第21話 魔王城会議室

 次の朝、真司と五月は午前8時50分にロッジを出た。

 いつもよりかなりゆっくり目だ。

 2人ともいつもの装備に更に大荷物を抱えている。

 真司は中華AKの他にエアガンケース4個と巨大アタックザックを背負った姿。

 五月も背負っているアネロの迷彩柄ザックにザックが真四角が膨れるほどの荷物を詰め込んでいる。

 時間も違うし荷物の量も違うが向かうのはいつもの毛無山だ。

 山頂で回りに他の冒険者がいないことを確認。

 2人は峠から直接見えない山頂先の岩陰に回り込む。

 真司はBDUのポケットから小さい緑色の石がついたペンダントを取り出した。

 真司がペンダントの緑色の石の部分を指で押す。

 カチリと小さな音が響いた。

 それだけ、他に何の反応もない。


「これで大丈夫かな」

「大丈夫ですよ」

 声とともに二人の前方の景色がふっと歪む。

 歪みの中心に影が滲み、瞬く間に影は人型へと成長。

 黒いフードを着た少女の姿になる。

 ユーエンだ。

「思ったより早かったですね」


「ちょうど店にエアガンの在庫があったからね。昨日のうちに4丁仕上げてきた。ただ使った後次に使うためには充電が必要なんだが。城の中電気は通っていないよな」

「そうですね。電気は一応使えないことはないですが電圧や給電方式が違うと思います。とりあえず城内からゴブリンを掃討する時に使えれば十分です。集団を潰してしまえば後は大丈夫でしょう。後は必要になった時お願いすることになると思います」

「それと今後の事について少し話し合いたいんだけど」

「そうですね。それではちょっと場所を替えませんか。立ち話も何ですし」

 ? な目をしている五月の方を真司は見る。

「いい?」

「……真司が大丈夫だと思うなら」

 五月がそう言って小さく頷く。

「じゃあ頼む」

 真司がそう言ってユーエンが頷いたその瞬間。


 周りの景色が変わった。

 空の青さも山の緑も全てが色あせて灰色に溶けたように見える。

 代わりに現れたのは白い壁と天井、木の床に木製10人用位のテーブルセットがある部屋。

 照明は点いていないが大きな窓があるので暗くはない。

「思ったより簡単に移動できるんだね」

「良く知っている場所か見えている場所で遠くなければ。これ位出来ないと怖くて散歩もできない世界で育ちましたので。

 どうぞおかけ下さい。資料などを準備してきます」

 ユーエンは一礼して、歩いて部屋の外で出ていく。

 片開きドアは音もなく閉まった。


「ここがあの城の中……ってシンジどうしたの」

「失敗した」

 五月は真司の表情で……厳密に言うと、表情とか支線の向きとか口調とか、いわゆる雰囲気というもので真司が何か落ち込んでいるのを察した。

「さっきこの城に移動した時、『簡単に』移動したなんて何気なく言っちゃったけど、ちょっとまずかったみたいだ」

「え、確かに簡単に移動したよね」

「でも何かトラウマと言うか傷口えぐっちゃったような気がした」

「私も真司もそんな事出来ないし、別にトラウマ感じる事無いんじゃないかなあ」

 真司は思う。

 多分そうじゃない。簡単とか難しいとか習得に苦労したとかそんな感じじゃない。

 でもだっだらそれが何か。

 ユーエンの事をほとんど知らない真司には答えは見つからない。


「それにしても、シンジ良く見てるね。ユーエンさんに惚れてる?」

「……それは想定の範囲外」

「ユーエンさん美人だし、スタイルいいし」

 正直なところ、本当に真司にそういった発想は無い。

 美人だなと思ったがそれ以上は特に考えていない。

 彼女いない歴=年齢の童貞なので、そういった方向の行動や選択肢が思い浮かばないのだ。

「何なら私も手伝うからアタックしてみる? 応援するけど」

「……ごめん、そっち方向全く考えてないし想定してない」

「ひょっとして二次元オンリーとか、対象は生物ではなく機械類でないとだめとか」

「勝手に人を変態にしないで欲しい」

「ジャミルは原作だと教育担当の上官LOVEだよね。ひょっとしてシンジもそういう人いる?」 

「いません。そんなリア充な歴史ありませんっと」


 ドアがノックされる。

「どうぞ」

 ユーエンがもう1人、中年の男と入っている。

 2人は抱えていた紅茶セットと巻紙をテーブルの上に置く。

「あと、私の補佐官でこの城の空間管制担当のマーロンです」

「マーロン・フラットだ。よろしく頼む」

 マーロンは見たところ30代半ば位、身長175センチ位で中肉中背の髭の剃り跡が濃いちょいワル風な男だった。

 何か中折れ帽とレザージャケット、牛追い鞭を持っていたら似合いそうな感じだ。

 真司達も立ち上がって名乗り挨拶する。

 座り直してから、ユーエンは紅茶らしき物を飾り気のない白磁の、どちらかというとコーヒーカップ型のカップに注いで回す。

 ビスケットっぽい焼き菓子をテーブルの上にセットして、セットがひととおりいきわたってからユーエンも座り、口を開いた。

「マーロンは城内のゴブリン掃討も手伝ってもらいます。つまり、もしシンジさん達に依頼を受けていただければ、この四人で掃討を実施することになります。

 まあ、とりあえずはお茶をどうぞ」

 そう言ってユーエンは自分のカップを口に運ぶ。


 五月もカップを手に取った。

 軽く香りを確かめてから口に運ぶ。

 ちょっと目を閉じて味と香りを確認しているようだ。

「美味しい。とてもいい紅茶」

「そう言ってくれると嬉しいです。この紅茶は私の個人的な備蓄品なので」

 ならばと真司も手を伸ばす。

 真司は五月と違って紅茶の趣味はないので細かいことは解らない。

 ただ、ちょっと色が薄目でブドウ系の薫りがするかなと思う位だ。

「こっちでもこれほどの紅茶あまりない。知っているので近いのは極上のダージリンあたり。条件が同じなら山岳地帯の霧の多いところで栽培されたセカンドフラッシュってところ」

「正解ですね。前の世界の低緯度高山地方で取れたものです。でもあの街ももう何処へ行ったかはわからないので、今飲んでいる最後の缶がなくなったら終わりです」

「この系統に近いのは在庫持っている。今度お勧めと一緒に持ってくる」

 何故か五月が珍しく饒舌だ。

 こんな趣味があったんだなと思いながら真司が見ていると。

「昨日シンジに出したのがそう。グームティーのマスカテルバレー」

 どんな味だったかと真司は考えるが思い出せない。

「ちなみに出したけどシンジは飲んでいない。エアガン改造に夢中で」

 ……すみません。

 と心の中で真司が反省し落ちがついたところでユーエンが口を開く。


「さて、城内掃討の為の説明に入っていいかしら」

 ユーエンは真司と五月の前に巻紙を広げる。

 それは城内の見取図だった。

 ユーエンの説明によると、城の大きさは幅70メートル位、奥行55メートル位。

 棟になっている部分を除くと地上5階地下1階建て。

 ゴブリンを掃討するのは地上1階と地下1階とのことである。

「1階の方は交易や事務のための場所です。この世界へ移動する前に片付けたし見通しがいいからそれほど難しくないでしょう。ゴブリンもある程度出没しますが集団が目立つわけでもありません。

 問題は地下1階部分です」


 ユーエンは図面の地下1階部分を指す。

「地下1階は倉庫と工房と作業場なのですが、ここに魔物を生み出す空間調整室があります。通常は空間の歪みが大きい場合はオークを、それほどでもない場合は牙ウサギ等の魔物を生み出して空間の歪みを調節する場所です。しかし現在ここでゴブリンが大量発生している模様です。

 大量発生したゴブリンは地下1階の廊下に巣を作っているようです」

「巣とはどんな感じだ」

「倉庫の荷物や板材等を使って、高さ一メートル位の狭い空間を各所に作っているようです。ゴブリンは狭い散らかった空間を好みますから。

 これを発見した場合はマーロンの風操作でそれらを排除し、広い空間を確保してから掃討に入る予定です」


「風魔法は結界内でも使えるんだ」

「単なる暴風程度では直接人を殺せませんから。それにマーロンのは厳密には魔法ではなく技術です。特異な才能なしで習得さえすれば使用可能な。まあ100メートルを10秒以下で走る技術のようなものなので他人が習得可能とは私は思えませんが」

「それって事実上の魔法だよね」

「運用上はその通りです」

 そうだよなあと真司は思う。


「掃討にどれくらいの時間がかかると見込んでいる」

「1階部分が2時間以内。地下1階部分が4時間以内と見込んでいます。

 ただ1階部分だけを掃討しても時間とともに地下1階からゴブリンがやってきます。ですので間を開けずに掃討を実施したいところです」

「分かった。五月は他に何か聞くことあるか」

「私は特にない」


「分かった」

 真司はそう言って頷く。

「この件を受けようと思う。とすると、いつ実施する」

「私達の方はいつでも結構です。それこそ今日今からでも。ただ報酬のオーク5頭は一度に受け渡しは無理なので、2~3日に1頭ずつ数日にわたってという形になりますが」

「了解した。なら実施は」

「いつでも大丈夫です。もちろん今日いまからでも」

 真司は五月の方を見る。

 五月は小さく頷いた。

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