第33話 実戦突入即終了
喜多見は座り直して姿勢を正す。
「群馬県知事もやっている大野だ。喜多見は妻の旧姓」
彼はそう言ってグラスとタンブラーを交互に見て、牛乳入りタンブラーの方を選んで飲む。
「用件は玉川先生から聞いている。要は村人の日本国への編入と保護、それとこの城と周辺の土地の保護と借用、所有している各種技術の権利保護、まとめるとそんなところだろう」
「ええ、そうです」
「先生からの話だから何とかしてやりたいが、俺の一存じゃ全部決めるなんてできない。国民としての編入と保護はまあ何もしなくとも多分大丈夫だろう。技術関係の権利保護も学者を入れて諮問会議でも作ればまあどうにでもなる。あとはこの土地の長期貸出だ。これは県としても公平性と利益の両面から見なければならない。
だからそれを直接確認するために俺は来た。貸し出しが県にとって利益になるか。場合によってはこの付近の開発も着手べきか。そもそもこの件にそれだけの価値があるか。自分の眼で見ないと自信をもってうるさ方を説得できないからな。
さて状況は今の段階としては充分聞いた。現物もある程度見た。単なる土曜日でかつ城に近寄れない状態でもそれなりに観光ニーズがあるのは見たし、この城の現物も少しだけではあるが内部まで確認した。そこでだ」
喜多見、いや大野の眼が真っすぐにユーエンの方を見る。
「大事なのはスピードだ。他が色々余分なことを考えたり手出しする前にがつんと実例を作ってそれを宣言してやる。先手は必勝だし兵は神速を尊ぶもんだ。先にどんどん進めて既成事実を作ってしまう。それには」
大野は未練たっぷりな視線でグラスを見つつ牛乳をすする。
「俺が上州の独裁者だとかスタンドプレイの鬼だとか言われていても物事には限度がある。ウィークディで4日目、木曜日だ。木曜日の昼にこの城で大々的に会見と友好儀式をやる。ここのことを表沙汰にしてこの件は
いきなりの直球、それも剛速球だ。
「裏工作などさせない。全部表沙汰にして世論も味方にして邪魔が入る前に押し通す。火曜日夜までにうちの精鋭部隊をこの城に送り込む。会見と儀式の詳細や想定問答については俺より奴らの方がよっぽど上だ。だから任せてほしい。
ここで用意するのは会見場所とそれらしい服装と、愛しくも哀れな先陣部隊の仕事部屋と寝る部屋の提供だ。部隊の人数は7名。会見場はめぼしいところを奴らに実査させて決めればいい。部隊の部屋と食事は突貫作業になるのでせめていいのを提供してやってくれ。出来る範囲でいいから。以上異議質問はあるか」
真司は突然の事に頭がきちんと廻らない。
でも少なくとも今までの想定より不利になることは無いようだ。
むしろこれは大野の積極的かつ暑苦しい好意だろう。
素直に受け取るべきだ。
こっちを見るユーエンと視線を合わせ、頷く。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
「よし、それでは仕事終了」
大野はそう言って急に背筋をふにゃっと曲げグラスに手を伸ばす。
「ああ、愛しの白ワインよ」
その豹変ぶりもまあ、なんだかなと真司は思う。
君子は豹変するものらしいがこれもそのうちに入るんだろうか。
「それにしてもこの組み合わせとワインは極悪な組み合わせだな。それにしてもこのワインを選んだのは誰だ」
誰だと聞いているのに大野の視線は既に五月に向いている。
「どこかの人が広報誌で力説していた。物事に絶対は無いし人の価値観も同一ではない。その証拠に俺は高いのよりも白の安くてフルーティなワインが好きだと」
五月がそこまで調べていた事は真司も気づかなかった。
「さっきの依頼内容の変更だ。火曜にやってくるうちの後方部隊は生かさず殺さずで、いや生かさず生かさずの方針でいい」
それは単なる殺害だ。
「広報誌とじゃ担当者違うでしょ」
「あの時の広報誌のキャップが今の広報課長代理で今度来る部隊の責任者だ」
記憶力がいいのか根に持っているのか。
「あれは紙面が足りないといきなり依頼されて一晩で書かされたからな。ここで2泊3日苦しむがいい」
完全な逆恨みという訳でもないか。当事者だし。
大野は立ち上がると皿を持って台所の方へ行き、生ハムを削り始めた。
「これは一回やってみたかったんだ。まさかここでやるとは思わなかった」
そう言って何かを思い出したようだ。
「そういえば特区の制定経緯、今更知らないとは言わないよな」
生ハムをえらくいっぱい削ったのをテーブルの上に置いて大野は真司の方を見る。
「サバゲーマニアの噂程度なら」
「あのエアガン規定は俺が心ゆくまで改造した濃ゆい濃ゆいエアガンを思う存分ぶっ放す場所が欲しくて作ったんだ。それを知らないとは本人を前に言えないよな」
何か言葉に妙に力がこもっている。
真司があえて答えないのが気に障ったのか、さらに続ける。
「まさかそれを知らないで俺の目の前であんな改造エアガン出したりしたんじゃないよな」
微妙に大野の眼が座っているような気がした。
真司は思わずテーブルの上を確認する。
いつの間にか白ワイン一本が空になっていて、更に一本が間もなく終わりそうだ。
そして赤ワインがコルクを一度開けた状態でいつのまにか脇に控えていた。
「白ワインが好きだが飲むと赤ワインも恋しくなる、とも書いてあった」
おいまて五月、昼からそれはやり過ぎだ。
「美女2人を侍らせて好き放題に改造エアガンを撃っている奴が憎らしいからちょっと個人攻撃してみよう。つまり、『よろしい、それでは
まずい、何か知らないけれどまずい、と真司は思う。
大野の背後で『
「高校時代の恩師からメールで送られてきたある青年の簡単な経歴調査を元に、俺は群馬県庁で勤務するある若者にインタビューをした。彼は某北大学の卒業生で調査対象の青年の1年後輩らしい」
真司は非常に嫌な予感がした。
「ちょっとトイレに行きたい気分なんですが、よろしいでしょうか」
「すぐ終わる。最後まで聞け」
脱出は不許可だそうだ。
「彼に聞いたところ、すぐに返事が返ってきた。『知っています。有名人ですよ。高校生のかわいい彼女がいるのに大学内でいつも美女4人を侍らせているって。サークルではハーレム王と呼ばれているらしいですよ。結局女関係で4年で大学は辞めたみたいですけれど』とな」
ちゅどーん!
核爆弾が投下された。
真司は恐る恐る横目で五月とユーエンの方を伺う。
今の聞こえてないよね、聞いていないよねと祈りながら。
ジト目の視線が返ってきた。
冷たい視線を感じる。
「お、言い訳しないな」
「状況を知らずに表面的に事象を見ればそう見えた時期があるのも事実です。確かにそう見てとろうと思えばそう見えたかもしれません。ハーレム王も正確にはハーレム部長ですが実際に冗談ではそう呼んでいた人もいましたし。
更に言うと、女で大学辞めたというのさえ、性別女性が原因のきっかけの一つをつくったという意味では間違いではないです」
「しかも全肯定した!」
「ある意味その件はどうでもいいです。結局僕が当時描いていた甘い目論見は全部壊れて、結局全部捨てて逃げだしたのは全部僕の責任ですから」
そこで大野は気づいたらしい。
そのハーレムがあまりいいものではなかったらしいという事に。
「……まあ生きていればいいことはあるさ。今もまた美女と美少女侍らしているし」
「慰めるふりして突き落とす芸風は流石です」
「……本当に落ち込んでいるんだな」
「まあ、学校辞めて引き込もりになるくらいには」
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