氷河期は缶コーラと共に。

ぬゑ

氷河期は缶コーラと共に。



 空から降り注ぐ日差しで、公園は殺人的な暑さとなっていた。

 休憩するつもりで公園に来たはずなのだが、とても休憩にならん。一応日陰のベンチには座ってはいるが、通り抜ける風はガスヒーター並の熱風であり、蒸発する気など更々ない汗は体中にまとわり付き不快感を出す。

 全くもって酷暑。

 温暖化が国際問題として取り沙汰されている昨今、各国は全力でこの問題を解決してほしい。出来れば今日中に。

 しかしながら、チビッ子達の体力には恐れ入る。

 こんな生体活動を阻害しまくる暑さの中、なんとサッカーボールで遊んでいる子供達がいるではないか。

 汗だくになって、笑顔でボール追いかけるチビッ子達。そんな子供達を見ていると、こっちまで疲れてくるのはなぜだろう。

 出来るだけ子供の方を見ないようにして、うなだれることにした。

 ……しかしその時、何かが倒れる音が微かに聞こえた。それに続き子供の声まで。


「……あーあ。ボール当たっちゃった……」


「怒られそう……」


 何事だろうかと思い子供達の方に視線を送る。

 さっきまでパワフルに遊んでいたはずの奴らは、自転車を立ち漕ぎして猛スピードで逃げ帰っていた。


(……何かやらかしやがったな)


 俺は確信する。

 どうするか迷ったが、様子を見に行くことにした。

 

「確か……この辺だったような……」


 音が聞こえた辺りを確認すると、植木の奥にそれを見つけた。

 フェンス沿いにひっそりと立つ、膝ほどの小さな祠である。ミニマムサイズの鳥居は倒れ、お供え物の湯飲みも粉砕され水が溢れていた。

 見事に無惨。

 さすがの俺でも、何となく神様を不憫に思ってしまった。

 別に信仰があるわけでもないが、鳥居を直し、湯飲みの代わりにと自動販売機で購入したキンキンに冷えた缶コーラを添える。

 わがまま言ってくれるなよ神様。これが現代社会だ。


「……あっっっっっつ……」


 耐熱限界を迎えた俺は、崩れるようにベンチに座った。

 さすがに直射日光を浴びまくると、ちょっとした日陰でも涼しく感じる。顔にハンカチをかけ、ぐったりと重力に体を預けて座り込んでいた。

 とにかく、暑い……――。


「――……ねえねえ、お兄ちゃん」


 何やら声が聞こえる。

 顔を上げて見ると、いつの間にか隣に綺麗な黒髪の女児が座っていた。

 見たところ幼稚園くらいだろうか。両手で缶ジュースを持ち、パチクリした目で俺を見ている。小洒落た着物を着ているが、暑くはないのだろうか……。

 女児は缶ジュースを俺に見せつけてきた。


「お兄ちゃん、これ、どう飲むの?」

 

「え? どうって……」


 まあこのくらいの年齢なら、プルタブの開け方なんて知らないだろう。

 本当ならご両親にでも頼んで欲しいが、公園内には俺と女児しかおらず、見たところそれらしき人物はいない。

 放任主義かは知らんが大概にしとけと、一言心の中で苦言を呈しておく。

 やむなく、両親に代わりジュースを開けてやることに。


「コーラか……慌てて飲んじゃダメだからな」


 プシュッと美味そうな音を立て、コーラの香りが漂う。

 女児に渡すと、臭いを嗅ぎながら「おおお!」と感嘆の声を漏らし、目をキラキラと光らせていた。そして、一口グビリ……。


「……美味しい!」


「そりゃ良かった。世界で一番売れてるからな、それ」


「そうなんだ! ありがとうお兄ちゃん!」


 何だか凄まじく良いことをした気がする。気分も悪くない。

 すると女児は、ジュースを飲みながら言ってきた。


「お兄ちゃん、何かお礼してあげる! 何がいい?」


 なかなか可愛気があるじゃないか。しかし年端もいかない女児に対し、まともにお願い事をするほどガキではない。


「そうだなぁ……出来れば今すぐにこの暑さを何とかしてくれ……」


「うん! 寒くすればいいんだね!」


「ああ、頼む」


 やはり可愛いものだ。こんな純粋な時期が、俺にはあったのだろうか……。

 時の流れの残酷さを嘆いていると、ふと気が付いた。

 ついさっきまで感じていた茹だるような暑さが、はたりと止まってしまっていた。


(あれ? むしろ涼しい……――)


 ――と思ったのも束の間、気温はみるみる下がり吐息が白くなり始めた。


「寒ッ!? 嘘だろ!? 超寒いんだけど!」


 体の震えが止まらず、耳や鼻が痛い。

 気のせいじゃなければ、気温は更に下がっている。雑草すらも氷に覆われ始め、蝉の鳴き声も止まる。地面は凍り、まるで氷河期が押し掛けてきたようだ。


「お兄ちゃん涼しい?」


 大人の俺ですら死にそうなくらい寒いのに、女児はケロッとしていた。


「寒いって! 寒い寒……ッ!!」


「ええ? じゃあ元に戻す?」


「も、戻せるなら……も、元に……も、戻して……れ……!」


 唇が悴んで上手く話せなかったが、言いたいことは伝わったはず。


「わかったぁ……」


 女児がそう呟くと、再び気温は上がり始めた。

 そしてあっという間に元の景色が甦る。


「……あったかぁい……」


 体が熱を喜んでいるのを感じる。何とか生き延びたようだ。

 しかし解せぬ。今のはいったい何だったのか……。


「……お兄ちゃん、ワガママだね」


 女児はほっぺを膨らませ文句を言っていた。

 

(……まさか、こいつがしたのか?)


 いやいや……ないな。

 そんなファンシーなことなど絶対あり得ない。

 おそらく、気圧とかがなんやかんや作用して……よく分からん横文字方程式的なものが偶然重なって……奇跡的に猛暑日からガッツリ氷点下まで下がって……。


「ねえねえお兄ちゃん、どのくらい涼しくすればいいの?」


 女児はどこか不機嫌そうに急かしてきた。


「え、ええとだなぁ……」


 ……なんとなくだが、これは、どこか重要な返答な気がする。

 それこそ、地球の運命を左右するレベルで……。

 慎重に考え抜いた俺は、息を飲み、女児に話しかけた。


「……ゆっくりだ。ゆーーーっくりと、気温を下げてくれ。もちろん、人が死なないレベルでだ」

 

「ん~? ホントにそれでいいのぉ?」


「ああいいとも。お嬢ちゃんがそうしてくれたら、お兄ちゃんめちゃくちゃ嬉しい! もう泣きそう! いやホントに!」


「ふっふ~ん。じゃあそうしてあげる!」


 上機嫌になった女児は、ベンチから飛び降りる。


「じゃあねお兄ちゃん! 飲み物ありがとう!」


「あ、ああ……達者でな……」


 そのまま女児は、どこかへ走り去ってしまった。

 残された俺はしばらく呆然とした後、すぐさま公園を離脱する。怖いからではない。休憩を終えたからだ。

 公園を出る寸前で、件の祠のことを思い出した。


(……まさか、な……)


 脳内で全力否定した後、マッハで公園を立ち去る。

 脱兎の如く街を駆け抜け家へと向かう俺だったが、ふと街の電気屋さんの前で立ち止まる。

 ショーウィンドウに並べられたテレビでは、慌ただしく緊急のニュース速報が流れていた。


『つい先程、NASAにより太陽の活動が弱まり初めたとの緊急発表がされました! これは長期的に及ぶものと予想され、これにより地球は氷河期に向かうとの見方が強まっています! 現在NASAでは……――!!』


 ……地球の皆さん、すみません。


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氷河期は缶コーラと共に。 ぬゑ @inohirakai

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