第33話

『こちらのアカウントにも前世のことを書き込んでいますよね。その情報から、このアカウントを見つけました。誰かに会うという書き込みも、淡藤さんのアカウントにあった新しい仲間に関する書き込みに連動していましたので』


 藤花が返信する前に、不信感を拭うためなのか蘇芳から藤花自身のアカウントを特定した方法が送られてくる。しかし、理由を説明されると余計に蘇芳が怪しく思えてくる。


 藤花が自身のアカウントに書き込んだ手がかりと言うには薄っぺらい情報と、淡藤という存在を繋ぐ。それは、とても難しいことのように思えた。だが、藤花から考える時間を奪うように蘇芳がメッセージを送ってくる。


『淡藤さんとできれば二人だけで会いたいのですが、時間を作ってもらうことはできますか? 私は明日以降ならいつでも空いています』


 藤花の返信を待たずに強引に話を進めていく蘇芳に、短く息を吐き出した。


 蘇芳は淡藤のアカウントではなく、藤花自身のアカウントにメッセージを送ってきた。しかも、アカウントを特定するには少なすぎる情報を使って探し出したと言っている。


 何か裏がある。

 よからぬ思いが隠されている。


 そう考えるべき事態で、蘇芳という人物を警戒せずにはいられない。前世を知りたいという思いが先行し、軽率に素性をよく知りもしない黒紅に会った過去もある。

 もう少し慎重に行動すべきだと藤花は思う。


『二人だけで会うというのは難しいです』


 端的に今の気持ちを文字にして伝えると、五分としないうちに蘇芳からメッセージが返ってくる。


『私なら淡藤さんが知らない夢の話ができると思いますが、聞きたくありませんか? 菖蒲さんのこともよく知っています。菖蒲さんは淡藤さんの彼女で、体の関係もあったはずです』


 菖蒲は淡藤の彼女で、体の関係があった。

 その情報は、淡藤のアカウントには書き込んでいない。


 同じ塔にいたという蘇芳の言葉に間違いはないのかもしれないと藤花は思う。だが、間違いがなかったとしても、藤花と二人で会うことにこだわる蘇芳は不審な人物にしか思えなかった。


『前世のこと、どれだけ知っているんですか?』


 藤花は送られたきたメッセージを肯定することも否定することもせずに、蘇芳が見たであろう夢の記憶を聞き出そうとしたが、届いたメッセージには期待したものとは違う情報が書かれていた。


『会ってくれたらわかりますから、一度どこかで会いませんか? 同じ塔の仲間ですし、現在の性別も前世と同じで、年齢も近いはずです。それほど警戒する対象ではないと思います』


 蘇芳の言葉を信じるならば、女性で年齢は二十四歳前後。

 黒紅よりも会いやすい相手だと言えるが、書かれている言葉が正しいという証拠はない。


 蘇芳に興味はある。

 だが、迷うことなく『会う』と書くことができるような人物には思えない。かといって『会わない』と書くこともできずに、スマートフォンの画面を親指で叩く。いくつかの文字が無秩序に打ち込まれ、それを消す。書いては消して、書いては消してと何度か繰り返していると、蘇芳から新たなメッセージが送られてくる。


『会いたくないのなら仕方がありませんが、菖蒲さんには近づきすぎない方が良いですよ』


 今日、何度目かの“何故”が頭をよぎる。

 藤花は、頭に浮かんだ言葉をそのまま文字にして送る。


『どういうことですか?』

『詳しいことは二人で会ったときに。気が変わったら連絡をください』


 菖蒲に何かあるのか。

 蘇芳に、もう一度『どういうことか教えてください』と送るが返信はない。それまで打てば響くようにメッセージが送られてきていたことを考えると、『会いたい』と送らない限り返信はなさそうだった。


 藤花は、スマートフォンをテーブルの上に置く。


 近づきすぎるなと言われても、もう遅い。菖子との距離は、友人と言うには近すぎるところまできている。しかし、何でも話すような仲なのかと問われれば疑問が残る。


 菖子が隠し事をしていたとしてもおかしくはない。だが、そういったものがあったとき、それが藤花にとって不利益になるようなものではないと思えるくらいには菖子のことを信用している。今日、SNSを介して繋がった蘇芳と比べるまでもない。近づきすぎない方が良いという蘇芳の言葉を鵜呑みにするつもりはなかった。


 もし、菖蒲に何かあったとしても、それは前世の話だ。今の菖子とは関係がない。


 そう頭では考えている。

 しかし、気持ちは頭とは切り離されたところにある。理性でコントロールすることは難しく、蘇芳の言葉をなかったものにはできなかった。


 藤花は、スマートフォンをもう一度手に取る。チャットアプリを立ち上げて、菖子の名前を表示させる。


 何を聞けばいいのか。

 打ち込むべき言葉を見つけることができない。


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 脳内に散らばった情報を集めて、組み立て直す。今、必要な情報を繋ぎ、順序よく並べていく。


 まず、蘇芳という人物が塔にいたかを尋ねる。

 菖蒲には近づきすぎない方が良いという言葉の裏にあるものは、後に回す。


『前世の仲間から連絡がきたんだけど、塔に蘇芳って人いた?』


 菖子にメッセージを送り、キッチンへ向かう。

 蘇芳には二人で会いたいと言われたが、菖蒲に話すなとは言われていない。言われていたとしても、蘇芳という人物が塔にいたのかどうかを確認すべきだ。


 藤花は、冷蔵庫から野菜を出して洗う。

 気になることは山ほどあるが、帰りが遅くなるという菫に頼まれていた夕飯を作らなければならない。メニューをカレーに決めて、手を動かしていく。


 気持ちは前世に向いている。

 頭の中も前世に支配されている。


 カレーなら、藤花の意識のほとんどが前世に囚われていても作ることができる。

 野菜を刻み、肉と一緒に炒める。

 水を入れて煮込む。

 半ば無意識のうちにカレーができあがっていく。


 食欲を刺激する香りが漂ってくるが、藤花の意識が鍋に向かうことはなかった。

 蘇芳が知っていて、自分は知らない菖蒲。

 そのことばかりが気になっていた。

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