シェアハウス粗忽荘

遊良カフカ

第1話 新宿と中野の間の片隅で起こった話

ここは東京東中野にあるシェアハウス粗忽荘(そこつそう)。見た目はただの古い一戸建て住宅。元の住人が老人ホームに移った後、誰も借り手が見つからず、困った不動産屋が1人3万円の「女性専用格安シェアハウス」として運用しはじめた。

現在の住人は、酒好きの男好きの女子大生「怜」、アニメ好きコスプレ趣味の声優専門学校生「萌香」、日系ブラジル人の自称帰国子女の元ヤン・アルバイター「ジュリア」の3人。


 リビングには古い派手な布製ソファーセットとローテーブルがあり。

 白いシャツで青い髪をした萌香がテレビを見ながら座っている。


 奥のふすまが開きTシャツジャージ姿の怜現れる。


怜    「うわぁー、昨日飲みすぎたなぁ。ちょー頭痛いわ」


 萌香、ビクッとする。


萌香 「怜さん帰ってたんですか」

怜    「そら帰るよ。ここは私の家だし」

 キッチンから、麦茶ポッドを持ってジュリア登場する。

怜    「私にも麦茶ちょーだい」

ジュリア「先輩いたんですか、今日もぼろぼろで堕落してますね」

怜    「うっさい」

萌香  「いつ帰って来たんですか」

怜    「それな、いつだっけ、どうやって帰った?……覚えてないな」

ジュリア「でも今朝は珍しく服着てますね」

怜    「馬鹿にするな、いつも着てるわ。でも服いつ着替えたんだろう」

ジュリア「昨夜もまた男あさりっすか、私もホスクラ今度連れてってくださいよ」


怜    「違うって。居酒屋で酔っぱらいすぎてこれ以上、飲んで野獣にならないようにって、初回荒らしで行っただけ。酔い覚ましだから、酔い覚まし。でもあれっ、どこの店いったんだっけ、歌舞伎町だったような、わぁーマジ覚えてないわ。ワハハハハ」

ジュリア「先輩、豪快っすね。そのうち野宿すんじゃないですか」

怜    「だな。テント持参な。ガハハハ」

 怜、そのままソファに座り込む。


萌香  「怜さん見てると、本当に大学行かなくて良かったって思います」

怜    「なんだよ。お前こそ、趣味と仕事を履き違えたコスプレ女だろ」

萌香、座り直しながらテレビを情報番組に変える。


テレビ音声「今朝、新宿区歌舞伎町のゴミ捨て場で若い女性の遺体が発見されました」

萌香  「ねぇ、そのうち怜さんも、犯罪都市東京で燃えないゴミの日に捨てられますよ」

ジュリア「そうね、捨てられるね」

怜    「んっなわけないだろ。こわい事いうな」

 怜、目をつぶってソファで寝入ろうとする。ジュリアもソファに座りテレビを見る。


テレビ音声「現場の中継を呼んでみましょう。永田さん」

レポーター声「はい、こちらは若い女性が遺体で発見された歌舞伎町の現場です。女性はゴミ袋の上に横たわるような姿で、今朝5時30分頃、付近を通りかかった老人によって発見されました」

テレビ音声「永田さんその老人は何をされていたんですか」

ジュリア「それ聞く?」

レポーター声「はい、第一発見者の方は大久保公園で行われる太極拳の早朝練習の為に毎朝ここを通るとのことです」

萌香  「太極拳? 何式だ」

ジュリア「あんた、食いつくねぇ」


テレビ音声「他に被害者の女性に関して何か情報ありますか?」

レポーター声「はい、新宿署の話によりますと、被害者に外傷がないことから死因は心不全とみられています。また、付近のクラブでは最近『クロウ』と呼ばれる脱法ドラッグを使って女性を意識喪失状態にしてレイプする事件が多発しているとのことです。今回の事件もそんなドラッグの過剰摂取が原因なのではとみられています」

萌香  「ん……」

ジュリア「歌舞伎町のクラブ?」

レポーター声「さらに警察の情報によりますと女性は身長155cm、髪はやや茶色ががった腰までの長さで……」

ジュリア「細かいな」

萌香  「警察情報漏らしすぎ」

レポーター声「服装は黒のワンピースで短めの丈。スマホや所持品は残っており強盗目的ではないとのことです。警察では女性が何らかのトラブルに巻き込まれたとみています」

ジュリア「そらそうだろ」

萌香  「これって……」

ジュリア「どうした?」

萌香  「ジュリア、昨日確か怜さん着てた服、黒のワンピースじゃなかった?」

ジュリア「んーっ、そう言われれば、確かに、そう黒だったような気がする」

萌香  「ねっ、怜さん黒のワンピース着てましたよね」

 怜、面倒くさそうに起きる。


怜    「そうだっけなぁ。多分その辺にあると思うぞ。いつも脱ぎちらかしてるから」

萌香  「共用スペースで脱ぎ散らかさないで下さい」

ジュリア「でも、見当たらないよ」

怜    「どっかにあるよ」

萌香  「じゃあ、怜さんカバンは、スマホはどうしたんですか、いつも持ってるじゃないですか」

怜    「それも、どっかにあるよ」

ジュリア「そうだね。先輩スマホで朝から晩まで誰かにグチ垂らしてるのに、今朝はやってない。変だ」

萌香  「多分、ここにはもう無いんじゃないでしょうか」

怜   「はぁ?」

萌香  「さっき、テレビで言ってた女の身長が155センチ。先輩も確か150以上160未満ぐらいですよ。先輩、今21歳でどちらかというと若い方」

怜    「若いわ」

萌香  「髪も茶髪で腰までの長さ」

ジュリア「もしかして、さっきテレビで言ってたのって……」

萌香  「そうなの私も、それを思ってた……」

ジュリア「ギャー、何それ怖い。まじ怖い」

萌香  「わぁー私も信じたくない」

         ギャーギャーと騒ぐ萌香とジュリア。


怜   「ちょっと、何が怖いんだよ」

ジュリア「だって、ねぇ」

萌香  「気付いてなさそうなので言いますが、怜さん、さっきテレビで言ってた死体って怜さんなんじゃないんですか」

怜    「ん、ん、ん、なわけないだろう」

ジュリア「昨日先輩、べろんべろんで歌舞伎町のホスクラに行った後記憶ないんですよね」

怜   「あぁ、そうだけど。でも私が死んでるわけないだろう。ここにいるんだから」

萌香  「ここにいるからって、死んでいるか生きているかの証明にはなりませんよ」

怜   「なに分けわかんないこといってんだよ。私はここに元気にいます。だって体のどこも痛くないし、殺された感じも全然しません」

萌香  「私が言っているのは、心と体は別だということです。例え肉体が死んでしまっても、精神は気づかずにウロウロするってことの可能性です」

怜   「はぁ? 何の話」

ジュリア「そういえば、先輩このシェアハウス来る前にホストと同棲していたって言ってたじゃないですか」

怜    「おい、それ秘密な」

ジュリア「その時も、『心ではこんな男に騙されたらいけない早く別れなきゃとわかっているけど体が言うこと聞かない』って、前に言ってたじゃないですか?」

怜    「まぁな、でもそれはね……関係ある?」

萌香 「それと一緒です。怜さんはもともと肉体と精神が分離しやすい体質なんです」

怜   「そんな話、信じられないよ。私が私じゃないって証拠あんのか」

萌香  「実はですね。私はいつも眠りが浅くて、いつも明け方に帰ってくる怜さんの物音で起こされていたんですよ」

怜    「それはすいませんね」

萌香  「でも昨夜は物音がしなくて、朝までぐっすり眠れたんです。『怜さん帰ってこないなぁ』と思って、朝リビングで久々にのんびりしていたら、急に怜さん現れたんで驚いたんです」

怜    「それは、起こさないように、私もそぉっと帰っただけだよ」

ジュリア「いや違う、私も変だなぁと思ってた。だって、先輩酒飲んで帰った翌朝は服脱ぎ散らかして、だいたい裸でこのソファで寝ているのに、今日は普段着ない変なTシャツ着てる」

怜    「たまたまだろ、それたまたま」

ジュリア「それだけじゃない、私、今まで黙っていたけど、虫の知らせというか、第六感てあんのね」

怜    「なんだよその告白。お前ブラジル育ちなのに急に不思議なこと言ってんじゃないよ」

萌香  「ジュリア、それでどうした」

ジュリア「そう、なんか今朝の先輩いつもと違うなぁって感じが、いつもなら姿見なくても『いるな感』バリバリなのに、今は影が薄いっていうか、存在感が弱い」

怜    「今もバリバリだよ」

萌香  「私もそんな気がしていた。ここにいる怜さんは本物の怜さんじゃないって気がする」

怜    「ちょっと」

ジュリア「これは大事な話ですよ。先輩は自分がまだ死んだことに気づいていないだけです」

怜    「どういうことだよ」

萌香  「まとめますと、怜さんは昨日深夜に飲んだくれて歌舞伎町をふらふら歩いているうちに、悪徳ホストに引っかかり、雑居ビルの一室に連れ込まれ脱法ドラッグ『クロウ』を混ぜたドリンクを飲まされ意識喪失。その後散々もてあそばれた後に心臓発作で死亡。慌てた悪徳ホスト達によってゴミ捨て場に投げ込まれたということです」

ジュリア「間違いない」


怜    「おい、よくもそんな『闇金ウシジマくん』みたいなヒドイ話考え付くね。悪徳ホストに引っかかるほど私軽くないからね」

ジュリア「先輩軽いっす。普段から危機意識弱いっす」

萌香  「酔うと人格も行動も別人になってます」

怜    「いや、だからって、何で死んだことに気づかない」

萌香  「事実だけ言います。怜さんにはホストクラブ行った後昨の記憶がない。その時着ていた服も、バッグもスマホも今はない。なぜなら全部、歌舞伎町のごみ置き場に自分の死体と一緒に置き忘れてきたらかなんです」

怜    「何? 私が死んだことも気づかずに、荷物も服も全部置いて家に帰って来たってこと。ひどくない?」

ジュリア「ひどい話です。野垂れ死にですよ」


萌香  「まだまだ怜さんには未来も将来もあったのに、信頼できる素敵な男性とも巡り合えず、愛されず、極悪ホストに騙されて、ゴミのように捨てられた人生」

ジュリア「せっかく大学まで行っても、親からお金むしり取って、世の中の役にちっとも立たず手ごたえのないゆるふわな人生でした」

怜    「……そこまで言われると、腹も立つけど、哀しいなぁ……」

ジュリア「そうですねぇ」

萌香  「怜さん、気付いてくれましたか」

怜    「もし、あんたたちの言うように私が男に騙されて殺されて捨てられたんだとしたら、今の私は何の為にいるの?」

萌香  「それは何とも言えません」

ジュリア「それは先輩が考えることですよ」


怜    「んっ、ちょっと待って、最悪の死に方した私がいて、そしてそんな自分の事を悲しんでいる私って……ちょっと、今のこの時間ってとても大事じゃないかって突然思えてきた」

萌香  「どんな風に」

怜    「本当に自分が死んだんだと思うと、なんかすごく悲しいけど、それを考えられる時間があって良かったというか、生きている事に感謝っていう複雑な気分です」

ジュリア「良かったですね先輩」

怜    「やり直せるかな」

萌香  「それは……」

怜    「やっぱり死んでるから無理だよね」

ジュリア「私、先輩のこと心配してますから」

怜    「ありがとう」

ジュリア、萌香、怜手を取り合う。

怜    「そうだジュリア携帯貸して」

ジュリア「えっ、何するんすか?」

怜    「今頃警察では死んだ私の身元を探していると思うんで、今から自分の携帯に電話して死んだのは私だと教えてあげようとおもうんだ」

ジュリア「わざわざそんな丁寧な気遣い」

萌香  「そこまでしなくても」

怜    「私は変わったのよ」


 怜は、携帯電話に番号を入れ耳に当てる。

 ブブブブーブブブー

 部屋の中でバイブ音がする。

怜    「んっ」

萌香  「怜さん、繋がりました?」

ジュリア「警察出ました?」

怜    「いや、出ないんだけど、なんかこの辺でバイブ鳴ってない?」

萌香  「いや、あれじゃないですか、ジュリアのダンスかなんか」

 ジュリア、突然タップを踏む。

怜    「絶対バイブ鳴なってるよ、ソファの下から聞こえるし、ちょっと待って」

 怜、ソファの下に手を入れてバッグ見つけて引っ張り出す。そこから音がしている。

怜    「えっ、ちょっとここにバッグあるじゃん。さっきカバンとか所持品は死体と一緒に見つかったとか言ってなかった」

ジュリア「バッグも間違ってついてきたんじゃない」

萌香  「そそっかしいバッグだな」

怜    「ちょっと、他にソファの下から私の服出てきたよ。何これ」

ジュリア「それも、間違ってついてきたんじゃ」

萌香  「服もそそっかしい」

怜    「ちょっと待って、さっき萌香言ったよね。カバンも服もここに無いから、私はゴミ捨て場で既に死んでいるって」

萌香  「そんな感じでしたっけ」

怜    「あっ思い出した。私昨日この服着てたんだ。全然、黒じゃないけど。おい、ジュリア」

ジュリア「たしかそうでしたね」

怜    「ちょっと待った、なんかおかしくないか」


テレビ音声「警視庁記者クラブからの報告です。先ほど、歌舞伎町3丁目のゴミ捨て場で見つかった女性の遺体の身元が判明しました。免許証から、板橋区に住む接客業、奥川涼香さん27歳とのことです。目撃者の証言によると昨夜は同棲するホストと路上で言い合いになりその後……」


怜    「はぁ? ちょっと、違うじゃん私と」

萌香  「ですね」

怜    「ひどい、私のこと散々騙して、事無茶苦茶なクズ女呼ばわりして

萌香  「いや、騙すつもりじゃなくて」

ジュリア「クズとはいってないけど」

怜    「極悪ホストにドラッグ飲まされて野垂れ死にしたって、言ったね」

萌香  「仮説です。あくまでも」

ジュリア「もしもだったらです、IF~THENです」

怜    「いやあんた達の悪意を感じる。考えたら、ソファの下に荷物入れていたのも変だし、いつも裸の私が服着てんのも、あんたたちのどっちかが服着せたんでしょ。ほんとにふざけやがって、全部仕組んだんだろ」

萌香  「それは普段から怜さんがシェアハウスの取り決めを無視して傍若無人なふるまいするからですよ」

ジュリア「私は本当に知らなくて、何となくノリで話を合わせていただけで……でも生きててよかったですね」

怜    「あっー、もぉーむかつく。ちょっと行ってくるわ」

萌香  「行くってどこにいくんです」


怜    「歌舞伎町に決まってんだろ」

ジュリア「何しにいくんですか」


怜    「私の代わりに死んだ人に線香上げてくる」


                                 (終わり)


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