそうだ。

 ネットで拾える情報は公開情報だし食事の時に好物を与えるのは当然。

 つまり正当な作戦行動だったと五月は思っている。

 でも真司の件については情報も手段も足りない。

 前回は真司の台詞に反応した五月自身の思いと感情を直球勝負で打ち返して痛み分けドローとなった。

 でも今回はその作戦も効果は薄いだろう。

 それにその作戦を実行する場に第三者がいたなら五月自身も羞恥で立ち直れなくなる恐れがある。

 あの時も相当危うかったし。


 だから夕食を終えて各寝室へみんな向かった後、五月はユーエンを捕まえる。

「ユーエン、お願いがある」

「シンジの事ですね」

 五月は頷く。

「魔眼を使って欲しい。シンジがああなった原因の大学時代の出来事を表層思考を読み取って理解して、その上で解決策の選択肢を幾つか考えて成功=真司が落ち込まなくて済むようになる方策を探してほしい。報酬は私が払えるものなら何でも。もしシンジがユーエンに魔眼を使ったことを咎めたてたら、正直に私に依頼された、いや脅迫されたと言ってくれ。やらないと知事やこの城のまだ眠っている住民に危害を加えるぞと脅迫する」


「私も出来ればそうしたいのですが、無駄でした」

「何故」

「もう使ってみましたから」

 ユーエンはそう言ってため息をついた。

「あれからずっとシンジの事を魔眼で観察していました。視線の方向と魔眼の作用する方向は違いますから気づかれてはいないと思います」

「それで」

「シンジは表層思考レベルでもその出来事に振れたくないようです。そこに近づくと思考があからさまに避けます。思考を停止したり別の事を考えようとします。だから私も読めませんし、それを元に選択肢を作ることもできません。ただ」

「ただ?」

「一週間後、間違いなく一週間後の次の土曜日に何かが起こります」

 ユーエンが顔をしかめる。

「来週一週間の毎日を選択して、どの日にシンジにとって満足感が高い出来事が起こるかをカレンダーを使って視てみました。正直こんな占いのような魔眼の使い方は初めてですが、明らかに土曜日だけ何らかの反応があります」

 五月に心当たりはない。

 それに何か起きるとすれば、記者会見等がある……

「木曜日では」


「木曜日も金曜日もある程度の満足感は得られるようです。でも土曜日のは質が違います。木曜日、金曜日の満足感は多分私が依頼したこの仕事についてでしょう。でも土曜のは……」

 不意にユーエンがふらつく。

 次の瞬間倒れそうになるのをとっさに五月は抱きとめた。

 かなり身長差はあるが何とかぎりぎりで支えきる。

 見るとユーエンの顔は元々以上に真っ白だ。

 青白いと言ってもいい。

 呼吸も若干荒い。


「すみません、大丈夫ですがちょっと失礼します」

 ユーエンがゆっくりしゃがみ込む。

「大丈夫じゃない。何故……魔眼か」

「ええ、ちょっと魔眼の正しくない使い方をしてしまったようです」

「危険だ。今ユーエンが倒れるのはまずい」

「それでも必要なことと判断しました。いえ訂正します。私がそうしたいと思ったからそうしました」

 五月は気づく。

 ユーエンが何を思っているか。

 それはきっと自分の中にある感情と同じだ。

「無理はするな。今のユーエンはここの要。ユーエンが倒れれば皆困る」

「わかっています。だから明日からは気を付けます。その代わり……」

「奴の事なら私が注意する。奴の事だからこの件の成功が確実になるまでは動かないと思う。でも万が一が起こらないよう見張っていてやる」

「お願いします。それともう一つ。今夜、あなたの口からシンジさんの事を聞きたいです。どんな人か、どうやって出会ったか、あなたからどう見えるか。私の部屋は二人部屋なので、一応ベッドももう一つ使えます」


 五月はちょっと考える。

 五月はあの事件の後からはずっと一人だった。

 今でこそ真司やユーエンと昼間一緒に行動しているが、それでも一人が一番楽だ。

 慣れてしまったのもあるし、自分が人一倍神経質なのも知っている。

 例えるならヤマアラシとかハリネズミ。

 自分から針を出していて人を近寄らせない。

 それでも、と五月は思う。

 今のユーエンなら大丈夫な気がする。

 そう思うのはあの事件以来2人目だ。

「了解。ユーエンの部屋まで送った後、荷物を取ってくる」

「ありがとうございます」

 今の微笑みは本物だと五月は感じた。

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