第27話

『病院みたいな塔で暮らしている夢で、超能力のテストを受けたりしています。持っていた能力はテレポーテーションでした』


 提示された情報は、藤花がSNSに書き込んだものと大差がない。しかし、黒紅が持つテレポーテーション――瞬間移動という能力に興味を引かれる。


 離れた空間へ物体を瞬時に転送することができる能力。

 力の大きさによっては、自分自身を離れた場所に転送することができる。


 藤花は、瞬間移動という能力自体が念動力やテレパシーに比べて優れているように感じた。だが、黒紅が塔にいたことを考えると、能力自体の優劣は塔の外へ出るための条件にはならいないようだ。やはり、塔の外へ出るには能力テストで優秀な成績を収める以外ないのかもしれない。


『瞬間移動って、どんなものを移動させることができたんですか? それと、能力のテストで良い成績が出せましたか? 成績が良ければ塔から出られると夢で見たのですが』


 疑問をそのままメッセージにのせて、黒紅へ送信する。


『移動させることができたのは、小さな物でした。夢で見た範囲ではテストの成績が悪くて、塔からは出られていませんでした。淡藤さんの念動力は、どんなものが動かせたんですか?』


 返ってきた答えは藤花の予想通りのもので、黒紅も力が弱く、能力テストの結果が振るわなかったようだ。


 夢の中では、塔から出るという希望を見る者は新入りだけだと言われていた。菖蒲や黒紅、そして夢で見た淡藤の様子からすると、塔から出たいという願いは叶えることが酷く難しいもののように思える。


『淡藤も夢で見た範囲だと塔から出られていないので、同じですね。そして、能力で動かせたのは軽いものでした』


 キーボードをカチャカチャと叩いて淡藤について伝えると、すぐに返事が届く。


『そうですか。淡藤さんは今も能力が使えますか? こちらは、今でも小さなものなら瞬間移動させることができます』


 瞬間移動という能力が実在する。

 黒紅の言葉を信じないというわけではないが、藤花の中に疑問が生まれる。


 藤花自身も前世と同じ念動力という力を持ち、それを使うことができる。それを考えれば、前世で持っていたという瞬間移動という能力を今も使うことができてもおかしくはない。そう思うが、瞬間的に物を移動させる力が実在することをいぶかしまずにはいられなかった。


 その理由は、おそらく黒紅という人間に関する情報が少ないことに起因している。

 黒紅から得た情報。

 それは、整理するまでもなく藤花がSNSに書き込んだ情報とほぼ同じものだ。新しい情報はない。


『力は弱いですが、今も念動力を使えます』


 藤花は、送信ボタンを押しかけていた手を止める。少し考えてから、『塔のことをもう少し詳しく教えてもらってもいいですか?』と付け加えて黒紅に送る。すると、五分もしないうちに返事が届いた。


『会ってお話できませんか?』


 短いメッセージは、あまり良いとは言えないものだった。

 前世に関係するメッセージが初めて送られてきたことに浮かれていたが、黒紅が本当に塔の関係者なのかはわからない。ただの悪戯ということも考えられる。


 黒紅に会っても良いのか。


 藤花は、大きく息を吐く。

 今さら、淡藤のアカウントに書き込みすぎたことを後悔する。


 仲間が自分を見つけるための情報は、多いに越したことはない。そう思って、藤花が知っていること、菖子が知っていることのほとんどを書き込んだ。その情報を使えば、前世の仲間を装うことができることを考えていなかった。


 塔にいたことを確かめられる情報の一部を隠しておき、仲間だという人物が現れたら照合する。そういう仕組みにしておくべきだった。


 思い返してみれば、翠という存在がいる。

 藤花は、未だに彼女を信じることができていない。


 翠を試すような質問をしたこともあった。

 そのときは、菖子が助け船を出して有耶無耶になったが、そうした手段があるに越したことはない。塔にいたことを確かめる情報を隠しておいたところで、それは夢に見ていない、覚えていないと言われたらそれで終わりだが、何もしないよりは良いだろう。


 藤花は、文字が並んだノートパソコンの画面をじっと見る。


 黒紅の言葉は、翠よりも信用できそうな気がする。初めて連絡をくれた黒紅を信用したいと思っていると言っても良い。だが、前世の仲間だと信じていいのか迷う気持ちが消えない。


『会う前に、塔についてもう少し聞かせてもらいたいです』


 藤花は慌てる必要はないと結論付け、短いメッセージを送信して返事を持つ。

 会って超能力を見せてもらえば、前世と繋がりがある人間だと信じられる要素が増える。だから、最終的には会って確かめるしかないと考えている。


 それでも、情報が欲しい。

 しかし、藤花の思いは断たれることになった。


『話が長くなりますし、会った方が早いと思いますよ。日時を指定してくれたら、場所がどこでもこちらから会いにいきます』


 わざわざ会いに来てもらうのは悪い。

 藤花はそう思った。

 同時に、どこからでも会いに来るほど会いたいという相手に気味の悪さも感じた。


『とりあえず電話で話しませんか?』


 藤花は妥協案を提示するが、黒紅は会いたいの一点張りで言うことを聞こうとはしなかった。結局、会うか、会わないかのどちらかを選ぶことになり、『返事は少し待って下さい』と問題を先送りにする。


 ノートパソコンの電源を切り、小さく唸る。

 藤花は、今日は後悔することばかりだと天井を見上げた。


 連絡が来たことに浮き足だって菖子に連絡してしまったが、黒紅の話をよく聞いてから知らせるべきだったと思う。黒紅に会うと菖子に伝えれば、彼女は間違いなく一緒に行くと言うはずだ。


 高校生を得体の知れない相手との話し合いに連れて行くべきか。


 問われれば、多くの人がノーと答えるだろう。

 もちろん、藤花も連れて行くべきではないと考えている。


「どうしようかな」


 独り言を口にして、時計に目をやる。スマートフォンを手に取って菖子に『家に着いた?』とメッセージを送ると、すぐに『家にいる』と返事があった。


 藤花はこのままメッセージを送り続けるか考えて、菖子に電話をする。すると、二回目の呼び出し音が鳴る前に弾んだ声が聞こえてきた。


「藤花!」

「黒紅から、返事来たよ」


 今日見た夢のことを聞かれる前に、藤花は話すべきことを口にする。


「どんな?」


 興味津々といった菖子の声に、藤花は会おうと言われたこと以外のすべてを伝えた。


「もっと詳しい話、聞いてないの?」

「今日は教えてくれなかった」

「返事待ち?」

「そんな感じ。連絡あったら教えるよ」


 藤花は短く答えて、電話を切ろうとする。

 だが、じゃあね、と告げる前に、菖子が静かに言った。


「黒紅と会うの?」

「会わないよ」

「嘘ばっかり」

「どうして嘘だと思うの?」

「前世のこと知りたいんでしょ? 話を聞くなら会った方が早いし、あたしなら会う。あと、会おうって誘う。藤花もそうだよね」


 菖子が最後は決めつけて、話を締めくくる。

 藤花はエアコンの温度を一度下げると、クリーム色の天井を見上げて反論すべきか考える。しかし、言葉を重ねることに意味がないと藤花は思う。


 菖子の言葉は正しい。

 それを嘘だと言い、彼女に信じさせることが難しいことを藤花は知っている。


「――会って話したいって言われてる」

「それ、あたしも行く」


 予想通りの答えに、藤花は前髪を乱暴にかき上げた。


「本当に前世の仲間かわかんないし、どんな人かもわかんないから、菖子は来ない方が良いと思う」

「なんで藤花なら良いの?」

「大人だから」

「大人だって一人じゃ危ないじゃん。あたしも行く。二人の方が危なくないし」


 菖子は引かない。

 それも予想通りだが、頑固な彼女に引いてもらわなければならなかった。藤花は立ち上がり、強く言う。


「駄目。菖子はお留守番」

「絶対ついてく。どこで会うの? って言うか、どこに住んでるの? 黒紅って」

「知らないし、どこで会うかまだ決めてない」


 ぐるぐると部屋の中を歩き回りながら矢継ぎ早にされる質問に答えを返すと、唐突に菖子が言った。


「藤花、明日暇?」

「暇だけど、なんで?」

「学校、迎えに来て」

「意味わからないんだけど」


 藤花は、菖子によって急ハンドルを切られ、方向転換した話についていけない。


「どうするか二人で決める」

「決めるのは、電話でも良いでしょ」

「今、決めても、それ守ってくれるかわかんないもん。明日、知らない間に会ってたらやだし」

「私、信用なさすぎじゃない?」

「補習、午前中に終わるから」

「無視した」


 酷い、という思いを込めて抗議をする。だが、藤花の言葉などなかったかのように、菖子が話を進める。


「約束して」


 菖子の声には、どれだけ押しても折れることがないとわかるほど強い意志が宿っていた。行かないと言えば、明日この家にやってくるだろう。


「ああ、もう。迎えに行けば良いんでしょ」


 藤花は、菖子によって決められた答えを諦めたように告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る