第1話 逃走のニート

 5月1日早朝。

 鶴川真司は今出てきた家を振り返ると、アタックザックを背負いなおしてとぼとぼと歩き始めた。

 荷物は目いっぱいまで上方向に伸ばした75リットルの巨大アタックザック。

 サイドには120cm長の細長いソフトケースを付けている。

 これらが今の真司の所有物の全てだった。


 真司は大学中退後、今まで家に引きこもっていた。

 勿論働いてもいない。

 そんな訳でついに父親から追い出し宣告を受けたのだ。

 最初の宣告があったのは今年1月。

 4月終わりまでにアルバイトでもいいから仕事に就け。

 でなければ家を追い出すぞという内容だ。

 もちろん真司が就職できる筈は無い。

 大学中退後引きこもっていて他人とまともに会話が出来ない状態だし。

 そして昨日夜、2度目の宣告があった。

 明日は追い出すぞと言う内容だ。

 結果真司は自分から家を出てきた。

 親からぐちぐち言われて追い出されるよりはましという事で。


 一応、行く当てが無い訳でもない。

 長野県と群馬県の境、毛無峠に向かうつもりであった。

 いわゆる群馬の魔王城である。

 そこで魔物退治をして当座は暮らすつもりであった。

 サバイバルゲーム関係のWebページを見て得た知識である。

 まだ真司が大学生だったころ、サバイバルゲームに少しはまった。

 その関係でいまでもサバゲ関係のWebページを購読していた。

 そこで『リアルサバイバルゲーム』として紹介されていたのである。


 リアルサバイバル、といっても生死をかけるようなものではない。

 ある程度の体力と装備があれば、魔物狩りで1日1万円近く稼げるらしかった。

 現地で講習会もちゃんとあるらしい。

 宿も公営の安い宿があるようだ。

 討伐には一応許可証が必要。

 でも犯罪歴が無く18歳以上であれば取得は簡単らしい。

 幸いサバイバルゲームの装備は一通りそろっている。

 対魔物用BB弾等の消耗品は現地で扱っているとのことだった。


 現地まで行ってしばらく安宿で暮らす金くらいはある。

 具体的には50万円少々。

 父親が追い出し宣告をした際、アパート代敷金礼金込でそれくらいは必要だろうと一応入れておいてくれたものである。

 ただし、その先は自分でなんとかしろということだが。

 つまり手切れ金。

 なくなるまでに何とか生活を軌道に乗せる必要がある。


 面と向かって人と話せない真司にとってこの討伐位しかあてはなかった。

 なにせここ数年、家族以外の人間と話した事がほとんど無い。

 コンビニで店員に話しかけられておたおたする始末だ。

 アルバイトの面接を受けて、ましてそれに受かろうだなど遠い遠い夢。

 面接試験が無くお金になりそうで当座住めるところがある。

 それが魔物討伐くらいしかなかったのだ。

 何とか魔物討伐で金が貯まるか人と話せるようになるか。

 これで駄目なら野垂れ死にかな。

 何せ他に思いつく道がない。


 まあ最安値の宿賃は一日3千円程度と聞いている。

 2ヶ月位やってみて駄目なら次を考えよう。

 その頃には他の人と話せるようになっているかもしれない。

 体力もそこそこつくだろう。

 それなら期間工でも何でも何とかなるだろう。

 何せ今は選択肢が無いのだ。

 さて、まず駅で乗車券を買うのが大変だな、

 窓口の人に話すと思うと気が重い。

 やっぱりIC乗車券でも買うしか無いだろうか。

 そんな事を考えながらとぼとぼと駅までの道を歩いて行く。

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