第25話 肉の衝撃

 真司は重い重い足取りでロッジの廊下を歩く。

 重いというのは比喩では無い。

 彼が背負っているザックの中には30キロ弱の肉の塊が入っているのだ。

 重くない訳がない。

 帰りは県道上で他から見えにくい物陰まで瀕死のオークとともにユーエンに空間移動で送ってもらった。

 そこでオークにとどめをさし、オーク肉を引き取りに来た公社の搬送用の車で荷物ごとロッジまで送ってもらう。

 だから歩く距離は最小限で済んだ。

 しかし重すぎてロッジの中だけでも結構つらい。

 それでも何とか407号室までやって来た。

 五月がドアを開けると同時に中に入り、冷蔵庫の前でザックを下ろす。


「うげーっ、腰に来る」

 何せ中に入れてある肉塊の量が半端ではない。

 五月がとっても嬉しそうにそれらを一つ一つ取り出す。

 でっかいオークの後足丸ごとのハム。

 まさに塊といった感じのロースハム。

 ちょっとした枕の大きさのベーコン。

 狂暴なサイズと量のソーセージ。

 正体不明な瓶詰。

 それこそ次から次へ出てくる。

 真司の背負っているアタックザックは75リットルサイズ。

 アタックザックとしては最大級の容量だがよくもこんなに入っていたものだ。

 結構広いテーブルの上が瞬く間に肉に占拠される。


 やっとザックが空になったと思ったら、今度はその肉加工品の山を一品一品確認しながら冷蔵庫に詰め始めた。

 終わりそうにない。

 真司はもう黙って見ている。

「あ、出来れば下の売店でフランスパン2本買ってきてほしい。無ければドイツ風の硬くてごついパン。その系統がどうしても無かったら食パン。あとチーズ出来れば塊のいい奴」

 見ているだけなのも暇なので、真司は返事をして立ち上がる。

 

 真司がバタールと書かれていたフランスパンぽいパン2本と地元山田牧場産のカマンベール風チーズを買って戻ってくると、五月が自分の胴体程もある肉塊を抱えて悪戦苦闘していた。

「あ、シンジ、お願い手伝って」

 やれやれと思い真司は五月から肉塊を取り上げる。

 見た目通り重い。

 10キロ位あるだろう。

 五月は木製の銃架台みたいな見慣れない器具を指さす。

「それをここに斜めに置いて。あ、こっちを下にしてこの角度でここに刺す。よしよしそのまま持っていて」

 鳥の手羽先を超巨大にしたような形の肉塊の、肉の方を下にして台から出ているピンに突き刺し、骨の方を台の上の方に出ているネジ式のピンで刺して止める。

 どうやらこうやって肉塊を置く専用器具らしい。


 うーむ、こないな専用器具はどうしたのだろう。

 城から持ってきたにしてはザックの中に入っていた覚えはないな。

 そんな真司の視線に気づいたか五月が説明する。

「生ハム原木用の台。前に原木を買った時に使った奴。本当は高山村に原木を販売しているところがあるからそこで買うつもりで持ってきた。でもまさかオークの生ハムに使うとは思わなかった」

 ハム? 原木?

 真司には整合性が分からない単語が飛んでいるがとりあえずパスだ。

 ヘタにつついて長説明されたら面倒くさい。

 こういう時は後でこっそりググるに限る。


「それよりパンありがとう。折角だから味見ついでに夕食にしよう」

「この生ハムを食べるの?」

「これはこの状態であと2日は置いておく。任せて」

 パンと肉塊だけだが五月に任せて大丈夫なのだろうか。

 微妙に中の人のモヒカンを知っている真司はちょっと不安。

 でもパンとハムとチーズだけなら不味くなるにも限度があるだろう。

 それにモヒカン様はグルメではあるのだ。

 引きこもりだからレストラン等とは縁遠い。

 方向性は豚の後脚一本の生ハムを買うとか寒ブリを一本丸ごと取り寄せるとか。

 前に後脚一本の生ハムを買った時は、腹が減ると生ハム削ってパンに載せてオリーブオイルかけて食べるとメッセンジャーで言っていた。

 今回も生ハムはまだ駄目なようだが似たような方向性だろう。

 なら不味い可能性は低い。

 五月が刃体が波状の怪しげな包丁を使っていたりするのも真司から見えている。

 でもそれについてもとりあえず無視だ。

 モヒカン様だからそんな刃物をもっているのは当然なのだ。

 更にハムらしき肉塊を切る時、長くてしなり感のある怪しげな包丁をどこからともなく出していたがこれも無視。

 というか五月はいったい何本包丁を持ち込んでいるんだ。マニアか。


 怪しげな包丁を使って肉を解体している五月を見て真司が何となくデリカデッセンなどという映画を思い出して怪しい想像に耽っていたところ、五月に動きがあった。

 料理が出来たらしい。

 五月がパンを乗せた大皿を持ってくる。

 中身はフランスパンを厚めに輪切りにしたものにペースト状のコンビーフ様のものをがっしり塗ったというか乗せた物が6個。

 更に長めというか両切口の間が20センチ位のものに縦に包丁を入れて大胆な厚さのチーズ塊とわりと繊細なハムの薄切り豪快な量を挟み込んだハムサンドが4個。

 女の子の手料理と言うより男の豪快料理という感じ。

 モヒカン様の手製にふさわしい。

 でも間違いなく美味しそうだ。


 五月はもう1往復して紅茶を淹れたカップを持ってきた。

「本当はワインが合うらしいんだけどまだ18歳だし一応自粛。

 じゃあ、いただきます」

 真司も一緒に唱和して、まずは輪切りの方から食べてみる。

「多分それ、地球ではリエットって呼んでいるのと同じもの。豚肉のラード煮」

 それってめちゃくちゃもたれる奴ではと警戒しつつ真司が口に運ぶ。

 思った以上に癖は無い。

 コンビーフよりももっと肉に癖はなくそのくせ旨みは強い。

 特上のソーセージの中身のようだが印象的なのは塩味より脂の自然な甘さだ。

 白い脂がオークのラードだと分かっていてもこれは美味い。

 健康志向を火炎放射器で焼き払ったような食べ物だがとにかく美味い。


「美味いなこれ」

「あのオヤジ、なかなかいいセンスしてる」

「って持ってきた肉類って全部マーロン氏が加工してるの」

「らしい。あのオヤジが城の工房で自分で作っているんだって。ハムをもらってくるときに工房を見せてもらった時に聞いた。まだ生ハム原木も10本以上ぶら下がっていたし、塩漬け中や塩抜き中のもあったし瓶詰用の瓶も完成品もまだまだあった。

 それにしても、食べ物って異世界でも地球とほぼ同じ加工方法なんだね。ちょっと感動」

「動物の収斂進化と同じだろうな。似た環境では似通った姿に進化するんだろ」

 そう言いながら真司はもう一切れに手を伸ばす。

 とりあえず危険な食べ物だ。やめられない止まらない。


「あとハムサンドの方も。そっちも自信作」

 というので真司はごついハムサンドに手もを出す。

 パンの味はまあまあ。

 ごく薄くバターが塗ってある。

 他は厚めに切ったチーズと綺麗な薄切を見た目にも多く詰め込んだハムだけ。

 でも何だこれは、と真司は思う。

 今までコンビニとかで買って食べたハムサンドは何だったんだろう。

 それくらいの衝撃。

「バターはカルピスバター。本当はパンもブールブールかマエダベーカリーかシニフィアンシニフィエあたりで取り寄せればもう一段上の味になる。でもこれでも悪くはない」

 というか、たかがハムとチーズとバターだけのサンドイッチにこれだけ感動するとは思わなかった、と真司は思ってしまう。

「メイ料理うまいな。どっちも今まで食べたサンドイッチでは一番美味しい」

「ありがと。でも今日のは素材9割知識1割。でもまだまだ生ハムもソーセージもベーコンもパンチェッタもある。乞うご期待」

 はいはい期待します期待しています。

 完全に自分が餌付けされているのに気づきつつも、このレベルの味が楽しめるならいいやと魂を売り渡した真司がそこにいた。

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